第三話① 第一章「組手」

第三話 あらすじ


 祖母との別れから時が経ち、十七歳となった笠井。


 南や徳井たちに見守られながら訓練に明け暮れる日々を送っていたが、ついに笠井は夢幻開現師むげんかいげんしとなるための試験を受けることが決定する。


 笠井と小水内おみないは、某県で有名な心霊スポットである「首狩くびかり塚」で発生した鬼夢おにむへの対処へ向かう。


 笠井と小水内は襲い掛かる首無しの骸たちを倒しながら森を進むのだが、首無しの鎧武者よろいむしゃが二人の前に立ちふさがる。


 そして、そんな笠井を狙う黒幕が動き出す。




 果たして、笠井たちは怨嗟渦巻く呪われた森で生き残ることができるのだろうか?





「夢幻開現師」第三話 第一章


 果てしない荒野に、凄まじい音が響く。

 眩い光と荒れ狂う風がぶつかり合う。


“「わが敵を打ち砕け!」”


“「顕現、『風塵鴉鎚ふうじんがつい』!!」”


 笠井は鉄槌を握りしめ、南に迫る。


「はああああ!!」


 笠井が横振りにその鉄槌を打ち抜くが、南の鉄壁のガードを崩すことは出来ない。


「まだまだ、そんなぬるい攻撃では私に一撃は入れられないわよ」


 南は笠井の一撃を弾き、右拳を放つ。それを笠井は風塵鴉鎚で受け止めるが、南の拳はまるで巨石を落としたような衝撃を有していた。


「くっ!」


 笠井は何とか踏ん張り、南の頭部を蹴り上げる。しかし、南はそれを紙一重で躱す。「やるわね」 南はその足を持ち、地面へ笠井を叩きつける。地面へ叩き込まれる寸前に、笠井は風塵鴉鎚を地面に打ち込んだことで、その衝撃で衝突を相殺する。

 息を荒くする笠井とは正反対に、南は息ひとつ乱れていない。


(これほどの差があるなんて…)


 笠井は目の前にいる「本物」の夢幻開現師に対して驚愕していた。

 その日、海外出張から帰って来た南は、笠井の成長を見てみたいと組手を行うことになった。

 徳井が見守る中、笠井は南から全力でぶつかってこいと言う指示に従い、全身全霊を賭して対峙していた。


「では、今度は私の番ね」


 南が構えを取り、小咒しょうじゅを唱える。


“「わが敵を打ち砕け」”


“「顕現…」”


“「『無色色欲極楽浄土むしきしきよくごくらくじょうど』!」”


 その瞬間、南の両拳にはメリケンサックが握られていた。


「では行くわよ!」


 南が砂塵を巻き上げながら、凄まじい勢いで踏み込む。大振りのモーションで右拳が放たれるその拳は、笠井が反応するよりも速く迫りくる。

 ほんのわずかな思考すら挟む余地がないほどの圧倒的な神速の一撃を、笠井は驚異的な反射速度でそれを防いだ。

 しかし、その衝撃を防ぎきることまではできず、笠井は大地へ叩きつけられる。空間全体を覆うほどの砂塵が吹き上がり、南は笠井の姿を見失う。

 誰もが笠井の負けを確信した、その時。

 南は目の端で微量な砂塵の動きを感じ取る。南はとっさにガードをするが、それよりも速く笠井の一閃が到達する。

 そして、漆黒の旋渦せんかが南の脇腹を穿つ。


(もらった!!)


 笠井は勝利を確信したが、南の左拳がその渦へ放たれていた。衝突した瞬間、二つの力は大きな反発を生む。

 笠井の体は宙へ放り投げられるが、何とか体勢を立て直して着地する。笠井は視線の先の相手を見やる。南は服のしわをはたいていた。


「ちっ、ノーダメか…」


 笠井の起死回生の一撃は、目の前の強大な相手にはかすり傷すら与えられなかったようだ。


「今の一撃はかなり危なかったわ」


 南は涼しげに言ってのける。


「ええ、さすがに決まったと思いました!」


 笠井は返事を言い終わる前に、『黒錆鉄爪こくじょうてっそう』によって発生した黒き風の塊を飛ばす。が、南はそれを片手で受け止める。


「たった一年でヴァジュラだけでなく、己形心想ごぎょうしんそうまで…。素晴らしいわ」


 南は純粋に、笠井の成長を喜んでいた。


「男子、三日会わざればってやつですよ」


 笠井は笑うが、内心は焦っていた。


(黒錆鉄爪を出したのはいいが、もう時間がない。次で決める!)


 笠井は漆黒の風を自身の身にまとい、南へ突撃する。


(遠距離戦ではこちらがジリ貧になる。なら、接近戦にて勝負をつける!!)


 まるで、一匹の大蛇が蛇行するが如く、笠井は黒い筋を残しながら荒野を駆け抜ける。


「笠井くん、君の成長を祝して私の力の一端を見せてあげる」


 そして、南は構えを取る。


”「自証じしょうつるぎにて、わが一念を貫け」”


”「発動…」”


”「『鏡稜降伏きょうりょうごうふ』」”


 迫る笠井の背筋に悪寒が走る。しかし、このまま突っ込む以外に他はない。

 笠井は南に接近すると、両手を振るう。笠井の動きに呼応して、黒き風がベールのように南を襲う。  

 黒きベールが南の体を包み込み、彼女の体を削り取ったかと思われたが、渦の隙間から眩い光が迸る。

 そして、無数の光線がそのベールを払い、笠井の全身に注がれる。鋭い熱と痛みが笠井の全身を貫く。

 笠井はガードするのがやっとだったが、相手はその隙を見逃すほど甘くない。腕の隙間から、南が正拳を放とうとしているのが見えた。


(まずい!?)


 笠井は反射的に前面へ漆黒の防壁を展開するが、


「遅い!!」


 黄金に輝く南の右腕が叩き込まれる。激しい閃光と爆発音が世界を支配する。

 光が晴れ、砂塵が消えると、二人は立っていた。しかし、笠井は膝から倒れ落ちる。


”笠井くん、おしかったですね”


 徳井の声が響く。


「ええ、先ほどの一撃はかなり効いたわ」


 南は右腹を押さえ、口の端から血をこぼしていた。

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