第6話 異形の化け物

 泥の中で眠っていた少年の意識が微かに浮上する。


「…………」


 重い瞼を動かして目の前の光景を視界の中に入れる。白い天井に明るすぎるぐらいに光る電球が一つぶら下がっている。頭を動かして周りを見てみると、気絶する前のことを思い出す。


 穴のような何かに吸い込まれていつの間にかここにいた。そして生物型ANIMAと戦い、左腕を犠牲に何とか勝利。その後はこの施設に逃げ込み……この部屋に来た。この部屋に来てから……。

 と、そこまで思い出した少年が急に体を起こした。

 衣装ラックが倒れてきてそれをどかした後、掛かっていたコートが液体のように溶けだして体に纏わりついた。あの後に気絶してしまったため分からないが、今自分の体はどうなっているのか。

 起き上がった少年は悪寒を感じながら自身の体を見た。


「あ……え」


 異常にはすぐに気が付いた。甲冑のような黒い装甲が体を包み込んでいる。まるで鱗のように何枚も装甲が張り巡らされ、それは頭からつま先まですべてだ。装甲と装甲の間を怪物のようになった指先で広げてみれば、透明な厚い皮膚の下で胎動する赤い血管が見えた。


「な……なん、これ。は、は」


 今にでも取り乱しそうな心をどうにか抑え、少年が立ち上がる。そして衣装ラックのすぐ近くに置いてあった鏡で全身の姿を確認するために近づく。そして等身大の鏡に映し出されたのは装甲のような鱗が全身を包み込み、頭部は竜や狼を模したかぶとを被っていた。

 

「う、うあ……これ、やこれじゃ」


 まるで人型の生物系ANIMAのようだと自分の体を見て思った。一般人が見たら卒倒してしまいそうなほどに悍ましく、恐怖を覚える見た目。


「ううわうあああああああ!」


 少年が自らの体にこびり付いた鱗を剥がそうと化け物のようになった手のひらで掴む。そして全力で剥がす。


「っああああああ。いああああ!」


 鱗が少し剥がれると血が流れだし、激痛が走る。それでも少年は鱗を剥がす。力を入れ続け、筋肉が断裂するような破裂音を響かせながら剥がす。


「っ――はぁ、はあ、はあああ」


 剥ぎ取った鱗を投げ捨てて、自身の体をもう一度鏡で見る。しかし何一つとして変わらない。依然として、少年は異形の化け物だった。


「はぁ、はああああああ!! うわああああ!」


 頭を覆うかぶとを両手で取ろうと引っ張る。しかしびくともしない。何も変わらない。鏡に映る人型の生物は人間には見えない。化け物となってしまった。


「ふ、はは。くそ、ああ。は。く」


 異常となってしまった自分を殺そうと首に指先を置いた。しかし甲冑で防がれて死ぬことすらできない。息を止めようにも途中で、体が勝手に呼吸を開始してしまう。そこに自分の意思なんてもなく、まるで生きるために体の動きを強制されているような感覚があった。


「――なんでだよ。なんだよこれ。ふざ……っ――クソ」


 少年が鏡の前でふさぎ込む。そして全力で叫んだ。兜で頭部が覆われているのに声は全くと言っていいほど籠らない。少年の声は部屋に響き渡る。そして叫び疲れ、少年が顔をあげて鏡を見た。


 するとそこに映っていたのは醜くうずくまる化け物だった。あまりにも滑稽に見えるそれが、まさか自分だなんて少年は思いたくなく、嫌なものを消し去るように鏡に手を振った。


 横一線に、勢いよくただ振っただけ。触れてなんていない。しかし少年が手で払った瞬間に鏡が割れた。ひびが入り、直後に少年を映し出していた鏡は破壊された。


「な……お、は……」


 蹲ったまま自身の手のひらを見る。振っただけで鏡を壊した。そして鏡に映っていた姿。

 異形の化け物―――ANIMAになってしまったのだと少年は再認識した。


「ぅうええぇ。あ、あ。うっ――ぶ、あ」


 吐いた。

 厳密には吐いていない。嗚咽しただけだ。吐きたくても体が吐かせてくれない。


「なんでだよお。俺がなにを――ううぶうえぇ」


 ただ今は、うずくまり嗚咽することしか少年には出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る