第15話 正義感ゆえ

 防衛隊『第三分隊』隊長ヒナ。彼女は今、ある人に呼ばれて執務室に向かっていた。

 足取りは重い。それは異形の怪物との戦闘で負った傷が原因ではない。少なくとも、肉体的な疲労はすべて治療されている。これは精神的な疲労から来るものだ。疲労は不安や責任感、そういったものが積み重なって溢れ出すように、肉体にも表れ、それが足取りの重さへと繋がっている。


「『第三分隊』隊長ヒナです」


 ヒナが扉の前で立ち止まり、数回ノックする。するとすぐに返事は返って来た。


「入って良し」


 言葉に促されるまま、ヒナは扉を開けて中に入る。中はとても質素なつくりをしていた。使い古され何度も繰り返し洗われたことで硬くなってしまったカーペット。ホログラムが映し出されている机と、椅子に座る一人の老婆。

 老婆、とはいいつつもよわよわしさは感じられない。防衛隊の制服に身を包み、背筋は正しく。眼光は鋭い。目の前にいるだけで圧迫感を感じる。ヒナは僅かな緊張を感じながら、老婆の目の前に来る。

 

「今回。君を呼んだのは二日前の失態についてでだ」

「はい」


 二日前の失態というと、異形の怪物との戦闘のことだろう。部隊を全滅させ、挙句の果てに逃げられた。責任を問われるのは当然のことであった。


「報告書は呼んだ。第三区に現れたANIMA。個体名『ラース』、警戒レベル『8.2』。当時の君では絶対に殺しきれないANIMAだった。しかし、責任は負わなければならない。これが組織としての戒律を保つためでもある。私としてはできるだけ軽くすませたかったが、すまない」

「…………」

「『第三分隊』隊長ヒナ・エンブレン。配属先を第三分隊から第十三分隊へと変更する」

「…………」


 ヒナが唇を噛みしめる。

 防衛隊は都市の居住区ごとに部隊が配置されている。つまり居住区が13個あるということは防衛隊も13部隊に分かれている。それら13個の部隊は割り当てられる居住区ごとに格が違っている。都市の中心に存在する第一区を務める第一分隊は最も格式が高く、優秀な人材が集められる。そこから第三分隊や第二分隊など場所によって優劣が決まっていく。


 その中でも13区に配属される『第十三分隊』はその成り立ちも合わさって特に使えない者達が集められている。何せ、最初はこの都市には12個の居住区しか無かったのだ。『第十三分隊』は急造で後から作られた部隊だ。

 13区は防衛隊が取り返した土地を開発して作った場所であり、もともと防衛隊が配属されていなかった。だから防衛隊は新しく『第十三分隊』を作ったものの、色々と問題があった。

 

 13区はANIMAの襲来が多く、業務が手に付かないほどに大変。それでいて他の居住区から流れ込んできた浮浪者が犯罪者が集まっているため治安維持も大変。それでいて功績も稼ぎにくい。

 新しく『第十三分隊』が発足された時、そこに参加しようと手を挙げる隊員は少なかった。

 故に防衛隊の中でも能力が無く、また性格に難のある追いやられた者達が『第十三分隊』には在籍している。


 また、防衛隊はヒナたちのような都市の防衛に注力する防衛隊員のことを『警備隊』呼び。対して、人類の生存圏とANIMAの生存圏との境で日々戦闘を繰り広げる者達のことを『討伐隊』と呼ぶ。

 『討伐隊』も『警備隊』と同様に12の部隊に分かれている。これは『警備隊』と『討伐隊』の関係は上司と部下のようなものであることが関わっており、例えば、警備隊である『第三分隊』の上には討伐隊である『第三小隊』が存在している。


 『警備隊』として優秀な成績を上げたものが、その上に『討伐隊』に推薦される。そのためANIMAと戦い、人類の為の戦いがしたい者達は警備隊から討伐隊に上がることを目指して日々を取り組んでいる。

 ただこれには一つ問題があり、第十三分隊だけは上に討伐隊が無い。これには都市がもともと12個の居住区しか無かったことが関係している。警備隊と討伐隊の関係は13区ができる前にあったもので、13区が作られるのに伴って第十三分隊は作られたものの、上の討伐隊が組織されることは無かった。

 故に、第十三部隊でいくら活躍しようがその上の討伐隊へと昇進することは出来ない。単独で警戒レベル『7.0』以上のANIMAを倒すだとかのことをすれば、第三小隊や第五小隊のような討伐隊に引き抜かれるかもしれないが、そんなことはなかなかない。

 基本的に討伐隊に上がれるのはその部下である警備隊だけである。例えば、『第三分隊』から→『第三小隊』のように。


 故に。防衛隊の中で13区は『配属されたら一生昇進できない部署』として無能が集められている。

 そこに配置されるということは事実上、左遷を意味する。


「所長――」

「何も言うな」


 ヒナが目の前の女性―――所長に何かを言おうとする。しかしそれは止められた。


「私もこの決断には不満が残る。しかし私の権限でできることもこれで精一杯だ」


 目の前の女性は所長であり、防衛隊の中でも『警備隊』を取りまとめる役割があり、当然、大きな権力が与えられている。しかしそれにも限度がある。防衛隊は都市が運営しているということもあり、都市の意思決定機関である『元老院』に逆らうことは難しい。


 加えて、『警備隊』を取りまとめる者がいるように『討伐隊』を取りまとめる者も存在する。そして『防衛隊』を取りまとめる者も存在してる。所長と同列の権限を有する者やそれ以上の権力を有すもの。

 所長で出来ることは限られていた。

 逆に隊長から降格させず『第十三分隊』への配属という、まだ復帰の可能性を残したのは所長からの慈悲だろう。


 ヒナがもう何も言う事は出来ない。

 

「分かりました……」


 ただそう答えて、言われたことに対して納得するしか道は残されていないのだろう。


「ああ。もう行け」

「はい」


 ヒナは心の中にわだかまりを抱えたまま、部屋を出ることしかできなかった。

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