第二話⑨ 第九章「援軍」

”ごめん、笠井くん。遅くなって”


「いえ、タイミングばっちりですよ…徳井さん」


 この珠を操る主、徳井太一は夢幻開現師のもう一つの役職、「観測師かんそくし」である。

 観測師たちは鬼夢の発生を探知し、開現師たちを現実世界からサポートする。

 そして、観測師たちはサポートするために、「慧珠えじゅ」と呼ばれる珠を生成し、それを現実世界から操作するのだ。


”汝なんじに救済あらんことを、『開静光明かいじょうこうみょう』”


 珠が光輝き、笠井の左腕が再生する。


「開静光明」

 それは、鬼夢で傷ついた者を癒す光である。また、悪鬼の瘴気しょうきに晒された者を浄化することで、鬼夢を再発しないようにする効果もある。


 新たに誕生した寄生虫たちは触手を伸ばし、笠井たちを攻撃する。しかし、珠を中心に張られた結界によってその攻撃は弾かれる。


”夢主の浄化は、こいつらを倒してからだね。笠井くん、彼らをお願いできるかな?”


 笠井は頷き、郁江いくえと叔父のところへ下がる。


”さて、君たちのお相手は僕がさせてもらうよ”


 寄生虫たちは、徳井の隙を突いて笠井たちへその触手を放つ。触手が迫りくる中、地面から植物が突然生え、触手たちの侵攻を妨害する。


”君たちの相手は僕がするって言っただろ。勝手なことをされるのは困るな!”


 慧珠が光輝くと、茎の上部についた実が弾け飛ぶ。種はまるで弾丸のように、寄生虫たちの甲殻へ当たり、寄生虫たちは後退していく。


”ううん、固いな”


 寄生虫たちは、もぞもぞと動き出し、互いに重なり合っていく。そして、重なり合った寄生虫たちの甲殻はどろどろに溶け始め、混ざり合っていく。さらに、後ろにいた仲間もそれにどんどん混ざっていき、一匹の巨大な寄生虫へと生まれ変わる。


“力を集結させて、こちらに対抗する気が…。ならば!”


 その瞬間、慧珠がひと際強く光り輝く。


災禍さいかを消し去り、大願たいがんを果たさん”


化身アバター転身てんしん…”


”『金枝大帝きんしたいてい須弥鹿しゃみろく!』”


 すると、慧珠を中心に光の筋が伸び、次第にそれは形を成していく。そして、その光でかたどられた虚像に肉体が宿る。

 そこに現れたのは鹿だった。いや、普通の鹿ではない。人の大きさを悠に越えた巨躯きょくを持ち、大きな面は牛のようであった。そう、例えるならヘラジカが近い。だが、その頭に生えた立派な角は、樹の枝が絡み合った神木のように天高く広がっていた。そして、その額には慧珠が埋め込まれている。


化身アバター転身」


 観測師たちは夢の空間で生成した慧珠に「化身アバター」と呼ばれる仮想の肉体を付与することができる。化身はさまざまな生物を基にするほか、太古や空想上の生物も存在する。

 寄生虫の集合体は胸部に生えた無数の触手を動かし、その巨体には似合わないほどの俊敏さで動き回る。


“鬱陶しいな”


 須弥鹿しゃみろくとなった徳井がその強靭な前脚を踏み鳴らす。すると、地面から枝が飛び出し、敵を拘束する。集合体は、その後訪れる悲惨な運命を予感し必死にもがくが、もがけばもがくほど枝は強く閉まり、その固い甲殻を砕く。

 そして、徳井は前脚を踏みしめ、ふんと息を鼻から出すと、地面を蹴り上げて突撃していった。

 それは、まさに必殺必中であった。突撃した徳井の巨体は音を越え、目にも止まらぬ速さで敵に突進した。集合体の体は徳井が当たるや否や、バラバラに砕けるが、集合体は腹部を分離する。


”させるか!!”


 分離した腹部に宿していた卵を再び飛ばそうとしたところを、徳井が召喚した巨大なウツボカズラが飲み込んでしまった。そして、強力な消化液によって瞬時に溶かされる。

 戦いを終えた徳井は笠井たちのもとへ歩み寄る。


”では、まずは夢主の治療から始めるね”


”汝に救済あらんことを、開静光明”


 額の慧珠が光り輝く。すると、叔父の体はみるみるうちに回復していった。そして、叔父の肉体は光に包まれ、光の玉となる。


”では、もう一人”


 そして、徳井は郁江の方へ振り向く。


”あなたは…”


 徳井は一瞬止まるが、郁江に開静光明を施す。


「亮…」


 郁江が笠井へ声をかける。


「どうした?」


「ありがとう。あなたの成長した姿を最後に見られてよかった」


 郁江はとても穏やかな笑顔を笠井へ向ける。

 その顔を見て、笠井はやっと気が付く。


「ばあちゃん!」


 光に包まれた少女は、笠井がよく知る祖母の姿へ戻っていた。


「ばあちゃん…」


 笠井は言葉に詰まる。たくさん伝えたいことがあった。かつての思い出、会えなかった間のこと、そしてこれからのこと。たくさんありすぎてうまく言葉にできない。


「亮」


 そんな笠井を祖母は優しく見つめていた。その姿、その眼は、笠井がかつてともに過ごした祖母そのものであった。


「亮、これからあんたがどんな人生を送るかは、あんた次第よ。でも、やるなら最後までやり切りな。亮、あんたならきっとできるから」


「ば、ばあちゃん!」


「でも、すぐにはこっちに来ちゃだめだよ。あんたのお父さんも悲しんじゃうから…」


 そう言うと、祖母は光に包まれ、その肉体は光の玉へと変わる。


"直に後発部隊も到着する。笠井くん、僕たちも先に戻ろう"


 笠井はうなずき、二人は出口へと向かうのであった。





 崩れ行く廃病院を見下ろす一つの影。その者は黒のローブを身にまとい、不適に笑う。


「やはり、急増品ではこんなものか…。だが、彼の成長は目覚ましい。さすがはあなたが残したご子息ではありますね、健司さん。」


 そのローブの下にある顔は恍惚の笑みを浮かべていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る