火妖のキミ

shigi

火妖のキミ

 サラマンダー、それはトカゲの姿をした火の精霊である。


「ウンディーネとシルフは女性の姿を、ノームは男性の姿をしていると言われるが、なぜかサラマンダーだけはトカゲの姿だ。

 不思議だと思わないかい?」


 魔法使いを志す者たちと、騎士を志す者たちが通う王立学園、授業が終わり寮へと歩くわたしに、炎を閉じ込めたような瞳と、燃えるような赤い髪を持った女性がそんな話をしてきた。


 見覚えは、たぶんない。

 広い上に迷路のような学園の中ですれ違っていないとは言えないが、彼女のような特徴的な姿は見たことがない。


 しかし、今重要なのはおそらく彼女のことではない。

 一瞬のうちに意識を切り替え、魔法科学生としての記憶をたどる。

 そして迷うこと無く、一年学んだ記憶の中から、基本として教わる四元素の精霊たちを思い出す。

 

 精霊に関する基本。

 サラマンダーはトカゲの姿である。

 

「ウンディーネには波や魚の姿シルフには鳥の姿、ノームには岩の姿が存在している」

 そう彼女が続けた内容と、同じことをわたしも思い浮かべた。


 波間へと消えるウンディーネが、ただ姿を変えているだけだと知ったときには、物語の幻想に流した涙を返して欲しいと思ったのを覚えている。


「それじゃあ、サラマンダーの知られている姿が魚や鳥のようなもので、人の姿もあるんじゃないかって、考えられないかな?」


 ありえない話ではない。

 わたしたちも精霊についてすべてを知るわけではないのだ。


「そして、ウンディーネが純粋なように、シルフが気まぐれなように、サラマンダーは情熱的なんだ」


 そこまでいくと、まるで物語のようだと思う。

 誰も知らないからこその空白に成立するきれいな虚構。

 そのはずだ。


「なぜ、そんなことを知っているのかって? 不思議そうだね」


 赤い、宝石のような瞳がまっすぐにわたしを見据え、彼女の整った唇が言葉を紡ぐ。


「自己紹介をしよう。わたしはフレイフィア、サラマンダーだ」


 そういって彼女は片膝をついて剣を差し出す。

 今になって気づいたが、制服は騎士科のもので、リボンの色から上級生だとわかる。

 

「そして、キミに恋をしてしまった」


 どうやら、この自称情熱的な火の精霊で騎士科の上級生はわたしに恋をしてしまったらしい。

 ……消火できないだろうか?


 わたしが現実から離れ水場を探している間にも、彼女は言葉を続ける。

 騎士が跪き剣を差し出したのだ。それが何を意味するのかはわかっている。


「よければ、契約を結んで欲しい? もし無理でも、わたしの剣と忠誠を受け入れて欲しい」


 契約も、騎士の誓いも、軽いものではない。

 それを同時に差し出すほどに燃え上がる彼女の心は、雨が降ろうとも、嵐が吹き荒れようとも、消えはしないだろう。


 きっと、サラマンダーというのはそういう存在なのだ。


 それを理解すると同時に、

「正気ですか?」

 という言葉が思わず出てしまった。

 それに彼女は

「正気だとも」と返した。


 どうやら、剣を取るしかないようだ。

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