第二話⑤ 第五章「決闘」

 授業を終え、皆、帰りの支度をしていた。笠井も退出しようとしたとき、小水内を筆頭とする一団に囲まれる。

「何だ?」

 笠井が小水内を睨みつける。小水内はわざとらしくため息をつき、

「笠井くん、分かってないなあ」

 小水内は大げさな手ぶりで、やれやれといったジェスチャーを取る。

「何が?」

 すると、小水内は鋭い眼つきで笠井の胸倉を掴む。

「笠井、あんまり調子に乗るなよ。君、周りにちやほやされてるからって、ここでの礼儀をしっかりわきまえなよ、外様組とざまぐみがよ」

 笠井は小水内の手を払う。

「はっ、何かと思えば新人いびりかよ。こんな徒党を組まなきゃ、俺一人にも喧嘩を売れないとはね」

 笠井は皮肉たっぷりに笑う。その笠井の反応に、小水内の顔はさらに険しくなったかと思うと、突然笑みを浮かべる。

「もちろん、こんなところで決着をつけるつもりはないさ」

 そして、小水内は後ろを指さし、

「訓練室の鍵を仲間が拝借してね。今からちょっと付き合ってもらえるかい?」

「ああ、いいぜ。付き合ってやるよ」




「おい!? 小水内と笠井が決闘を始めるらしいぜ!」

 二人の決闘は寮内に知れ渡り、モニター室は二人の決闘を一目見ようと集まった生徒たちで溢れかえっていた。

 道場に笠井と小水内が立っている。

「ルールは、先に負けを認めさせるか、相手の意識を飛ばした方が勝ちでいいな」

「ああ、構わない」

 そして、二人は構える。



 先制は小水内だった。一気に詰めると、拳を放つ。笠井はそれを避けるが、小水内は手を横に薙ぐ。 笠井はしゃがんだと同時に足払いをする。小水内は宙返りをしてそれを避ける。

「何だ?そんなぬるい攻撃じゃあ、準備運動にもならんぜ」

 笠井は涼しげに言ってのける。

「ふっ、ウォーミングアップは終わりだ」

 小水内は肘打ちを食らわすが、笠井はそれを片手で受け止める。そして、笠井が力を込め、小水内を放り投げようとしたが、小水内はまるで猫のようにふわりと地面に降り立つ。



 続いて、二人はゆっくりと歩み寄り、べた踏みのインファイト戦へ移行する。互いの攻撃を紙一重で躱し、カウンターを繰り出す。そのスピードはどんどん加速していき、目にも止まらぬ速さとなる。 笠井と小水内は同時に回し蹴りを決め、その衝撃で二人は吹き飛ばされる。

 笠井は着地の姿勢をとるが、とっさに横へ飛ぶ。そこへ小水内のかかと落としが宙を切り、床を叩き割る。

 笠井は上体を起こし、飛び散る木片を小水内へ蹴り飛ばす。小水内は飛んできた木片を手で払い、一気に距離を詰める。

 大振りで振られた小水内の拳は、あまりの速さで残像を残す。しかし、笠井はそれを避け、その胴体へ拳を叩き込む。小水内は弾き飛ばされ、反対側へ着地する。

 「ちっ!」と笠井が舌打ちをする。

 笠井の攻撃は小水内の左手でガードされていた。



「ふん、結構やるじゃないか」

 小水内は服に着いた汚れを払う。

「では、ここから本気で行かせてもらう」

 そう言って、小水内は不敵に笑う。その瞬間、小水内の雰囲気が変わる。

(次は本気で来る!)

 笠井は構えを取る中、小水内が叫ぶ。

「さあ、外様野郎との実力差を見せてやる!」


”「我が敵を打ち砕け!」”


”「顕現けんげん…」”


”「『慚愧彗星剣ざんきすいせいけん』!」”


 小水内の右手には、いつの間にやらレイピアが握られていた。

 悪鬼と直接戦闘をする開現師たちは、悪鬼と渡り合うためにいくつかの技を会得する。

 その一つが『ヴァジュラ顕現』である。

『ヴァジュラ顕現』とは、小咒しょうじゅと呼ばれる呪文を唱えることで、その人物を現わす武器を顕現することができるのだ。

「では、行くぞ!!」

 小水内は笠井へ飛び込んだ。笠井は距離を取るために後ろへ飛び退く。だが、顕現された慚愧彗星剣は、その名の通り彗星のごとく光の筋を浮かべ打ち込まれる。

「ぐ!!」

 笠井は辛くも致命的なダメージは避けられたものの、右の太ももに大きな切り傷を負っていた。切り口からはどくどくと血が流れていた。

(まずったな、これでは動きに制限がかかる…)

 小水内は、その剣をくるくると回しながら、見下したように笑っている。

「おお、一発KOは避けたなあ。さあ、次は左腕だ!」

 小水内が踏み込んできたため、笠井は回避の姿勢を取る。しかし、笠井が避けるよりも速く、小水内は斬り抜けていた。笠井の左腕には大きな切り傷が付いていた。

 笠井の息が大きく乱れる。先ほどまでは二人の実力は拮抗きっこうしていたが、ヴァジュラを顕現されたことで一気に覆されてしまう。

「おいおい、随分しんどそうじゃないか」

 小水内は勝利を確信し、この戦いを愉しんでいる。



(次やられたらまずいな…)

 笠井は距離を取る。そして、乱れた息を整え、精神を集中させる。

(俺はこんなところで止まってられねえんだ…)

 笠井は目を閉じた。すると、周囲の音が消え、自身の内なる鼓動に耳を傾ける。

(俺にもヴァジュラを顕現できるはずだ)

 そして、笠井の意識に現れたのは、父の後ろ姿だった。

 父はゆっくり振り返る。父の顔は、幼いときの記憶と違い、とても穏やかだった。

「どうして、あんたがここにいる!!」

 笠井は父の残影に向かって叫ぶが、父はその微笑を崩さなかった。

 そして、何かを渡してきた。

 それは、以前祖母から渡されたあの金槌だった。笠井はそれを受け取る。

 その時、父との思い出がよみがえる。父とキャンプへ行ったこと、父に祖父の形見であるこの金槌をねだったこと。

 だが、そんな思い出などないはずにも関わらず、笠井は一筋の涙をこぼした。



(なんだ? 笠井の野郎、動かなくなったぞ)

 目の前にいる笠井が突然立ち止まり、無防備にも突っ立っている。

「覚悟を決めたか? なら、この一撃で仕留めてやる!!」

 小水内は猛烈な速さで笠井に突撃する。そして、その剣先を笠井に突き立てようとしたときであった。

 圧縮された時の流れの中で、小水内はその声を聞いた。


”「我が敵を打ち砕け」”


”「顕現…」”


”「『風塵鴉鎚ふうじんがつい』!」”


 ガンッと凄まじい音を立てて、小水内は弾かれる。

「な!? 馬鹿な!」

 小水内は歯をぎりぎりと噛み締めていた。

(あいつ、あの一瞬でヴァジュラを!?そんなのあり得ない!!)

 笠井の右手には錆びついた金槌が握られていた。

「そんな、ちんけなヴァジュラで…。僕の慚愧彗星剣を止められると思うな!!」

 小水内は再び笠井へ突撃する。が、その剣先は風塵鴉鎚によって弾かれたため、両手がめくられてしまう。

(しまった!!)

 そして、笠井はあらわになった胴体に蹴りをお見舞いする。吹き飛ばされた小水内は地面に剣先を突き立て、その反動を止める。

「き、貴様ぁぁ!僕を足蹴にしやがったな!!」

 小水内の整った顔は怒りのあまり、鬼の形相へ変わる。

(…次で決める)

 先ほど受けた傷がじんじんと痛み、笠井は立っているのもやっとだった。次の一撃で決めなければ意識を失うだろう。



 笠井は風塵鴉鎚を握りしめ、小水内との距離を詰める。小水内は再び、突きの構えを取る。

 互いの射程圏内に入った瞬間、二人の姿が消え、足場があまりの踏み込みに弾け飛ぶ。

 まばたきよりも速く、二人は同時に仕掛けていた。笠井が振り抜こうと構えたところに、小水内の突きが来ると予想していた。

 しかし、小水内はその剣先を振り上げたため、笠井の体勢がほんの少し崩れた。

 小水内はその隙を狙い、手首を返し、再び鋭い突きを繰り出した。閃光が通り抜け、その刃が笠井の心臓へ突き刺さったかと思われたが、笠井は姿勢をずらし、その切っ先は笠井の左肩を貫いた。

(しまった!!)

 小水内は笠井の攻撃を防御しようとも、唯一の武器は封じられ、片手で防御姿勢を取ろうにも間に合わない。

 笠井が振るう鉄塊が鈍く光り、小水内のこめかみへ叩き込まれようとした、その時。

「止め!!」



 いつの間にか、二人の間に教官である高橋が現れ、二人の腹に手があてがわれる。その流麗な動きに二人は一切反応することができなかった。そして、高橋の叫びとともに二人の体は宙を舞う。

 二人は同時に壁に叩きつけられ、地面に倒れ伏す。そのまま、笠井の意識は途切れてしまった。


 

 目が覚めると、教官たちに囲まれていた。

 その後、二人はこっぴどく折檻せっかんを受けたのち、謹慎と反省文の提出を言い渡されるのであった。

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