第三話 第三章「首狩り塚」

「おい、月樹いつき。こっちでほんとに合ってんのかよ?」


「ああ、間違えない。おじさんから教えてもらったところだ」


 森の中を五人の男女が歩いている。


「いーくん、ここが言ってた『首狩くびかづか』ってところなの?」


「そうだ。なんか昔の武将がある日、村の連中の首を刀で跳ねて、この首狩り塚に置いてたらしい。んで、そいつはまだ殺したりなくて、今も夜な夜なこの森に入って来たやつの首を狩るらしいぜ」


「きゃあああ」


 年端も行かない少女たちは、前を歩く少年の語りを聞いて悲鳴を上げていた。まだ、顔に幼さを残した彼らがこんな深夜に森の中を歩いている理由は、リーダー格の少年がこの首狩り塚へ行かないかと提案したためである。


首狩くびかり塚〉

 浅柄あざえの森は、とある県道沿いにある小さな雑木林だ。この森は通称「首狩り塚」と呼ばれている。

 言い伝えでは、ある日、とある武将が突然気が触れたらしく、近隣の村々を襲撃しては村人の首を刀で次々と跳ね、その首をこの森へ重ねていった。武将はそれでも飽き足らず、道行く行商人などを襲うようになり、それを見かねたとある城の城主が武将の討伐に赴いた。討伐隊は武将をこの森まで追い詰め、ついにその首を討ちとった。

 討伐隊がこの森の奥に積み重ねられた首を確認すると、その数は悠に千を超えていたと言われている。そして、城主はこの森に塚を作って死者の供養を行ったのだが、以来この森は近隣住民から「首狩り塚」と呼ばれるようになったのであった…。


 少年は親戚からこの首狩り塚の話を聞き、仲間とともに肝試しでこの森へ行かないかと提案した。どうせすることもなく、コンビニの駐車場でたむろするしかなかった他の四人も、少年の話を聞いて意気揚々とここまでついて来た。


「何だ、瑠香るか? おまえ、ホラー系は大丈夫って言ってただろ」


「はあ?うっせえし。黙れよ」


 乗って来た原付を置き、五人は目的の場所を見つけた。

 そこまでの道のりはずっと田んぼばかりだったのに、目的地とするその場所だけが不自然なほど木が無作為に生え、そこを避けるように田んぼが広がっていた。

 その森に近づくたびに、ぬっと伸びたその影がどこか不気味な雰囲気を放っていた。

 当初は息巻いていた彼らも、その異様な光景に心の中では怯えていた。しかし、他の二人の少年は少女たちにいいところを見せようと、無理に笑顔を取り繕っていた。


「ねえ、もう帰ろうよ」


美香みかは怖がり過ぎなんだって。どうせ、何もあるわけないじゃん」




「そういう敬一けいいちはビビってんじゃねえの?」




「は!? うっせ!! ビビるわけねえだろ!」


 森に入ってからしばらくたち、少女たちはすっかり怖がっていた。森の中には道という道はなく、前を進む少年が踏みしめた道を歩くしかなかった。

 持ってきた懐中電灯で何とか足元が見えるが、暗闇が支配するこの森の中ではその光はあまりにも頼りない。

 何より、この森に入ってから彼らの声や葉を踏みしめる音以外、何の音もしないのだ。もう夏も終わりに差し掛かるとはいえ、虫一匹鳴いていない。

 しかし、そのことを誰も口にしようとはしない。なぜなら、そんなことを言ってしまえば、この森の異常さが本物に変わってしまいそうだったためだ。


「ねえ、月樹、もう戻ろうよ」


「いや、あともう少しだけ行こうぜ」


 怯える四人とは対照的に、リーダー格の少年はどんどん森の奥を進んでいく。後ろのメンバーも、日頃から自分たちを引っ張ってくれる彼に従ってはいたが、それにしても今日の彼は異常だった。

 まるで何かに取り憑かれたように、道なき道を進んでいく。しかも、彼はこんな草木が鬱蒼と生い茂る道でも、まるで目的地を知っているかのように足早に進んでいくのだ。

 しばらく森の中を進むと、開けた場所へ出る。 そして、その奥に「それ」があった。


 それは、祠だった。いや、祠と言うにはあまりにもみすぼらしかった。木で作られた祠はひどくぼろぼろで、扉として打ち付けられていた板も金具が外れて片方は地面に落ちていた。祠の周囲は草が生い茂り、ぼろぼろの祠以外、特に目ぼしいものは何もなかった。


「何だ、これだけ?」


「え?ああ、そうだな…」


 皆、ここまでの道中や『首狩り塚』という名から、相当な心霊スポットであると恐怖する反面、何だかそれが裏切られてしまったような気さえしていた。


「おい、月樹、もう帰ろうぜ」


「ああ」


 少年たちの興奮は一気に冷め、彼らは来た道を戻ることにした。


「でも、さっきのいーくんはめっちゃ迫真だったよ」


「ああ、俺、正直ビビったぜ」


「…」


 少年たちは首狩り塚への興味を失い、先ほどとは打って変わって、夜も更ける深夜でもお構いなく大声で話していた。


「おい、月樹、聞いてんのか?」


「え?ああ」


「どうしたの、月樹?ずっとぼーっとして」


「いや、ここに行こうって、俺が言ったんだよな?」


「は? おいおい、何を言ってんだよ。おまえがここまで案内しているんだろうが」


「そうだよな。でも、俺もここまでのこと、はっきり覚えてなくてさ。気が付いたらここにいて」


「もういいって、さっきので結構ビビったって」


 その時、彼らはあることに気付く。


「待ってよ…ここってさっきの場所じゃない?」


 少女が震えながら、あの祠を指さす。どうやら、祠の場所へ戻って来てしまったようだ。


「おいおい、俺たち、来た道を戻ってたよな?」


「単に道を間違えただけだろ」


 そして、彼らはまた歩き出す。が、再び祠の場所へ戻る。


「おい!? どうなってんだよ!!」


「私は、もう動けないよ」


 この異常事態に、彼らは完全にパニック状態となってしまった。


「おまえら、落ち着けって!!」


「はあ!? 知るかよ! てか、月樹がこんなところへ来たいって言ったからだろ!!」


「俺のせいだってのかよ!?」


「ああ、そうだろ!!」


「もうやめなよ! 美香泣いてんじゃん!!」


 五人に静寂が訪れる。自分たちの鼻息以外には、何の音すら聞こえない。ただ、懐中電灯のわずかな明かりが深い闇の中を照らすだけである。


「もう付き合ってられっか!!」


「おい! どこ行くんだよ?」


「俺は一人で道を探す!」


 そして、少年のうちの一人が先へ行ってしまう。


「どうすんだよ、月樹?」


「知るかよ。それよりおまえも美香を持ち上げるから肩貸せよ」


 二人の少年は泣き崩れる少女を無理に起こし、帰り道を探すことにした。誰もがこの異常な空間からすぐにでも逃げ出したかったのだ。

 四人はしばらく歩いていると、先ほど見失ってしまった通り道を見つける。彼らはこれで帰れると思い、ひと安心していると、彼らは気づく。


 奥の草むらを誰かがこちらを目指して近寄って来ることに。

 ざっ、ざっ、と草を掻き分ける音が木霊する。

 その音がどんどん近寄ってきて、少年の一人がそこへ明かりを向ける。

 そこにいたのは、先ほど一人で行ってしまった少年だった。


「何だ、敬一かよ~。びっくりさせんなよ」


 そう話しかけられた少年は何も言わず、突っ立っているだけだった。


「何だ、さっきのことでまだ怒ってんのかよ。分かったよ!さっきは悪かった—」


 どさっ。


 リーダーの少年が謝っていると、敬一という少年は糸が切れたように倒れた。

 ただ倒れたのではない。少年の顔は宙に浮き、その体だけが地面に倒れたのだ。倒れた地面には真っ赤な血がどんどん広がっていき、辺りには強烈な血の匂いが充満する。

 そして、宙に浮いていた少年の首は地面へ放り投げられる。

 首を持っていた者が闇の中から現れる。


 それは、その鎧衣装からおそらく武将であるとは分かるのだが、その首はなかった。


 首なしの鎧武者は、がしゃがしゃと音を立てながら少年たちの方へ迫る。その手には、血で真っ赤に染まりながらも怪しく光る刀を持っていた。


「きゃあああああ!!!」


 誰が叫び声を上げたかは分からなかったが、少年たちは弾かれたように走り出す。


 しかし、森の中の闇に彼らの叫びは飲み込まれていくのであった。

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