第一話⑤ 第五章「不和」

 皆がそろったところで、江口が話し始める。


「みんなも知っての通り、小林がけがを負って今は保健室で休ませている」


 皆がざわざわと騒ぎ始めたところで、江口は手を挙げる。


「笠井、何があったか説明してくれないか?」


 皆の視線が笠井に集まる。


「説明も何も、俺が着いたときには小林はもう倒れていた。それで、手当てをしていたときにみんなが来た。俺はそこまでしか分からない」


 また、教室内がざわつく。


「小林が化け物にやられたって、本当か?」


「俺が着いたときには、小林以外何もいなかった」


「正直、何も分からないのが現状ということか」


「おまえがやったんじゃないか?」


 奥村が笠井を睨みつける。


「どういう意味だ?」


 笠井も奥村を睨み返す。


「そのまんまの意味さ。笠井、おまえが小林を襲ったんじゃないか?」


「それは、本気で言っているのか?」


「だって、おまえさ。勝手に一人で森に入ってっただろ。藤本が言っていたぞ」


 藤本がバツの悪そうな顔をして俯いている。


「それに何だ。ここが夢だとか、誰かが見ているとか、訳の分からんことをほざいていたらしいな」


「だから、なんだっていうんだ?」


 二人の間に不穏な空気が流れる。


「おまえがおかしくなって、小林をやったんじゃないだろうな?」


「てめえ!!」


 その言葉を聞いた瞬間、笠井は奥村へ迫る。


「なんだよ? かかって来いよ! 前からてめえはいけ好かねえと思ってたんだよ!!」


 二人が取っ組み合う前に、藤本をはじめ何人かが止めに入る。


「やめろ、笠井!!俺が悪かったんだ!!」


「奥村、おまえもやめろって!!」


 教室が騒然となる中、


「いい加減にしろ!!」


 江口の叫びが響くと、教室は静まり返る。


「奥村!今のはおまえが悪いぞ!!何の証拠もないのに疑うのは!!」


「す、すまん」


 奥村は後ろへ下がる。


「それと、笠井も。勝手に動くのは、今後はやめてくれ」


「・・・」


 笠井は黙り込む。


「みんなは、安全のためにしばらくはこの教室で待機すること!もし、どこかへ行く場合は許可を取ること!いいね!!」


 江口の案に誰も反対する者はおらず、教室でこれからのことについて話し合うことになった。



 話し合いの結果、島の探索を再度行うことに決定する。笠井は反対したのだが、奥村を中心とする派閥がそれを強行した。

 皆の中には、『化け物』という得体の知れないものに対する不安や恐怖が増す一方だ。

 特に、笠井に対する疑いの目は払拭することはできなかった。皆、一同に疑ってはいないと口では言うものの、うそが見え透いている。『化け物』という正体の分からないものに対する不安や恐怖よりも、「笠井が犯人だ」という分かりやすい答えにすがっているのだ。

 笠井も探索班に入ることになったが、笠井が参加が決まったとき、居残り組の中にはあからさまに安堵する者さえいた。


「では、出発するぞ! みんな、配置につけ!」


 江口の合図とともに、探索隊は一列になって出発した。先頭を笠井が歩き、その後ろに江口、奥村、藤本、他三名の部員が並ぶ。一番危険を伴う先頭を誰が行くか揉めていたが、笠井が買って出たのだ。

 探索隊は森を進み、湖を通り過ぎ、海岸沿いを歩き、山を越え、島の反対側にある滝の方まで探索した。しかし、化け物どころか虫一匹すら見つからなかった。


「ううん、やっぱそれらしいやつはいなかったか…」


 江口が考え込む中、


「そもそも、化け物ってのはおまえの聞き間違いじゃないのか?」


 奥村がイラついて声を上げる。


「俺も聞いただけで、本当にいるかは分からんと言っただろ」


「何を!」


「やめろ!!」


 奥村が笠井の胸倉を掴みかかったところで、江口が一喝する。


「こんな余計なところで時間を無駄にしてどうする。化け物はいなかったと分かっただけで前進だ」


 しかし、奥村は笠井へさらに鋭い視線を向ける。


「”誰”が犯人だろうなあ」


「・・・」


 笠井は無視していたが、その場の空気が笠井への疑いをより一層加速させた。


「おい!いい加減にしろ!!笠井が犯人だとは断定できないだろ」


と、藤本が意見する。


「ああ!?それは、おまえが笠井と仲がいいから言ってるだけだろ?一度、笠井を取り調べる必要がある」


 探索隊は笠井を擁護する藤本と、奥村を筆頭とする糾弾派に分かれてしまう。


「はあ、もういいだろ。とりあえず、いったん学校へ戻ろう」


 対立する中、江口の言葉で一度校舎へ戻ることになった。ほどなくして、校舎に到着する。


「先にみんなに知らせてくるから、念のために周りを警戒しといてくれ」


 江口はそう言って、先に校舎の中へ入っていった。残された者たちは階段に腰を下ろして休憩している中、笠井は森の方を眺めていた。

 その時、笠井は校舎裏に誰かが歩いていくのを見た。


「おい、あっちに誰か行かなかったか?」


 笠井が藤本に声をかける。


「え?いや、見てないけど」


(嫌な予感がする!)


「悪い!ちょっと見てくる!!」


 笠井は自身の中で膨れ上がる不安に突き動かされるように、校舎裏へ走って行った。


「おい! 待て!!!」


 後ろで声が聞こえたが、笠井はそれを無視して走る。校舎の裏に着くと、笠井は二人の人影を見る。

 そして、そのうちの一人が突然倒れた。


「おい!!」


 笠井が叫んだ瞬間には、もう一人の姿はなかった。


「大丈夫か!?しっかりしろ!」


 笠井は倒れた部員に声を掛ける。どうやら、一年生の女子部員らしかった。


(こいつは確か、さっきの一年生を見ていると保健室に残った子じゃなかったか)


 笠井が女子部員の顔を見て思い出していると、少女が意識を取り戻す。


「ああああ」


「おい、どうした!?」


 少女は恐怖で顔を歪め、両手で頭を抱えている。その左腕には切り傷がついていた。


「おい、それはどうした―」


 笠井が問いかけようとしたとき、藤本が追い付いた。


「笠井、どうした、ええ!?いったい何が」


 藤本が少女の姿を見て驚愕する。その後から奥村たちも到着する。


「何が……。笠井、おまえ!?」


 その時、笠井はようやく自身の置かれた状況がまずいと気付く。


「これは―」


 笠井が弁明しようとしたとき、


「とうとう、本性を現したな!」


 奥村が大声で叫ぶ。


「おい!やつを取り押さえるぞ!!」


 奥村たちははっきりとした敵意を示し、笠井を取り押さえようと迫る。


「お、おい、ちょっと待てよ!笠井から話を聞かないと!!」


「何だ、おまえもあいつの味方をするのか!?」


 それを藤本が収めようとが、もはや彼らを止めることはできなかった。


(ちっ、仕方がないか)


「行くぞ、藤本!!」


「えぇ!?」


「おい!?待て!!」


 笠井は藤本の手を引いて、その場から逃げるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る