第16話 カナリア

 ヒナが自室のベットで項垂れながら座っていた。

 ヒナ自身がもともと責任感が強かったのもあるが、隊長でありながらも部下を殺してしまったこと。『第十三分隊』に配属されたことなど色々と気落ちする原因はあった。

 まだ幼いながらに抱え込み過ぎた結果だ。

 

 こうしてヒナがふさぎ込んでいようと時間は平等に進む。何日かすれば配属先である『第十三分隊』へと行かなければならず、色々な手続きをこなさなければならない。

 すぐに通常業務へと戻る。13区の治安維持となると決められた手順もマニュアルも無いためすべてが手探り。すべてを一から覚えていくしかない。ヒナの知る限り、13区に配属される人は皆が何かしらの理由で追いやられた者達だ。きっと上手く行かないことが増えるだろう。

 それらの事を考えるとさらに気持ちも落ちる。


 ヒナがため息交じりに、夕食を食べようと立ち上がった。と同時に通信端末が鳴った。


「……カナリアさんからだ」


 ヒナのいた警備隊『第三分隊』には上司に当たる組織として討伐隊『第三小隊』がいる。カナリアは『第三小隊』の隊長だ。普段は業務とANIMAとの戦いに忙しくカナリアからヒナに電話を掛けてくることはほぼ無い。

 しかし滅多にないカナリアからの電話が今、掛かって来た。これが意味するところはヒナでも分かっている。ヒナとカナリアは互いに交流があった。そして幾つかの約束を交わし、将来は隣に立ってANIMAと共に戦うことを思い描いていた。

 

 しかしそれはもう叶えられない。少なくとも『第十三分隊』で活躍をあげ、引き抜かれるだけの実績を作らなければ討伐隊にはなれない。それには時間がかかるだろう。

 恐らく、ヒナがミスを犯したことも、それによって『第十三分隊』に配属されることもカナリアは知っているだろう。

 そしてヒナがどれだけ落ち込んでいるかも分かっているのだろう。そしてこのタイミングで電話を掛けてきたということは慰めるためか、叱るためか、ヒナ自身ではよく分かっていないが、少なくとも自分に気をかけてもらっていることにわざわざ申し訳ないと思いつつ、ヒナが通話に出る。


 すると第一声はヒナの予想とは違うものだった。


『私はヒナを慰めないし、叱らないし、気に掛けたわけじゃない』


 面を食らったヒナが顔をあげて、おどおどしながら返答をする。


『え……あ、えーと。じゃあ、な、何のために電話を……?』

『ちょっと聞きたいことがあってな。今回、出現したANIMAについてのことだ』

『は、はいなんでしょう』

『個体名を『ラース』警戒レベルが『8.2』。間違いは無いか?』

『は、はい』

『珍しい人型のANIMAだったらしいが、生物型か?それとも機械型か?それとも混合型か?』


 ANIMAには三種類の分類があり、生態的特徴を有する生物型のANIMA。機械部品によって駆動する機械型のANIMA。そして生物と機械が混ざり、どちらの性質も有している混合型の三つだ。

 ヒナは『ラース』を脳内で思い浮かべた。装甲に似た体を包み込むもの。銃弾を当てた時には火花が散っていた。しかし血が流れているようにも見えたし、生物型が基礎にあり、そこに機械型の性質が付随しているのかもしれないと、そう思った。


『たぶん……防衛隊本部は生物型か混合型だって言ってますけど、私は混合型だと思います』

『他には』

『他……ですか』


 他の特徴を探せと言われ、ヒナが頭を回す。異常なほどに頑丈で、異常なほどに早く。異常なほどの攻撃力を持っていた。そのイメージが強すぎて特に出てこない。しかし少し考えた末にヒナが思い出す。


『人間の言葉を……喋っていました』

『……続けろ』

『来ないでくれ、と。近づかないでくれ、と。そんな風なことを話していました』

『そうか。本部から聞いてた話と一致するな。ANIMAの中には生物の断末魔をマネして、仲間を呼び寄せる生態のやつもいる。もしかしたら『ラース』もその一部だったのかもしれないな』

『……』

『確か、今は『ラース』が行方不明なんだってな。本当に一部だけだが、殺し食べた生物に擬態するANIMAもいる。もしかすると人間に擬態している可能性があるな』

『そ、そんなこと』

『可能性は低い。気にしても仕方のないことだ。だが。もし『ラース』が擬態できるとして、都市の中で逃げ込むのだとしたら13区だろう。『ラース』がこちらの状況をどの程度理解しているかは分からないが、万が一ということもある。気おつけろよ』

『はい』


 ヒナが答えるとしばらくの静寂が流れる。

 すると通話先から火が燃える音やカナリアの仲間が喋る声が聞こえた。今、カナリアは戦地にいるのだ。ANIMAとの境界線にいるのだ。きっと物資も限られていて、通信も長くは出来ず回数も限られている。そうであるというのにカナリアはヒナに電話を掛けてきた。ふとそんな事実に気が付いた。

 少ない時間の中でわざわざヒナに電話したのは、都市に現れたANIMAの情報を聞くため――というのは考えにくい。そんなもの、ヒナの口から直接聞かなくとも知ろうと思えば知れる。カナリアはその立場にいる。しかしわざわざヒナに訊いてきたのだ。


 だとすると、ANIMAの情報を聞くためではないのだろう。

 まるでヒナを誘導するように『ラース』の危険性を説明し、『第十三分隊』に配属される際の注意点を述べた。

 まるでヒナのことを気に掛けているようだ。

 最初に会った時からカナリアはどこか不器用だった。


 自然と、ヒナの唇が震える。そして上を向いた顔がまた一度下を向いて、怒りか、悲しみか、不甲斐なさか、はたまたそのどれもか。しばらくの静寂の後、再び顔をあげた時のヒナは、先ほどまでウジウジと不安なことを考えていたヒナではないように見えた。


『すみません。私……討伐隊に』


 ヒナの言葉をカナリアが止める。


『いい。遠回りも時には大事だ。今までは戦うことしかしてなかっただろ。13区に行って色々と学べ。それは必ず、お前の力になる。まあ少しの休憩だと思って気楽にやれ。あそこはそのぐらいの気持ちでいい』


 そしてカナリアは声色を少し高くしてもう一度問いかけた。


「ヒナ。『ラース』についてもっと知ってることがあるんだろ。話せ』

『はい』


 その後しばらくの間、ヒナとカナリアとの話し合いは続いた。


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