最終話 第三章「終幕」
羅刹へと進化したクルーエルは、狛枝たちを見下ろしながら笑う。
「ふふふ、さあ、終劇は近い。君たちには最後まで踊ってもらおうかね」
車両は変形し、無数の首を持つ大蛇のごとき姿に変わり、狛枝たちを鋭く睨みつける。その巨体が凄まじいスピードで狛枝たちに襲いかかる。
狛枝は大きく後ろへ跳ぶと、着地と同時にクルーエル本体へ突撃する。
「はあああああ!!」
ガンッと鈍い音が響くが、クルーエルは車輪に変形させた腕でその攻撃を受け止めていた。そして、汽笛を轟かせると同時に、阿修羅赫醒を受け止めた車輪を高速で回転させる。
「ぐっ、ああああ!!」
狛枝は必死に耐えるが、火花が散り、大きく弾き飛ばされる。
”狛枝くん!”
狛枝が地面に叩きつけられる寸前、鳶法師に転身した芦谷が飛び込み、足で彼を掴み、素早く屋根へ持ち上げる。
「す、すみません…それにしても、やつ、でかすぎる」
”ああ。でも、ここで食い止めないと。それにあと少しで、『彼』が来るから、何とか耐えるんだ!”
芦谷の言葉を聞いた狛枝は、その顔に笑みを浮かべる。
「なら、先生が来る前にケリをつけてやりますよ!!」
“ちょっと!?
芦谷の静止を無視して、狛枝は再びクルーエルに向かう。だが、その足がピタリと止まった。
後方の車両に目をやり、彼はようやく気づく――そこには、
舞台『名探偵シャルル・ソマーニュ~暴走特急を止めろ!!~』は、劇団フリューリングによる、名探偵シャルル・ソマーニュシリーズの最新作。それが今回の事件の舞台となった。
物語が終盤に差し掛かった頃、夢主である脚本家志望の男が、自身の脚本が落選したことに腹を立て、上演中に鬼夢を引き起こしたのだ。
「しまった!!」
クルーエルは、甲殻類を思わせる鉄の多脚を使い、観客たちを次々と掴んでいく。
「さあ、舞台を盛り上げましょうか!」 クルーエルは、煙室から覗かせた顔に満面の笑みを浮かべていた。
「くそ!!」
狛枝は観客を掴む脚を斬り落とし、芦谷は翼を羽ばたかせて生じた突風で脚を切断していく。しかし、その隙にクルーエルが機関銃を生成し、銃弾を浴びせてくる。
芦谷は弾丸を避けたものの、クルーエルとの距離を開けられてしまう。
狛枝は腕を交差させて銃弾を防ぐが、その脇から伸びた脚で叩きつけられ、客室へと吹き飛ばされる。
「ハハハハハ、このまま皆と共に粉みじんとなりなさい!!」
クルーエルは勝利を確信し、大きな汽笛を鳴らす。線路の先にはパリの街が見えていた。
「いや、俺たちの勝ちだ…」
「何!?」
クルーエルはその鉄の体をひねり、都市へ続く線路を見やる。真っ直ぐ伸びる線路のその先、一つの影があった。
その瞬間、クルーエルの背筋に凄まじい悪寒が走る。
「芦谷さん、狛枝は?」
”後方の客室にいるよ”
「そうですか…なら、ここで仕留めます」
男の手には錆びた金槌が握られ、その周囲には黒き風が渦巻いていた。
「このまま一気に踏み潰してくれる!!」
クルーエルは鉄の巨体で男を踏み潰そうとするが、男は金槌を振り上げ、黒い疾風がクルーエルの顔面を抉る。
「ふべえぇぇ!!」
その男――笠井亮は、先頭車両に飛び乗り、漆黒の釘を打ち込むと、それを一気に引き抜いた。
「がああああああ!!」
クルーエルの悲鳴が周囲へ広がる中、笠井は夢主とクルーエルを分離させる。同時に狛枝と芦谷は脚を切り裂き、囚われた観客たちを救出する。
それを見届けた笠井は車両の接続部を破壊し、先頭車両と客室を切り離す。
「ま、待ってくー」
クルーエルが命乞いをしよと叫ぶのを無視し、無慈悲な鉄槌が下されるのであった。
『汝に救済あらんことを、《
羅刹を撃破し、夢主と観客たちを浄化する。鬼夢が崩壊し、パリの美しい街並みもベニヤ板となって崩れ落ちる。
崩壊する舞台の先から拍手が聞こえた。狛枝と笠井が振り返ると、たった一人の観客がそこにいた。
彼女は鮮やかな黄色のロングドレスに大きな帽子をかぶり、貴婦人のような佇まいであった。
「やはり、あんたが裏で糸を引いていたか…獣魔侵将『ハイラ』」
笠井が声を上げると、ハイラは扇を広げ、奥ゆかしく笑う。
「今回の同時上映は満足していただけたかしら?」
「お前も随分と臆病な奴だな。俺と笠井先生を分断したいがために、羅刹を二体同時に出すなんてよ!」
狛枝は啖呵を切るが、ハイラは嘲笑するかのように返す。
「あら、子犬ちゃんには少し難しかったかしら?」
「はっ!のこのこ現れやがって、てめえにはここで引導をわたしてやる!!」
狛枝は怒りに駆られて飛びかかるも、ハイラのスカートから伸びた鉄の尻尾が彼を突き刺さんとしていた。が、それを笠井が風塵鴉鎚で受け止め、互いの衝撃波がぶつかり合う。
「あらあら、子犬にはしっかり首輪を付けておいた方が良くってよ?」
「くっそおおお!!」
激情に駆られた狛枝が再びハイラに向かって走り出そうとしたとき、笠井がそれを制する。
「奴の討伐は想定外だ」
「でも、この機会を逃せばまた…!」
「いい加減にしろ。命令だ」
「ぐっ…!」
二人のやり取りを見て、ハイラはくすくすと笑っていた。扇を閉じ、美しい笑顔で笠井を見つめる。
その肌はまるで陶磁器を思わせるほど白く透き通り、青く澄んだ瞳はまるでサファイアを埋め込んでいるようであった。まさに、人知を超えた美しさを、ハイラはその身に宿していた。
「うふふ。貴方には、もっとふさわしい舞台で踊ってもらいたいもの。それに、貴方が探しているお相手とも、すぐに出会えるわ…」
そう言うと、ハイラは闇の中へ消えていった。
崩壊する舞台の中、笠井たちは観客の救助へと向かうのであった。
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