第一章④『涙の追憶』

 走る――止まる。苦しい。


 走る、止まる。苦しい


 走る、止まる、走る、止まる。苦しい、苦しい。


 走る止まる走る止まる走る止まる――。苦しい苦しい苦しい苦しい。


 バシンッ――。


 痛い。


 『ちゃんと走りなさい――』


 頭の後ろを叩かれる。


 『みんなはちゃんと頑張っているのに、どうしてあなたはいつもそんなに怠けて――』


 ゲホゲホッ――。


 『ちょっと、ちゃんと先生の話を聞きなさい――え? 座りたい? 何ですかちょっと咳くらいでだらしない。どうせ暫くすれば治るのですから、“特別扱い”なんかしませんよ』


 そんなつもりなんか、ないのに。


 『みんなでドッチボールやるよ。言っとくけど、あんたも強制参加だからね。ぜんそくだが何だか知らないけれど、“特別扱い”なんか許さないんだからね?』


 どうして。


 『はーい、これで十回“死にましたぁ”』


 どうして、私ばかり。


 『あんたはそこで永久待機! ほんとに足手纏いなんだから!』


 なら、最初から私を入れないで。


 『いっそ木になっちゃえば、よくね?』


 止まらない、止められない。


 『ちょっと聞いてんのかよ? てか、咳すげーな。菌撒き散らすなよ』


 ごめんなさい。


 *


 チクチク――ギザギザ


 ゾロゾロ――ニュルニュル


  『あんたに特別なプレゼントをあげるわ!ほら、綺麗なカブトムシでしょ。何よ、せっかく木になることがお似合いのあんたのために、男子達が用意してあげたんだから感謝しなさいよ?』

 

嫌だ――怖い、痛い、気持ち悪い。


 チクチク、ギザギザ


 ゾロゾロ、ニュルニュル


 『ついでにミミズも用意してやったぜ』


 やめて――。


 『何だよ、固くて痛いのは嫌だろうから、こっちも用意してやったんだよ』

 『毒がないだけ感謝しろよな。俺やっさしーな』


 チクチクギザギザチクチクギザギザ


 嫌だ――嫌だ、嫌だ嫌だ。


 ゾロゾロニュルニュルゾロゾロニュルニュル


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――。


 『やべーな。まじで木みたいに固まっているし』

 『もう取り押さえる必要なくね?俺もマジでキモくなってきた。』

 『チャイムが鳴る前に行こっ!』


 どうして――私だけ。


 チクチクギザギザ、ポタポタ……


 どうして――私ばかり。


 ゾロゾロニュルニュル、ポタポタ……


 『ごめん……ごめんね……――』


 身体中に蠢く気持ち悪さが、砂糖のように消えていく。


 『いつも、見ていることしか、できなくて……』


 それでも“悲しみ”だけは、この身に降り積もっていくばかり。


 『でも……僕だけは……――の味方だから……っ』


 それでも――不思議と――。


 『だから……どうか、――にならないで……』


 ポタポタポタポタ……。


 心地良い悲しみと共に、涙が雨のように地面を濡らしていた。


 *

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