第三話⑦ 第七章「大咒」
復活した鎧武者は悠然と笠井の前に立ちふさがる。
(こいつ…どういう原理かは知らんが、小水内を取り込んで
「
鬼夢に棲む悪鬼が
しかし、今回不自然なのは、本来自然発生した鬼夢は特定の夢主が存在しないため、悪鬼は羅刹まで進化することはないとされている。それが、この目の前の現実がそれを根底から否定しているのだ。 さらに、厄介なのがおそらく左手の
先ほどの餓鬼の状態でも異様な強さだったのに、それがいくら開現師の卵とはいえ小水内を取り込んだことでその力は想像したくもない。
(逃げるか?)
だが、その笠井の考えは打ち捨てる。
なぜなら、目の前の鎧武者の雰囲気が変わったためだ。それは、明らかに対峙する笠井に対して強烈な敵意を向けている。
鎧武者は二本の剣を構え、馬の前脚を踏み鳴らす。 そして、刀が輝いたかと思うと、鎧武者は笠井へ向かって駆け出した。
「くそ!!」
笠井は覚悟を決め、抱えた少年を横へ放り投げる。鎧武者は圧倒的なスピードで迫り、笠井は危うく粉砕されるところだった。
駆け抜けていく鎧武者は慚愧彗星剣を地面に突き刺し、砂塵を巻き上げながら旋回する。
そして、再度、笠井へ向かっていく。迎え撃つ笠井も
鎧武者が迫りくる中、笠井は跳びあがり、風塵鴉鎚で鎧武者の胸部へ狙いをつけるが、煌めく剣閃が笠井を襲う。
笠井は最初に振り下ろされた日本刀を風塵鴉鎚で弾き、次に迫る慚愧彗星剣をひらりと躱す。
(ここだ!)
笠井は先ほどの攻防で小水内がつけた胸の傷口へ一撃を打ち込もうとした瞬間、慚愧彗星剣から稲光が走り、笠井の全身へ電撃が走る。
「がああああ!!」
笠井は辛くも鎧武者の胴体を蹴り、地面へ着地する。
笠井の肉体からは白い煙が上がっていた。
「はっ、厄介だな…。小水内の技は使えるってか」
笠井は右手に風をまとい、それを地面へ叩きつける。風によって大きな砂塵が巻き上がり、鎧武者の視界を奪う。その間に、笠井は走り出した。
(黒錆鉄爪は…再発動までもう少しかかるな)
「まあ、この場合は逃げて時間を稼ぐのがセオリーだが…」
砂塵の中を駆ける笠井の眼前の煙がうねり、鎧武者が出現する。
「当然、見逃すわけないよな!!」
笠井は鎧武者の突きを風塵鴉鎚で受け止め、もう一方の剣を振り下ろされる前に風を操り、鎧武者に向かってその風を収束させる。
砂塵の中に舞い上がった石や木の残骸が鎧武者へ打ち付けられていく。鎧武者は二対の刀を大きく薙ぎ、その風を相殺した。
しかし、その隙を突き、笠井は鎧武者の後ろへ飛び移り、馬の胴体部分へ着地していた。
「もらった!!」
そのまま叩き下ろされた風塵鴉鎚の一撃がその背骨を粉砕する。鎧武者はVの字でひしゃげるものの、刀で後ろの笠井を襲う。笠井は大きく飛び退き、その一閃を軽く躱す。
だが、鎧武者は両脚で上体を起こし、折れ曲がった背から触手を出して立ち上がる。
「ふん、やっぱり余計なやつが潜んでいたか」
馬の胴体から無数に生えた触手に笠井は見覚えがあった。
そう、あれは以前、叔父に寄生していたあのエキノコックスに似た寄生虫であろう。
(ということは、この試験に何者かが干渉してるということか?)
笠井が考えていると、無理やり立ち上がった鎧武者は触手を伸ばして攻撃してくる。
笠井はそれを容易く避けるが、触手から電光が走り、笠井に電撃が直撃する。
「こんなもの!!」
笠井はその電撃を弾き飛ばす。
(この程度、大したことない!)
そう笠井は考えていたが、
「が!?」
ダメージはそれほどなかったものの、一瞬体が痺れて動きが鈍る。そこを見逃さず、触手が笠井を打つ。
弾き飛ばされた笠井はすぐさま体勢を整えるが、頭上に鎧武者の前脚が振り上げられていた。
「くそ!!」
その前脚が笠井へ向かって振り下ろされるのだが、笠井はそれを両手で受け止める。あまりの重さに笠井が立っている足元の地面がへこみ、口からは血がこぼれる。
そして、鎧武者の剣による追撃が迫る中、笠井は全身に力を込め、
「舐めるなあああああ!!!」
と叫びとともに鎧武者を投げ飛ばす。
投げ飛ばされた鎧武者は再び立ち上がり、笠井の方を向く。
(やはり、小水内を取り出す必要があるか…)
人と融合した羅刹を倒すには、取り込まれた人間を羅刹から分離する必要がある。しかし、それは言葉で言うほど簡単なものではない。
取り込まれた人間と羅刹を分離する唯一の方法、それは『
「
「ヴァジュラ顕現」、「己形心想」を経て辿り着く、開現師最大の必殺技、それこそが「最極奥義」である。極限まで己の能力を高められたその一撃は、羅刹の深部へダメージを通し、取り込まれた人間を分離することが可能となる。
(土壇場でいけるか…。いや、出来なければ俺はここで死ぬ!)
笠井は覚悟を決める。最極奥義など訓練で一度も試したことなどない。できるかどうかも、実際には分からない。
だが、笠井に迷いはなかった。なぜなら、父の言葉が笠井の内に響いていたためだ。
”人一人を救うには、並大抵の覚悟ではできない”
当時の自分にはその意味は分からなかったが、今の自分なら父の気持ちが少し分かる気がする。 きっと、父も必死だったのだろう。目の前の救える命を一人でも多く救うために、そして自身の命を守るために。
その瞬間はいつやって来るかなど誰も予想できない。ならば、そのときに後悔しないよう必死にもがくことこそ、父の言う覚悟ではないだろうか。
今となってはその答えは決して得ることは出来ない。しかし、今、笠井はそう感じているのだ。
鎧武者がこちらへ向かって走り出していた。一方の笠井は、とても穏やかだった。 恐怖はない。迷いもない。あるのは、ただ目の前に迫り来る悪鬼を打ち倒し、仲間を救うことだけだ。
(すべての命は救えない…。それでも、今、この瞬間だけは守ってやる!)
笠井のその決意が三つの風を生み、笠井は
“「
“「発動、
黒き風が笠井を包む。笠井は風塵鴉鎚を迫り来る鎧武者へ向ける。
決着の時が来た。
鎧武者は全身に雷をまとい、一筋の光となってこちらへ跳び込んでくる。一瞬の判断ミスが死へ直結する。
しかし、笠井の心は穏やかだった。穏やかな風の奥底に、憤怒の風が渦巻いていた。 それは、刹那の攻防だった。
鎧武者の神速の突きを笠井の残像がかすってしまう。
笠井は鎧武者の足元に潜み、黒錆鉄爪を馬の胸元へ放つ。すると、そのあまりの勢いに、その巨体が宙へ舞い上がる。
”「形態変化『
笠井は鎧武者よりも高く舞い上がると、風塵鴉鎚の形をネイルハンマーへと変形させる。また、左手には黒錆鉄爪が寄り集まり、一本の釘へと変わる。
そして、笠井は
“「
“「
その釘が鎧武者の胸部の傷へ打ち込まれる。武者の内部に漆黒の嵐が巻き起こり、全身の亀裂からその風が溢れ出ていく。
「はあああああああ!!」
笠井は釘抜きで打ち貫いた釘を引き抜く。鎧武者は悲鳴を上げている。
釘が引き抜かれるのと同時に、小水内が内部から引き抜かれる。
小水内が完全に引き剥がされると、鎧武者の体を破り、かつての寄生虫が現れる。
「これでええ! 終わりだあああああ!!」
そして、風塵鴉鎚に集まった漆黒の風は巨大な鉄塊となり、寄生虫へ振り下ろされる。
ギギィイイイイイ!!!
寄生虫は断末魔を上げて、肉片一つ残さず打ち砕かれたのであった。
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