第10話 手負いの獣

 少年のいた横断歩道が突如として爆発した。地響きが轟いて、付近のビルが大きく揺れた。そして煙立ち上る爆心地をビルの屋上で立つ数人の人々が見下ろしていた。すでに一般人は妨害シェルターへと非難している。つまり今いるのは一般人ではない。

 強化服で身を包み、対ア複合銃で武装した防衛隊だ。


 先頭に立つのは一人の少女。黒と白が交互に入ったショートカットの髪型をしている。まだ幼さの残る体型や顔をしているが、彼女がこの部隊の隊長であることを踏まえると、実績と見た目とが釣り合っていない。


 少女は目を細め、未だ、爆炎が上がり続ける横断歩道に目を向ける。今回の討伐対象は突如として出現した人型のANIMA。過去に例が無いタイプのANIMAであり、凶暴性や成長性、能力などすべてが不明だ。ただANIMAとしては異質な見た目と行動。


 突如として現れ、人々を惨殺することなくただ突っ立っていた。まるで人間を観察するようにじっと、周りを見渡しながらただそこにいた。一見、残虐性や凶暴性は薄いように見える。だがANIMAというのは理性の無い化け物だ。 

 突如として咆哮を上げ、破壊の限りを尽くすかもしれない。

 幸い、今回は少女たちが別件で近くにいたためすぐに駆け付けることが出来た。いつもならばすぐに部隊員全員で攻撃を仕掛け、何もさせずに仕留めきるが今回はまだ様子見だ。


 何せ前例のないANIMAだ。見た目の異質さと相まって下手な手は打てない。まずは様子見の攻撃を仕掛け、それによる負傷具合や反応を見て対処を決定する。加えて、今は援軍も来ている。仲間が増えるのが分かっておきながら無駄に突っ込むのも馬鹿のすること。

 まずは攻撃の手ごたえを確認したいところだ。


「…………ッチ」


 煙が収まって来て人型のANIMAの存在を確認できた。依然として突っ立たまま目の前を眺めている。周りは爆発によってえぐれているというのに、ANIMAだけが何ともないように立っている。

 傷一つついていない。ANIMAの体に付着していた肉片や内臓が飛び散っただけだ。


 なんともないように、涼しい顔をしているANIMAを見て少女は舌打ちを鳴らし、本部に連絡を取る。耳元に手を当て、イヤホンを起動する。


『――対象を確認。LLL徹甲炸裂弾を撃ち込みましたが傷一つついてません』

『了解。47秒後、追加部隊が到着。災害レベルを6.3に引き上げる。ヒナ隊は監視を続けろ。動きがあるようだったら全武装を用いて足止めに専念しろ』


 災害レベル。ANIMAが持つ残虐性、凶暴性。加えて能力や防御機構、単純な基礎スペックなどから総合的にANIMAの強さを視覚化したものだ。人々の生活圏に良く入って来る飛行する生物型ANIMAの災害レベルが『2』から『3』。隊員全員に支給され扱うことが出来る汎用型強化服と対ア複合銃があれば討伐できる強さだ。


 今、少女―――ヒナの目の前にいる人型のANIMAは災害レベル『6.3』。部隊の隊長レベルが専用の武装を用いて討伐できる強さだ。つまり、その基準で考えると体調であるヒナは目の前の人型ANIMAを討伐することが出来ることになる。

 

 しかし本部から下された命令は『監視』と『足止め』。これはヒナが若く、信用されていないからではない。単純な能力不足と装備の不備だ。


 ヒナは別の場所で発生した飛行する生物型ANIMAの討伐を行っていた。ヒナの専用武装は修理と調整のためメカニックに預けており、飛行する生物型ANIMAの討伐には通常の汎用型強化服と対ア複合銃を用いた。

 討伐はすぐに終わり帰ろうとしたところで警報が鳴った。距離的にヒナが向かうことになり、専用の武装を持たずして今ここに立っている。


 そのため今の装備では災害レベル『6.3』の人型ANIMAには太刀打ちすることが出来ない。

 が、ヒナが持つを使えば確実に殺しきることが出来るだろう。ただその力を今、使うことは出来ない。許可されていないためだ。しかしそれでもヒナは隊長として、たとえ装備が足りていなくともありとあらゆるANIMAを殲滅できるだけの力を有していない現状に鬱憤を溜める。


 例えば、防衛隊『第三大隊』の隊長であるカナリアであったのならば目の前のANIMAをたとえ生身であったとしてもほふることが出来ただろう。ヒナにはそれが出来ない。


 ヒナは足止めしか出来ない自分の弱さを噛みしめながら答える。


『了解』


 耳から手を離し、両手で対ア複合銃を持つ。そして立ったまま全く動かない人型のANIMAへと視線を向けた。


 悍ましい造形をしている。全身を黒い甲冑で覆い、肉片がところどこに付着している。頭部は竜のような狼のような、少なくとも人型でありながら人間の頭部はしていなかった。

 おぞましさや強い凶暴性を感じさせる見た目だ。しかしその印象とは異なって人型のANIMAは動きの一つすら見せない。ただ虚空を見つめ、あらゆる現象に反応を示さない。

 

 だが逆にそれが恐ろしさを感じさせる。嵐の前の静けさ、今にでも爆発しそうな不発弾が目前に存在しているかのような緊張感だ。

 ただそれを気にしない者もいる。ヒナの背後で部下であるジュードが軽口を叩く。


「ヒナさん。俺たちで討伐しましょう。そんなに慎重じゃ、実績が積めませんよ」

「ジュード。お前はいつも…………はぁ。いやいい。今は黙れ」

「まったく……ヒナさんはこういう時だけ慎重っすよね。そんなんじゃ僕が追い越しちゃいますよ。……あ、別に今にでも隊長を変わって貰っても構わないですよ」

「……お前」


 ヒナの声が僅かに揺れる。そしてそれと同時にジュードは仲間に抑えられた。

 一方でその間も人型のANIMAは動きを見せなかった。


 そして本部から通話が入る。


『10秒後。追加部隊が入る。到着と同時に戦闘を開始。ヒナ隊は足止め、本隊で人型のANIMAを打つ』

『了解』


 通信が終わるのと同時に雨の音に混じって重低音が空に響き渡った。反重力機構を用いて浮かび上がる飛行ユニットが近づいて来ているのだ。当然、時間が経つごとに重低音が強くなる。

 戦闘が始まる。ヒナは部下に汎用型強化服の出力を全開にするように命令する。


「頭部武装を展開しろ! 限界まで出力を引き上げろ!」


 少女の被っていたヘルメットのような頭部装甲が起動されると共に変化し、装甲が展開され少女の顔を包み込んでいく。完全に顔が覆いつくされるまで二秒とかからない。

 すぐにヒナの部隊は戦闘の準備を整える。

 だがそれに同調するかのように人型のANIMAが僅かに肩を揺らした。

 ゆっくりと頭を動かす。飛行ユニットが近づき、聞こえてくる重低音が大きくなるほど緊張がつり上がる。そして何の前触れも無く、人型のANIMAは突然にヒナの方を見た。


(――来る!)


 ヒナだけでなく隊員が対ア複合銃を構える。そしてANIMAを迎え撃つ体勢になる――が。


「…………あれ」


 人型のANIMAはヒナに興味が無いのかすぐにそっぽを向き、地面がひび割れるほどの脚力で蹴って、すぐ近くにあったビルに張り付く。そして超人的な動きでビルや家屋の屋根に掴まり、足場にしながら走り去る。


「逃げた……」


 緊張からの緩和。ヒナは僅かに対応が遅れる。だがすぐに我を取り戻すと部隊に命令を下しながら、ヒナも地面を蹴ってANIMAを追う。


「足止めをしろ――」


 部隊員がヒナに続く。建物を蹴って高速で移動するヒナを追う。一方で、戦闘で人型のANIMAを追うヒナは僅かに焦っていた。


(速い)


 ヒナは今、部下の速度に合わせて移動していた。

 強化服の出力を上げすぎると本人にその気が無くとも一歩踏み出しただけで大きく移動してしまい壁にめり込んでしまうことがある。これは単純に強化服に慣れていないために起きる悲劇だ。つい力を入れすぎてドアノブを破壊してしまったり、人の手を潰してしまったり。だが訓練を積んでいる防衛隊はそういった事態を引き起こさない。


 しかし高速で移動するとなったら話はまた別だ。

 強化服を着て走った時、世界は加速する。生身で走るのとはわけが違うのだ。全力で走れば体は高速で移動する。いくらでも加速できる。しかし人間は限界まで速度を上げることは出来ない。


 それは人間の脳の情報処理が間に合わないためだ。高速で移動すると周りの光景は一瞬で移り変わっていく。遠くにあった建物が一瞬で目前にまで迫り、目で見た情報を脳に伝えるよりも早く、周りの光景は移り変わっていく。


 知覚限界。人間が視認した情報を処理することが出来る限界。それは訓練によって一定の基準まで伸ばすことが出来るが、それからは素質によるものが大きい。ヒナは強化服の出力を限界にした今であっても全力で走れる。通常の人よりも脳の情報処理にけているためだ。

 しかし部下はそうではない。限界があり、それ以上に速度を出すことが出来ない。

 

(引き離される――)


 このまま部下の速度に合わしていたら引き離されていく一方だ。

 自分だけでも行って足止めをした方がいいのか、だがそれは規律違反。そんな考えが頭をよぎる。しかしそんなヒナに助け船を出すように空を巨大な物体が通り過ぎた。


 四角い形をしている。車両がそのまま浮いているかのような姿だ。

 一機の飛行ユニットがヒナの上を通り過ぎて人型のANIMAへと近づく。そして真上に来ると攻撃を開始した。重力の力場をANIMAの上空に発生させる。そして起動と共に人型のANIMAを強い重力が襲う。周りの建物が潰れや地面が陥没する。ただそれでも人型のANIMAの速度を少し緩めることしかできなかった。


 しかし、それでも十分。


「撃て――!」


 二秒か三秒ほどの間で人型のANIMAへと近づいたヒナたちが対ア複合銃の引き金を引く。直後にLLL徹甲炸裂弾がぶち込まれる。爆発を引き起こし、衝撃で周りの建物にひびが入る。爆炎が吹きあがり、世界が赤く染まる。

 

 それでも攻撃は止まらない。飛行ユニットに乗る隊員たちが強力な武装を用いて辺り一帯を焦土へと変える。飛行ユニットの下部に取り付けられた機関銃とロケット砲が数千という弾丸を撃ち出し、数十発の弾頭をぶち込む。

 何万発という弾丸、弾頭によって辺り一帯の地形が変わる。しかしそれでも攻撃の手は止まない。追加でやってきた二機の飛行ユニットが追加の武装を用い、人型のANIMAに集中攻撃を仕掛ける。


 やっと攻撃が止まった頃に辺りは壊滅的な状況になっていた。付近一帯のビルは破壊され、少し離れた場所にある家屋やビルも衝撃で傾いていたり、軋んでいたり、普通のANIMAならば都市の復旧が困難になるほど攻撃を行うことは無い。しかし今回のANIMAは違う。警戒レベル『6.3』は人類が放棄した都市――廃都を住処にするANIMAにつくような数値だ。

 これだけしなければ殺しきることは不可能だった。


「はぁ……はぁ」


 ヒナが息を整えながら部下の方を振り向こうとした時、視界の隅に黒い物体が映った。焦土とかした場所の中心に立つ物体。当然にそれは人型のANIMAだった。あれだけの攻撃を受けてなお生きている。その事実に驚愕しながらヒナが対ア複合銃を向ける。

 しかし照準器越しに見える人型のANIMAは最初とは様子が異なっていた。

 体を覆っていた装甲は所々が砕けて、黒い布のようなものが見える。明らかに負傷している。殺すのならば今しかない。ヒナはそう思い対ア複合銃を構えようとした。しかしそれと同時に人型のANIMAが地面を蹴って逃げる。


 直後、飛び上がったANIMAの上に重力の力場が三つ出現する。そして強力な重力でANIMAを潰す。そこに機関銃や弾頭を撃ち込みたいところだが、生憎そういうわけにはいかない。

 飛行ユニットに積み込まれていた弾頭はすべて撃ちきってしまい、機関銃は今、熱を冷ましている途中だ。重力によって動きを制限している中、攻撃を加えられるのはヒナたちしかいない。


「撃て――!」」


 ヒナの合図を境に一斉に弾丸が放たれる。しかし同時にエネルギーが切れたことにより重力による圧迫が無くなった。直後、人型のANIMAが弾幕の中から飛び出して逃げ出す。

 今までは対ア複合銃で傷一つつかなかったANIMAの装甲だが、弾幕から飛び出した時、明らかに破壊されていた。ひびが入り、砕け散っている。ヒナを含めその場にいたすべての者が今なら殺しきれると思った。


「こいつは俺の功績だ!」


 一定の距離間を保ちながら人型のANIMAを撃ち続けていたが、ジュードがそう叫ぶと共に部隊から抜け出した。

 自分よりも前方に飛び出したジュードにヒナが手を伸ばす。当然、それは功績を奪わせない、といった感情によるものではない。ANIMAは追い詰められた時が危険だという教訓によるものだ。


「馬鹿――! それ以上近づく―――――」


 直後、人型のANIMAに近づいたジュードの体が真っ二つに分かれた。一瞬で、目にも捕えきれないほどの速さでジュードの上半身と下半身は別たれた。そして爆発し、肉体が飛び散る。


「あいつ――」


 ヒナが苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、人型のANIMAに対ア複合銃を向ける。しかし照準器に映っていた光景を前に引き金を引く手が止まった。


(尻尾……?)


 人型のANIMAには尻尾が生えていた。鱗のように何枚もの装甲が重なり合っていて、先端が尖り、突起状の棘が装甲の表面に生えている。先ほどまでは絶対に無かったものだ。

 そしてジュードの体を真っ二つにしたのもこの尻尾だろう。

 手負いの獣ほど危険。ANIMAの場合、それはとても色濃く、最も注意しなければいけない。なぜならあらゆることに適応しようとするから。窮地を脱しようと生物として段階を一つ上げるから。


 初めて見たと、ヒナが驚愕の表情をする。そして僅かに震える唇で呟いた。


「進化、したのか」

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