第11話 進化による適応

「進化、したのか」


 視界に映る人型のANIMAを見る限りその結論しか出てこない。壊れかけていた装甲はすべて元通りになっているし、何よりも殺すためだけに特化した尻尾が生えている。

 この状況に適応し、進化したのだろう。手負いの獣ほど危険とは良く言ったものだ。今この瞬間から防衛隊側に勝ち目が無くなった。

 

 人型のANIMAはビルの壁に張り付き、咆哮を響かせる。


「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 人外の鳴き声。


「……くっ」


 風圧だけで恐怖心が芽生えてくる。鳥肌が立っていく。ビリビリと空間が軋む。

 直後、人型のANIMAに向けて熱の放射を終えた機関銃が動き出す。毎秒、数千発という弾丸を撃ち出―――。


「AWAAWWAAAAAAAAAAAAAAA!」


 機関銃が向けられた瞬間。まるで動いた物に反応を示すかのように頭を動かした。そして機関銃から弾丸が撃ち出される直前にビルを蹴って飛行ユニットに向かって飛ぶ。

 

「――あ」


 これまで様々なANIMAを見て来たヒナが唖然とした。目の前で起きた一瞬の出来事に思考が停止した。

 人型のANIMAが飛行ユニットへと飛びついたその瞬間、三機あった飛行ユニットは真っ二つに切断された。視認することすら間に合わないほどに早く、目の前で木っ端みじんに破壊され―――爆発した。


(伸びた……)


 飛行ユニット三機をまとめて破壊するためには尻尾の長さが足りないはずだ。どれだけ強力であったとしても届かなければ意味が無い。しかし飛行ユニットは全く同時に破壊された。

 ヒナは捉えていた。尻尾が伸縮自在に伸び縮みし、三機の飛行ユニットを破壊したところを。


 人型のANIMAは飛行ユニットの残骸が地上へと落下するよりも早く、ビルの屋上に降り立った。尻尾を見ると地面にべったりと蜷局とぐろを巻いているほどに長くなっていた。少しすると尻尾が格納されていくように短くなって元の長さになる。

 

 そしてピクリとも動かず、その場に立ち続ける。また前のように硬直してしまったのではないかとそう思ってしまう光景だ。しかしヒナたちが覚える感想は違う。


 人型のANIMAは周りを観察しているのだ。

 すなわち。一歩でも動いたら死ぬ。何故だか分からないが、本能でその危険を察知していた。現に、ヒナを含め部隊の全員がピクリとも動かない。極限の緊張で皆が過呼吸になりかけている。それほどまでに異様な緊迫感が辺りを包んでいた。


 しかし沈黙は長く続かない。

 あまりの緊張でパニックになった部下の一人が逃げ出した。強化服の出力を最大にして一瞬にしてその場から離れる。そしてパニックは連鎖する。続けて何人かの部下が飛び出す。


「お前ら――!」


 ヒナが「めろ」と振り返る。しかし振り返り、仲間の姿を視界に収めた時にはすでに、逃げ出した仲間が死んでいた。一人は縦に切断され、もう一人は真っ二つに上半身と下半身が分かれ、最後の一人は頭部が無くなっていた。

 そして地面に転がった死体の傍には一体のANIMAが立っている。千切り取った仲間の頭部を持って、ただそこに立っていた。


 仲間が殺された。目の前に人型のANIMAがいる。その事実にそれまで耐えていた最後の一人が奇声をあげて逃げ出す。だがその瞬間に尻尾を叩きつけられた仲間が衝撃で爆破した。

 

「――まず」


 長く伸びた尻尾はヒナをも襲う。咄嗟に対ア複合銃を犠牲に体を守る――が、対ア複合銃は一瞬にして破片となって飛び散る。そして貫通した尻尾にヒナはぎ払われた。


 体が折れ曲がりながら吹き飛ばされたヒナの体はビルにめり込む。硝子を壊し、オフィス内を転がる。


「――っく――はぁ……ああ…。っは、っは」


 息が出来ない。内臓が破裂したかもしれない。

 ただそれでも立ち上がらなければという信念の元、ヒナが両手を床について、膝を立て、どうにか体を起こす。すると目前にANIMAが立っていた。


「―――――」


 息が止まる。緊張でガタガタと震える。動悸が収まらない。心臓が音を鳴らして強く鼓動している。

 

(使うしか――ない)


 ヒナはさえ使えば、防衛隊の中でも秀でた実力者になることが出来る。だがその力を使うことは禁止されているし、体に負荷もかかる。ただ命には代えられない。使わないで死ぬのならば使って死んだ方がいい。

 ヒナが能力を行使しようと決断した。

 

 と同時に人型のANIMAが何かを呟くと共に、それまであった圧迫感や緊張感と言ったものが消え失せた。


「AA……A…………あ」


 人型のANIMAがヒナを見下ろす。一言も発さず、ただ立ちすくむ。そして僅かに消沈した態度を滲ませながら、ヒナに背を向けて歩き出す。


「止まれ! 絶対に逃がさ―――」


 人型のANIMAを逃がすわけにはいかない。ヒナが立ち上がり追いかけ――ようとしたところで静かに金属音が響き割った。それはヒナの首元から鳴っており、ゆっくりとみて見ると喉に尻尾の先端が付きつけられていた。


 当たり一帯を再度、緊張感が包み込む。その中で少年が呟いた。


「ないでくれ……」

「…………な」


 ヒナが目を見開く。


「来ないでくれ」

「……い、いま」

「それ以上は、我慢が――ああ」

「―――人間の言葉を」


 ANIMAが喋ることが出来ない人間の言葉を喋った。その事実に驚愕し、ヒナの体が僅かに硬直した瞬間を見計らって、少年は床を蹴って逃げ出した。ヒナはそれを追いかけようと体を動かすが、緊張感が無くなったことで一気に体の力が抜けてその場に座り込んでしまう。


「今……確かに人間の言葉を……なんだ、あれは」


 人型のANIMAであるというだけで珍しい。加えて人の言葉も喋るのだ。明らかに異常な個体。だがその異常について考えを巡らせることは出来なかった。精神的疲労と肉体的疲労によってヒナの体は限界を迎えていた。

 座っていた体は横に倒れ、やがてヒナの意識は沈んでいく。ヒナが起きたのは救援部隊に回収され、治療を受けた二日後のことだった。

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