最終話 第四章「弟子」
「舞台名探偵シャルル・ソマーニュ」事件から数日後、
二人は構え、笠井の合図とともに狛枝が仕掛けた。
狛枝は荒ぶる獣の如く、猛烈な攻撃を笠井へ放つ。しかし、一方の笠井は、流れる清流のような手捌きで、その猛攻を捌いていく。
「なぜ、ハイラを逃がしたんですか?やつを倒す絶好のチャンスだったのに!」
狛枝は跳び上がり、空中で連続蹴りを繰り出すが、笠井は前面に風の障壁を展開したため一撃も当てることが出来なかった。続いて、狛枝は右脚を大きく振り上げ、かかと落としで風の障壁を粉砕するが、笠井は素早く飛び退いてそれを回避した。
「確実に倒せる保証がなかった。それに、俺たちの任務は発生した鬼夢の対処だ」
笠井は攻勢に転じ、鋭い突きを繰り出す。狛枝はガードで受け止めながら、気合を込める。
「はあ!!」
その叫びと共に、狛枝の周囲に炎が立ち上る。笠井は蹴りで炎を吹き飛ばすが、その隙を狛枝は見逃さず、右ストレートを笠井の腹部に叩き込む。笠井は大きく後退するが、左手でその一撃を防いでいた。
「ちっ!」
狛枝は舌打ちし、苛立ちを隠せないでいた。
「俺が実力不足だったってことですか?」
「任務だと言ったはずだ」
笠井の冷静な返答に、狛枝はいら立ちを募らせる。
「俺に任せてくれるって言ったじゃないですか!」
狛枝は
「羅刹に進化した時点で、あれはお前の手に余る」
笠井が風の弾丸を打ち放つが、狛枝はそれを切り払う。
「結局、俺のことを信用してなかったってことでしょ!」
狛枝
彼はかつて、笠井たちの卒業試験の舞台となった「首狩り塚」の唯一の生存者だった。狛枝は笠井に救われ、夢幻開現師の素質を見出されたため、菩提聖堂へ入門することになった。
彼もまた後天的に才能が開花し、その天賦の才は師匠である笠井に匹敵するほどだった。夢幻開現師の才能はおよそ十歳から十二歳の間に発現することが多いが、狛枝や笠井のように後天的に開花する者は基礎訓練が遅れがちだ。それが夢幻開現師として致命的なハンデとなることもあるが、二人のような突出した例はその限りではない。
だが、狛枝は焦っていた。首狩り塚で仲間を失ったのは自分の責任だという自責と、無力だった自分を捨てたいという力への渇望が、彼を縛りつけていた。
「ああ、そうだ」
笠井の返答を聞き、狛枝の内に秘めていた怒りが爆発する。
狛枝は阿修羅赫醒を振り上げ、力任せに振り下ろす。その猛攻に、笠井はじりじりと後退を余儀なくされる。
「地力では俺の方が上ですよ!」
防戦一方の笠井に狛枝は勝利を確信して笑うが、笠井の表情は揺るがない。
「単純な力技ではな…」
そう言うと、笠井は狛枝のつま先を踏みつけ、一瞬の隙を作る。そして、笠井は狛枝の顎を金槌の柄で打ち、さらにこめかみへ追撃を仕掛けようとするが――寸前で止める。
「今日はここまでだ」
笠井の言葉と共に空間が白く歪み、狛枝は目を覚ます。
「くそっ!」
狛枝は悔しさを露わにし、ベッドを叩く。
「狛枝、怨みを捨てろとは言わんが、任務に私情を持ち込むな」
「私情で戦っているわけじゃありません!」
「もし俺が止めてなければ、お前はハイラに殺されていた」
「やってみなければ分からないでしょ!」
二人の口論が部屋に響き渡る中、笠井は溜め息をつく。
「このままじゃ、お前、早死にするぞ」
その言葉で、一瞬の静寂が訪れる。
「少し頭を冷やせ」
言われた狛枝は訓練室を出て行ってしまう。
奥の扉から、一人の男が現れる。
「今のは言い過ぎじゃない?」
「芦谷さん…聞いてたんですか」
彼は缶コーヒーを笠井へ渡す。
笠井は無言で缶コーヒーを受け取る。
「まあ、あいつと向き合うのも君の大事な仕事だ。しっかり考えてやんなよ」
そう言って、芦谷は本部へ戻ろうとする。
「報告書は俺が出しておくから、君はあいつの訓練計画を考えとけよ」
「…ありがとうございます」
芦谷は振り返らず、サムズアップで応えるのだった。
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