第三話⑧ 第八章「西条」

最終試験日当日。


「突入部隊の準備、できました」


 徳井はインカムからの連絡を南に伝える。


「では、突入を」


「分かりました、『突入をお願いします』」


 とあるマンションの一室に、菩提府ぼだいふから派遣された部隊が突入する。

 しかし、その部屋はもぬけの殻で誰かが部屋を使った様子が一切見られなかった。


「ダメでした。もう逃亡されているようです」


 と徳井が部隊からの報告を南へ伝える。


「一足遅かったようね」


 南たちは笠井が通っていた中学校で起きた事件に現れたとされる”黒ローブ”なる存在を、ここ二年間追ってきた。

 そして、捜査を続ける中で、とある人物が浮上してきた。

 それが、「西条さいじょう大河たいが」なる人物だった。

 この人物は某県の消防隊員として勤務しているらしく、話によれば笠井の父の後輩であるとされていた。

 南たちは西条との接触を何度も図ったのだが、その足取りを一向に掴むことはできなかった。彼を追うたびに、まるで彼らの動きを予想したように雲隠れするのだ。

 特に異常だったのが、所属する消防署では彼の欠勤が何日も続いているにもかかわらず、他の同僚たちは彼を異様なほど持ち上げ、まるでさっきまで一緒にいたかのように語るのだ。


「笠井くんが通っていた中学校での一件に加え、笠井くんのおばあさんが入院していた病院での一件…。少なくとも彼は二つの事件に関係している」


 徳井が西条について調べた資料に目を通す。


「いえ、三つよ」


 南はもう一つの資料に目を通していた。


「『明星みょうじょう病院事件』ですか?」


「・・・」


 南は徳井の問いに何も答えなかった。


「問題なのは―」


「笠井くんとの関連ですよね」


 徳井は資料を置き、南を見やる。


「ええ、そうね」


 ここ数年の笠井が巻き込まれた事件には、必ず西条の影があった。さらに、「明星病院事件」と呼ばれる件については、笠井の父が亡くなったのがこの事件だったのだ。


「三つの事件が笠井くんと西条なる人物と関わってくる」


「そして、ここ最近の西条の失踪ですよね」


 自体が一変したのは、ちょうど笠井が祖母の病院で鬼夢に巻き込まれた後だった。その事件の後から西条の足取りを完全に見失い、笠井も連絡が取れなくなった。

 そして、西条という人物が一連の事件に関与していることを決定的にしたのは、西条と関わっていた関係者たちが「西条大河」なる人物の一切の記録と記憶を喪失してしまったことだった。

 もはや、西条なる人物を覚えているのは笠井ただ一人であった。


「当然ながら、『人』ではないですよね」


「もちろん。おそらくは、『夜叉やしゃ』でしょう」


 西条の足取りが掴めない日々が続く中、突然西条の目撃情報が寄せられた。それはとある親戚の寄り合いで彼が現れたとのことだった。

 目撃者の情報によれば、西条はその親戚の集まりに突如現れ、その中でもどうやら一人の少年にとある場所の話をしていたらしい。

 現在、二人はその場所についての情報を待っていた。

 すると、南の電話が鳴る。


「はい…そうですか。分かりました。ありがとう」


 南は電話を切り、車のエンジンを始動させる。


「どうされました?」


「場所が分かったわ。その場所の名は…首狩り塚」


「ま、まさか!?そこって」


「そう、ぬかった。すぐに現地へ向かうわ」


 闇夜の中、二人を乗せた車は急ぎ首狩り塚へ急行する。




 笠井は無事、羅刹を倒し、小水内を救出した。

 しかし、無理に羅刹から分離させたため、小水内の意識は今だ戻っていない。


「早くここから脱出しないと」


 と笠井は小水内を抱え、歩き出した。

 すでに自分たち以外の生徒たちは鎧武者にやられている。さらに、先ほどから試験官との連絡が取れないのだ。


(あの武者の異常な強さも、きっとあの寄生虫が関係しているだろう…)


 笠井は“黒ローブ”のことを思い出す。あのとき感じた冷たい視線が笠井へ向けられている気がする。 笠井は小水内を支えながら、少年を探す。


(緊急事態だったとはいえ、むちゃをしちまったな)


 早く彼を見つけないと、この世界へ取り込まれてしまう。

 笠井が必死に少年を探していると、


「亮くん」


 と誰かが笠井の名を呼ぶ。笠井はその声の主を見る。


「西条さん!?」


 そこにいたのは西条であった。西条は消防服を着用しており、先ほどの金髪の少年を抱えていた。


「西条さん、どうしてここに?」


 と笠井は問う。


「いやあ、夜中に悲鳴がするって通報があって出動したんだ」


「で、でも-」


「とにかく、生存者を連れてここから出よう」


 笠井は西条の圧に押されて、出口を目指して歩く。


「驚きましたよ、こんなところで西条さんに出会うなんて」


「いやあ、僕もびっくりしたよ」


 二人は少年たちを抱えながら歩いていた。


「ところで、他の隊員さんたちは?」


「ああ、他に生存者がいないか捜索しているところさ」


「・・・」


 前を笠井が歩き、その後ろを西条が歩いている。


「いやあ、でも、今回は残念だったね。卒業試験だったのに」


「ええ」


 西条はそっとその手を変形していき、巨大な鉤爪となる。そして、その右手をゆっくり引く。


「本当に、残念だ!!」


 そして、その狂気の刃が笠井に突き立てられた。

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