第二話⑩ 最終章「決意」

 現実世界へ帰還後、祖母は目を覚ますことはなかった。そして、年の終わりが近づく頃、祖母は亡くなった。

 祖母の葬儀を終え、笠井は以前訪れた公園に寄る。ベンチに座っていると、


「隣、いいかな?」


 と声がかかる。隣には徳井が立っていた。


「ええ」


 徳井が隣に座る。年も終わりに近づき、寒さも日に日に厳しくなっている。


「俺、藤本のご両親に会いに行こうと思います」


 中学を卒業してから、結局藤本の両親には会いに行けなかった。


「ご両親は君のことを覚えていないよ」


「これも俺の自己満なんです。でも、ちゃんとしておきたいんです」


 徳井はしばらく黙っていたが、


「分かった。本当は会いに行かない方がいいのかもしれないけど、僕が送るよ」


 そして、徳井は電話をかけ、南に許可を取る。少しして許可が出たとのことで、徳井の案内で藤本の両親が住む家へ向かうことになった。どうやら、笠井が知っている住まいではなく、別のところで暮らしているらしい。


「ここの突き当たりの家がそうだよ」


 徳井は一軒の家を指さす。


「一緒に行こうか?」


「いえ、一人で大丈夫です」


 笠井は車を降り、その家を目指す。少し傾斜があり、前を歩く女性も一生懸命自転車を押していた。買い物終わりなのか、かごにはぱんぱんの買い物袋を載せている。

 すると、「あっ!」という女性の声とともに、りんごが一つ転がってくる。笠井は落ちてきたりんごを拾う。


「あら、ごめんなさい」


 と女性が自転車を止めて、こちらへ駆けてくる。そして、笠井はその女性を見てはっとする。


「ごめんなさいね、ありがとう」


「い、いえ、別に」


(少し雰囲気は変わっているけど、間違いない。藤本のお母さんだ)


 駆け寄ってきた女性こそ、かつて笠井をかばって亡くなった藤本の母親であった。


「いやあ、ちょっと買いすぎちゃったわ」


 笠井が知っているかつての姿とは少し雰囲気が変わってはいたが、確かに藤本の母親だった。


「そうなんですか。家は遠いんですか?」


「いえ、この先ですよ」


「なら、お手伝いしますね」


「そんな、悪いわよ」


「大丈夫ですよ、僕の目的地も近くにありますし、ついでです」


「そう?悪いわね」


 そうして笠井は女性の自転車を運ぶことになった。最初は戸惑っていた彼女も、どこか嬉しそうにしていた。


「いや、ほんと助かるわ。うちにもあなたみたいな子どもがいればね」


 そう語った女性の顔はどこか寂しげな表情をしていた。ほどなくして坂を上り切り、目的地へ着くと、ちょうど旦那さんも帰宅した頃だった。


「お帰り、どうしたのその子?」


「えっと、この子は…」


「笠井です」


「そう、この笠井くんがここまで運ぶのを手伝ってくれたの」


 女性はとてもうれしそうに語っていた。


「それは悪かったね。わざわざありがとう」


「いえ、別にたいしたことはありません」


「いやあ、なかなか今時そんなことはできないよ」


 二人はとても仲良さげに話していた。しかし、ここにはもう藤本光一ふじもとこういちはいない。そして、目の前の二人はこれからも大切な人を失くしてしまったことを知らずに生きていくのだ。


「あら、笠井くん、どうかしたの?」


 笠井は真っすぐ立っていられなかった。膝が折れそうになるのを必死にこらえる。込み上げてくる後悔が笠井を苛むのだ。


「俺、がんばりますから!」


 それしか言えなかった。それ以上の言葉を持ち得なかった。今ここにある現実こそが笠井が直視すべき現実なのだ。罪なのだ。笠井は必死に涙をこらえ、唇を噛みしめる。


 そして、笠井は“夢幻開現師”となることを強く決意するのであった…。




夢幻開現師 第二話終わり

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