第一話⑨ 最終章「真相」
笠井が目覚めたのは、合宿からすでに数週間が経っていた。どうやら眠っている間に病院へ搬送されたらしい。
しばらくして、母が病室へ入ってきた。母は大粒の涙を流し、笠井を抱きしめた。
(母さんが泣いているのを見たのは、父さんの葬式以来だっけ…)
それから、何日にもわたって検査を受けた。多少、筋力低下が心配されたが、それ以外特に異常は見られなかった。
「
それこそが笠井たちを夢の世界に閉じ込めた原因である。鬼夢を見た者は、その夢から抜け出せなくなる、さらに、周囲の人間をその夢に取り込んでしまうことがあるらしく、今回の事件で笠井たちが巻き込まれたのもそのためだ。
検査とリハビリが続く中、笠井はどこか胸騒ぎを感じていた。ある日、検査を終えて病室で休んでいると、笠井は母に何気なく他の部員たちのことについて聞いてみた。
「そうねえ、だいたいの子たちは二、三日で退院していったわね。あんたと部長の子がなかなか目を覚まさなかったけど、部長の子もあんたが起きる少し前に退院していったよ」
「へえ。はあ、せっかくの夏休みがぱあになっちまったよ」
笠井はベッドに寝転がる。
「あんたも退院したら、受験勉強頑張らなきゃね」
「はいはい」
「でも、残念だったね。最後の大会、あれだけ練習してきたのに」
残念なことに、今回の一件で笠井は中学校最後の大会に出場することは叶わなかった。
(たしかに、あれだけ練習してきたのに…ん?)
そう思った瞬間、笠井の漠然とした胸騒ぎが少しずつ輪郭をあらわし、とても大きな不安に変わっていく。
それは、何かの記憶だった。その記憶は決して忘れてはいけない大切なもののはずだった。そう、大切な誰かを。
(俺は、そう、俺はずっと一人だったはずだ!でも、どうしてなんだ?何か大切なものを…。大切な誰かを忘れてる気が…)
その時、開け放たれた窓から一陣の風が吹く。
“笠井”
「ふ、藤本!!」
「え?」
「藤本!そうだ、藤本だよ!!母さん、藤本は!?」
笠井は母に訴えるが、なぜか母は困惑した様子であった。
「えっと、ごめんね。その、藤本って人は同じ部の子だっけ?」
「いやいや、何言ってんだよ!? 藤本だよ! 藤本!!」
「ううん。そんな子、水泳部にいたかしら?」
笠井の不安は、得体の知れない恐怖へと変わる。笠井は駆り立てられるように、病室を飛び出した。
「ちょっと、亮!?」
笠井が病室を飛び出したところで、その足が止まる。廊下には、女性が立っていた。
笠井は困惑していた。なぜかは分からないのだが、笠井はその女性を見ているとすごく既視感を感じていたのだ。
「ちょっと、どうしたの、亮!?」
母が後ろから追いかけて来る。
「あら、南さん」
「こんにちは、笠井さん。息子さんがお目覚めになられたとお聞きしたもので、様子を見に来たのですが、体の方は問題ないようですね」
どうやら、母はこの南という人物について知っているようであった。
「母さん、その人は?」
「ああ、まだ言ってなかったわね。あの人は、南みなみ沙織さおりさん。夢幻開現師の方で、この病院を紹介してくれたのも南さんなのよ」
「いえいえ、私たちは自分の職務を全うしたに過ぎません」
「ほら、亮!あんたもお礼を言いなさい!」
母が笠井の頭を下げさせる。
「それで、どうされたのですか?急いでいるようでしたが」
「いえ、この子が急に藤本って子が何だとか言って、突然病室を飛び出したんです」
笠井は母の手を振り払い、
「なんで、母さんは藤本のことが分からないんだよ!?藤本とは何度も会ったことがあるだろ?」
必死になる笠井とは正反対に、母は困惑するばかりであった。
「もういい!話にならない!!」
そう言って、笠井は歩き出す。
「どこへ行くのかしら?」
南に声をかけられる。
「別に、あなたには関係ないでしょ」
笠井が横切ろうとしたとき、南が笠井の肩を掴む。
「何ですか?」
笠井は南を睨みつける。
「やめときなさい」
「うるさい!!」
笠井がその腕を振り払おうとしたが、逆にその手を掴まれてしまう。
「ちょっと、亮!やめなさい!!」
「ああ、お母さん。大丈夫です。少し混乱しているだけでしょうから」
そう言うと南は手を引いて笠井の顔を近づけ、小声で話しかけてきた。
(あなたの知りたいことを教えてあげる。私についてきて)
すると、南は笠井の手を放した。
「お母さん、すみませんが、息子さんと少しお話をしたいのですが、よろしいですか?」
「ええ、構いませんが」
「では、徳井くん。お母さまを案内してあげて」
「分かりました。では、控室へご案内します」
南に指示されて、長身の男が母を案内していった。
(あの声、どこかで聞いたことがあるような…)
笠井が考えていると、南は職員用エレベーターへと案内する。笠井が乗ると、南はエレベーターのボタンを操作する。
すると、ボタンが回転し、タッチパネルが現れ、南がそこへ何やらパスワードを入力する。パスワードが入力されると、エレベーターはどんどん下降していき、地下一階を越えていった。
(ここって、地下一階までしかなかったはずじゃ…)
そう笠井が思っている内に、エレベーターが止まる。笠井は南に続いてエレベーターを降りる。
そこは、真っ白な廊下が続いていた。
「ついてきて」
廊下は直線に伸び、奥の扉以外は白い壁で覆われていた。奥の扉に到着し、南が扉を開ける。
そこもやはり白一色の部屋があり、部屋の中央に机と椅子が置かれていた。
「どうぞ、座って」
南に勧められ、笠井も席に着く。
「初めに自己紹介からね。私の名前は南沙織。あなたは笠井亮くんでよかったわね」
笠井はうなずく。
「あなたのお母さんがおっしゃっていたとおり、私は夢幻開現師をしているの。亮くんは、夢幻開現師について知っているかしら?」
「まあ、名前ぐらいは聞いたことがあります…」
「あなたが知りたいこと、藤本くんについてだけど-」
「藤本は!? あいつはどうなったんですか!」
笠井の言葉を聞いた南は、改めて笠井を見つめる。笠井はその眼を見た瞬間、自分が触れてはいけないものに触れてしまったような予感がした。
「…隠していてもいずれは分かるだろうから、答えてあげる。彼、藤本くんは、亡くなったわ」
「え?」
笠井の抱えていた不安が現実のものとなる。
「う、うそだ」
「残念ながら、事実よ」
「・・・」
笠井は力なく項垂れる。頭の中で、あの夢の光景が濁流のごとく流れ込み、思考と感情がぐちゃぐちゃになる。
「もう止める?」
南の問いに笠井は首を振り、顔を上げる。その顔は真っ青になっていた。
「さっき、亡くなったと言ったけど、正確には“消失”した、というのが正しいわ」
「消失…」
「ええ。それには、『
そして、南の口から今回の事件の真相が語られる。
「まず、鬼夢というのは単に夢の中に閉じ込められる病気と思われているけど、本当はもう少しややこしいの」
「今回の事件の犯人、つまり一番最初に鬼夢を見たのは、あなたも知っての通り、部長の江口という子だった。ここまでは分かる?」
笠井は頷く。
「なら、話が早いわ。鬼夢で一番厄介なのは夢に閉じ込められることよりも、その夢に“
「悪鬼…」
笠井は、江口が変貌した”ハエの王”や”ハエ人間”を思い出す。
「“鬼”が現れる夢、だから、『鬼夢』という名が付けられた。やつらは非常に獰猛で悪辣よ。鬼夢を最初に見た者の無意識にある欲や願望、恐怖をより増幅して次第に夢主を操るの」
「操られた夢主は無意識に他者を自分の夢に取り込んでいき、自身の力をさらに増幅させていく」
「・・・」
「私たち夢幻開現師は、悪鬼を討伐し鬼夢を消滅させることが目的なの」
「…じゃあ、他の連中は」
「江口くんを含め、他の子たちも私たちが救出したわ」
「なら、藤本は、どうして!?」
「ここで問題なのが、鬼夢の中で命を落としてしまうと、現実世界へ戻ることができなくなるの。そして、現実へ帰って来られなかった者は、その存在を失うことになる」
「そ、それはどういうことなんですか!?」
「あなたも最初、藤本くんのことを忘れていたでしょ。それは、忘れていたのではないわ。藤本くんの存在が消失した、つまり、彼が生きていたこと、そのものがなくなってしまったことで、その記憶がなくなっていたというわけね」
「そ、そんなむちゃくちゃなー」
「そう、本来ならあり得ない。でも、鬼夢はそれを可能にするの。すでにあった現実そのものを改変してしまう、『
「現実改変…」
衝撃的な話を前に、笠井は混乱していた。こんな荒唐無稽な話、嘘っぱちだと言うのが普通なのかもしれない。だが、笠井の頭のどこかで、これを事実として直感的に受け入れていた。
そして、南が顔の前で両手を組む。
「なぜ、こんなことをあなたに話したのか。単刀直入に言うわ」
「それは、あなたに『夢幻開現師としての素質』があるの」
「それって」
「つまり、笠井亮くん、あなたは夢幻開現師になれる可能性があるということよ」
笠井の運命が大きく動き出そうとしていた。
「夢幻開現師」第一話 終わり
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