第一話④ 第四章「異変」
「なあ、笠井。悪かったって」
先を行く笠井を藤本が追いかける。多数決の後、他の部員たちは結局好き勝手に遊んでいる。
「なあ、笠井って」
「別に、怒ってないさ」
「それは怒っているやつが言うセリフだろう」
笠井は島の探索を続けていた。
「でもさ、特に危険なところはなさそうだぞ」
藤本の言う通り、この島はあらかた探索し終わった。島からは時折、鳥や虫の鳴き声が聞こえてくるのだが、不思議なことに虫一匹見つからなかった。まるで、島全体が人工的に作られたもののようであった。
その時、笠井は立ち止まって藤本の方を振り向く。
「どうしたんだよ?」
「別に俺だって、あてもなく探してたわけじゃないさ」
笠井の言葉に藤本は困惑していた。
「この島、いや、この”世界”が何なのかを考えていた」
「この世界?」
「ああ、そもそもここが『現実』なのかをな」
藤本は笠井の言葉を理解できなかった。
「あくまでも可能性の話なんだがな……。俺はここが現実ではなく、夢かなんかだと思うのさ」
「夢?」
「ああ」
「じゃあ、この島も、目の前のおまえも、夢の中のまぼろしってのか?」
「少なくとも、俺はまぼろしじゃないがな」
「俺だってそうさ」
「可能性として考えられるのは、みんなが同じ夢を見ているってところか」
「同じ夢?それは本気で言ってんのか?」
藤本は怪訝そうな顔をする。
「さっきも言ったけど、あくまでも可能性の話だ。でも―」
「でも?」
すると、笠井は指を三本上げる。
「三つ。少なくとも、ここが現実ではないと思う理由が、三つある」
「それは?」
「一つ目は気温だ。藤本、おまえここに来てから一度でも汗をかいたか?」
藤本はそう言われて頭を触る。
「ああ、そういえば、かいてないかな?」
ここに来てから、それなりの時間はたっているはずだ。それに、ここまでかなりの距離を歩いてきた。にもかかわらず、汗ひとつかいていない。そもそも、これだけ太陽が差しているのに誰も暑そうにしていない。
「二つ目は俺たちがこの世界に来てからずっと疲れを感じていないことだ」
「ええ、そうか?」
「ここまでかなり歩いたはずだ。なのに、汗どころか息ひとつ乱れていない。こんなのおかしいだろ」
ここまで二人は、休みなく歩いてきた。それなのに、特に疲れたと感じなかった。また、腹がすいたり、のどが渇いたりもしない。他の部員たちも同様に、本来生じるはずの生理現象が一切見られないのだ。
「最後はさっきから太陽をずっと見ているんだが…。あの太陽、ずっと同じ場所にある」
笠井は空を仰ぐ。藤本も太陽を見る。太陽はちょうど二人の頭の上にあった。
「俺たちがここに来たのは、今さっきのことじゃない。それなのに、太陽は一切動いちゃいない」
困惑する藤本をよそに笠井は話を続ける。
「それと、俺の勘違いかもしれんがな。でも、ずっと感じるんだ…。誰かの視線を」
「視線?」
「ああ、それもただ見られているんじゃない。何というか、敵意というか悪意というか…。まあ、あまり気持ちのいいものじゃないのは確かだ」
「それは、今も感じるのか?」
笠井は藤本を見る。
「俺一人でいるときほどはっきりではないがな…。でも、感じる。じっとりとした嫌な感じだ」
藤本は辺りを見回す。
「あんま、怖がらせるなよな。笠井、おまえ少し気が立っているんだよ」
「とにかく、ここから早く出なきゃまずいだろ。他の連中はここの毒気にやられて、この状況を理解しちゃいない」
「いやぁ、考えすぎだろ」
藤本がそう言うと笠井は藤本を一瞬見つめるが、何も言わず歩き出す。
「おい? どこ行くんだよ」
「仮にもし、この世界が現実じゃないとしたら、どこかに出口があるかもしれない。俺はそれを探す。おまえも好きにしたらいいさ」
そんなものはないだろと言おうとしたが、それ以上言ってしまうと笠井をより怒らせてしまうと思い、藤本は皆のもとへ戻っていった。
笠井は一人、森の中へ入っていく。正直、藤本には自分の味方であってほしかったのだが、どうやら藤本もこの異常をわかっていないようだ。
笠井自身、どうしてここが夢だと感じるのかはうまく言葉に出来ない。しかし、笠井はこの世界の違和感をひしひしと感じていた。この世界の雄大な自然、大地、広大な空すらも、笠井の目にはすべて作られたまがい物に映るのだ。
そして、この世界を作り上げた人物は明らかな悪意と敵意を込めて、この世界のどこかから自分をずっと見ているのだ。
果たして、それは何者なのか。
笠井が思考の渦に飲み込まれた、その時であった。
「ああああ!!!」
叫び声が響き渡る。
笠井は弾かれたように走り出した。
(くそ! どこから声がした!?)
そう思ったとき、突如頭の中に声が響く。
"そのまま、まっすぐ! 森の外れだ!”
「だ、誰だ!? どこにいる!!」
その声はもう聞こえなかった。
笠井はまるで一陣の風のように、凄まじいスピードで森を駆け抜けていった。森を抜けた先の草むらに誰かが倒れていた。
笠井はすぐさまその人のもとへ駆け寄る。どうやら倒れていたのは一年生であった。
「おい、どうした!? しっかりしろ!!」
一年生の右肩には痛々しい切り傷のようなものがあった。一年生は目を見開いたまま動かない。
「ちょっと待ってろ!」
笠井は上着を脱ぎ、それで傷口を押さえる。押さえられた上着は、瞬く間に赤く染まっていく。その間も、一年生は声ひとつ上げなかった。
「おい、しっかりしろ!」
笠井の呼びかけも耳に届いていないのか、一年生は宙を見つめるばかりであった。
しかし、微かにその唇が動いている。一年生はうわごとのようにぶつぶつと何かをつぶやいていた。
「おい!いったい何があった!!」
「・・け・・の」
「大丈夫か!?しっかりしろ!!」
「ば、、け、もの」
「え?」
「化け物!!化け物!!化け物が、が」
一年生は頭を抱え、ひどく怯えていた。
「化け物ってなんだ!?」
すると、悲鳴を聞きつけた他の部員たちも集まってきた。
「いったいどうしたんだ!?」
江口が駆け寄ってくる。
「俺もさっき着いたばかりで、何がなんだかわからない」
「とにかく、このままじゃ危険だ! 校舎まで運ぼう!」
「そうだな」
「よし、保健室へ運ぶ! みんな、手伝ってくれ!」
皆で協力して一年生を保健室まで運び入れる。保健室で応急手当を行った後、一年生は再び目を開けたまま動かなくなってしまう。
そして、外で遊んでいた部員たちを呼び戻し、皆が教室の一室に集められた。
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