第二話③ 第三章「菩提聖堂《ぼだいせいどう》」

あの事件から半年が過ぎ、笠井は中学校を卒業した。とうとう藤本の両親には会いに行けなかった。南さんによれば、両親も自分のことを記憶していないとのことだった。


 卒業してからすぐに、笠井は夢幻開現師になるための養成機関である「菩提聖堂ぼだいせいどう」に併設される寮へと下宿することになった。

 菩提聖堂は、「菩提府ぼだいふ」によって設営されている夢幻開現師養成のための教育機関である。

 菩提府は、正式な夢幻開現師たちが所属する国家機関であり、夢幻開現師の管理運営だけでなく、新たなる夢幻開現師の養成や鬼夢の解明など、その仕事は多岐にわたる。

 菩提聖堂では、夢幻開現師としての基礎的な知識や実践的な訓練を学ぶだけでなく、生徒たちには高等学校と同じ教育が行われ、希望者によっては大学への進学のサポートを受けることもできる。

 菩提聖堂へ入るためには本来、十二歳前後で夢幻開現師としての才がないかを調べる検査を受け、それに合格した者のみが入ることが許される。

 もちろん、笠井もかつてその検査を受けたことがあったのだが、そのときは能力なしとの判定だったらしい。

 南によれば、鬼夢を見ることで後天的に才能が開花する例があるらしく、笠井がそうであった。


 菩提聖堂では、夢幻開現師を育成するための養成コースとして、二つのコースが設けられている。 

 一つ目は、南のように発生した鬼夢に介入し、囚われた夢主たちを救う役割を担う者を「開現師かいげんし」と呼ぶ。笠井もこれに属する。

 一方、南とバディを組んでいた徳井のように、現実世界から鬼夢を察知・探索し、開現師をサポートする役割を担う者を「観測師かんそくし」と呼ぶ。

 この「開現師」と「観測師」を総称して、『夢幻開現師むげんかいげんし』と呼ぶのだ。


 笠井が菩提聖堂に入ってから数カ月が経った。最初の数か月は、夢幻開現師としての基礎を学ぶ。その中で、鬼夢についての詳細を笠井は初めて知る。

 鬼夢で形成された夢は普段見る夢とは異なり、「夢竟空間むきょうくうかん」と呼ばれる特殊な空間が形成される。

 そして、この菩提聖堂では訓練生用の夢竟空間が用意されている。


 その日、笠井はその訓練用の夢竟空間で訓練に励んでいた。

「どうですか、彼?」

 別室で南が笠井の訓練の様子を見ていた。

「いやあ、別格というべきですね。私もこれまでにたくさんの教え子を見てきましたが、これほどの才能を有しているのは、徳井くんや長谷川はせがわくん以来…。いや、下手をすればあの二人以上のポテンシャルを秘めていると思われますね」

 担当教官である高橋たかはしは、その興奮を隠せないようであった。笠井は菩提聖堂へ入った初日の検査で、過去最高の記録を叩き出した。そのため、本来なら初級のクラスから訓練を始める予定であったが、一番上のクラスへ飛び級することになった。

「ただ…」

 高橋が言葉を詰まらせる。

「どうかされましたか?」

「いや、確かに彼の才能はピカイチなんでしょうが…。何というか、彼はなんだか近寄りがたいというか。常に張り詰めている感じで、周りの生徒たちも彼に近寄れないようです」

 その話を聞いた南は少し考えてから、

「分かりました。こちらでも協力できることはさせていただきます」

 そう言って、南はモニター室を出て行った。


 訓練用の夢竟空間は必要に応じてその形を変えることができ、その日は道場となっていた。

“それでは、二人とも構えて” 

 教官の声が頭に響く。

 笠井ともう一人の少年、小水内おみないゆうは構えを取る。

“では、始め!”

 合図を受け、二人は組手を行う。


 始めは、小水内が仕掛ける。小水内の鋭い突きが笠井を襲うが、笠井はそれを右手で受け流す。

 小水内は不敵に笑い、激しい突きの応酬を仕掛ける。一発一発が人体の急所を狙い、ほんのわずかな隙を逃さない。しかし、笠井は最小限の動きだけでそれをすべて捌さばききる。

 笠井は小水内の突きを受け流すと、カウンターの蹴りを放った。小水内はそれを目の端で捉え、後方宙返りで華麗に避ける。小水内が着地するすんでのところで笠井が仕掛ける。

 笠井の踏み込みはあまりの速さに残像を残し、放たれた笠井の回し蹴りが風を切る。しかし、小水内はそれをバク転で避け、二人の間に距離が生まれる。


 二人は次の手を思考する。ほんのわずかな読み違えが、致命的な一撃になるだろう。牽制けんせいし合う二人であったが、小水内が地面を蹴ってその間合いを一気に詰める。

 笠井はそれに応答するように拳を放つが、小水内は身を屈めたため、笠井の拳は宙を切る。その隙を逃さず、小水内はみぞおちに拳を振り上げた。

 ガンっと、鈍い音が道場へ響き渡る。が、笠井は小水内の一撃を受け止めていた。そして、小水内の顔面へ膝蹴りをかますが、小水内は上体を起こし、同じく膝蹴りでそれを止める。


 二人の力は拮抗きっこうし、二人は取っ組み合いの形となる。しかし、その力が反発したかのように弾け跳んだかと思うと、二人は同時に顔面めがけて蹴りを繰り出した。

”そこまで!!”

 教官の声が響く。


 二人が脚を下ろすと、笠井の視界は光に包まれる。笠井は目を開け、頭に付けられた装置を外す。 

 笠井たちが付けていた機器は「ドリームコンバーター」と呼ばれ、これを付けることで安定して夢竟空間へ接続できるようになる。

「お疲れさま。今日の訓練はここまで」

 笠井はベッドから起き上がる。他の訓練生たちはこの後の予定を相談していた。

 笠井はそそくさと用意を済ませ、訓練室を出ようとしたとき、小水内率いる一派が待っていた。

「笠井くん、これからみんなで遊びに行こうと思うんだけど、君もどうだい?」

 この菩提聖堂の敷地には訓練生たちが利用できる施設が数多くあり、訓練生であればそれらの施設を無料で利用することができる。


 しかし、この場合は違う。

 小水内から差し出された手は、要するに自分の仲間に入れという意思表示だ。

「断る。仲良しごっこに興味はない」

 笠井はそう言って出て行ってしまう。

「何ですか? あの野郎、外様組とざまぐみのくせして!」

 小水内の取り巻きが吠える。外様組とは、笠井のように後から菩提聖堂へ入ってきた者たちへの蔑称べっしょうである。

「ふん、別に構わないさ。ただ、彼には一度、お灸灸きゅうを据える必要があるらしい」

 小水内はしっかりセットされた髪を流し、冷ややかに笑うのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る