第三話⑤ 第五章「首無し」

 笠井と小水内は森の奥を進む。


「まさか、君と一緒だなんて心外だよ」


 小水内が嫌味ったらしく突っかかってくる。


「ちゃんと前を見て歩いたらどうだ?つまずいて怪我するぞ」


「お構いなく。君のようにとろくないからね」


「そう強がるなよ。足が震えてるぜ?」


 二人は舌戦を繰り広げながら、競い合うように森を進んでいく。

 激しい煽り合戦をしていた二人だったが、口を閉じる。

 そして、同時に構えを取る。

 奥から人影が現れる。さらにそれは一体ではなく、何体も木の影からわらわらと現れた。

 ゆらゆらとおぼつかない足取りで現れたその人影は泥だらけの着物を着て、首元から腹にかけて血の跡で黒く汚れていた。

 それも当然である。なぜなら、本来あるはずの頭は首元から切り取られ、切り口からは骨と今もなお血がだらだらと垂れ流されていた。

 その骸たちは、二人を取り囲むように群がっている。


「笠井、怖いなら僕の後ろで隠れていなよ」


「はっ、顔が青くなってるやつに言われたくないぜ」


 じりじりと後退しながら言い合う二人の背が当たる。


「じゃあ、こいつらを何体倒せるか勝負しようじゃないか」


「ああ、いいぜ!」


 小水内からの提案を笠井が承諾する。


「条件はヴァジュラを顕現せずに、素手のみ」


「当然…」


 その瞬間、二人は同時に骸の中へ飛び込んでいく。

 笠井は先頭にいた骸に跳び蹴りをかます。それをモロに喰らった骸は大きく後方へ吹き飛び、後ろの骸たちを巻き込んでいく。しかし、残った骸たちは両手を伸ばして迫る。

 笠井はかがみ、大きく足払いをする。払われた骸たちは、後ろから来た連中に踏み付けられていく。 笠井は次々と現れる骸を蹴散らすその姿は、まるで血肉を求める野生の獣を思わせる荒々しさを宿していた。

 一方の小水内も、群がる骸たちに攻撃を仕掛けている。笠井とは違い、その動き一つひとつが淀みなく繰り出され、美しさすらあった。

 二人が通った跡には大量の骸たちが積み重ねられていく。


(ちっ、数が多いな)


 笠井は右手に風をまとい、思い切り薙ぎ払う。すると、凄まじい風圧が生まれ、骸たちは吹き飛ばされ木に打ち付けられる。

 小水内は右手を地面に突き刺していた。そして、右手から生じた稲光が無数の閃光となって広がっていく。そして、光に触れた骸たちは体を痙攣させ、その場に膝から崩れ落ちるのであった。

 無数にいた骸たちも二人の猛攻により、あっという間に倒された。


「僕の方が圧倒的に多いな」


「おい、数も数えられないのか?こっちが上だろ」


「ほんと、君は意地汚くて困るなあ。僕の倒した数を勝手に入れるなよ」


「何言ってんだよ。おまえがすぐにへばったから俺が手伝ってやったんだろ。感謝しろ」


 戦いが終わったにもかかわらず、二人の争いは終わらなかった。


“おまえたち、いい加減にしろ!次、争ったら減点だぞ”


 二人の頭に試験官の怒鳴り声が響く。

 二人は睨み合うのをやめ、中心部を目指して走り出した。しばらく走ると、笠井が立ち止まる。


「何だ?こっちは君を構っている暇はないんだよ」


「違う。奥に誰かが倒れてる」


 笠井が指さした方を小水内が見やる。見ると、確かに誰かが倒れている。


「さっきの亜羊あようか?」


「いや、ただの人間だろ」


「おいおい、ここら一帯は人が入って来られないようにしているんだろ?」


「俺が知るか。小水内、おまえは試験官に連絡しろ。俺はあいつを見てくる」


 小水内は口から出そうになる文句をぐっと抑え、試験官に連絡を取る。その間に、笠井は倒れた人物の元へ歩み寄る。


「おい、大丈夫か?しっかりしろ!」


 笠井はその倒れた人物を抱え起こす。

 見ると、倒れていたのはまだ少年だった。金髪で耳にピアスを開けているところを見ると、おそらくそこいらの不良少年たちが肝試しにでもやって来たのだろうと笠井は推測する。


(だが、人払いは前日からされているはずなのに、なぜ?)


 と、笠井が考えていると、


「いったん、試験は中止だそうだ。そいつを連れて引き揚げろと」


「ああ、分かった。じゃあ、まずは開静かいじょうをしてもらわないと-」


 そう笠井が言おうとした瞬間、


「危ない!!」


 笠井は小水内を押し飛ばす。すると、そこへ銀色に鈍く輝くきらめきが宙を斬る。


「こ、こいつは!?」


 小水内に強襲を仕掛けてきたのは、首無しの鎧武者だった。

 鎧武者は右手に日本刀を握りしめ、左手には三人の男女の首を握りしめていた。

 そして、その腰には、おそらく自分たちと同じく卒業試験に参加していただろう他の生徒の首が括り付けられていた。

 笠井が鎧武者から距離を取ろうとした瞬間、眠っていた少年が目を覚ます。


勇児ゆうじ瑠香るか美香みか!!」


 少年は目を覚ますやいなや、鎧武者に向かって走り出そうとする。


「おい、馬鹿!?やめろ!!」


 笠井が少年を必死に止めようとするが、パニックになった彼は当然ながら言うことを聞かないため、笠井はみぞおちを殴り気絶させる。

 しかし、その隙を鎧武者が見逃すわけもなく刀を上段で構えていた。


(しまった!?)


 笠井が防御姿勢を取ろうとしたとき、ガンッという音とともに鎧武者が吹き飛ばされる。

 見ると、小水内が顕現した『慚愧彗星剣ざんきすいせいけん』で鎧武者を攻撃したようだ。


「笠井、とっとと顕現しろ!」


「ああ、分かってる!」


 そして、笠井は右手を前に突き出し、小咒しょうじゅを唱える。


”「我が敵を打ち砕け、顕現『風塵鴉鎚ふうじんがつい』!」”


 笠井が風塵鴉鎚を顕現すると、吹き飛ばされた鎧武者が起き上がり、こちらへ構える。それに呼応するように、笠井と小水内も構えた。 闇夜の漆黒の中で、月明かりが三人を照らす。

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