第4話 がむしゃら

 少年が崖の端にまで達すると、地面を蹴り飛ばし踏み越えた。下は幸い、断崖絶壁というわけではない。岩石がむき出しの斜面が続いているだけだ。ただこの斜面はかなり急で、突起が多い。到底無事に下り切ることは不可能。


 少年の足が斜面に着地した瞬間、足首が折れ曲がり、体が横転する。そして斜面を転がって、勢いが増していく。岩に体を強く打ち付け体が跳ねる。後ろからはレイジのことを追って生物型ANIMAが斜面を下って来ていた。生物系ANIMAはまるで自分のことを心配していないかのように、速度を上げ続ける。


 一方で少年も血反吐を吐きながら、体から血液をまき散らしながらも意識を保って起き上がれる瞬間を待っていた。岩に強く体を打ち付ける。体が跳ねると同時に減速し、奇跡的に体勢が取れた。


 体を正常な位置に戻したレイが下に広がる崖と都市を見る。このまま下ると地面に激突して肉塊に成り果てるだろう。生存の道は一つしかない。


 体が重い。だが全身に巡る血液を感じれるほどに感覚が研ぎ澄まされている。

 ほぼ絶壁に近い斜面を少年が下る。靴が外れ、皮膚がむき出しになった素足を岸壁に擦りつけて速度を落としながら、手を斜面につけて体勢を整える。しかしそれでは後ろから近づいて来る生物系ANIMAに追いつかれる。


 少年は体を起こし、速度を緩め無事に着地することを望むのではなく、逆に斜面を蹴って走り出した。このままいけば地面に直撃し肉塊となる。無謀だ。だが少年は走る速度を上げ続ける。そして同時に背後から迫りくる生物系ANIMAも速度を上げた。


 図体が大きい分、生物系ANIMAはすぐに少年と肉薄する。そして口を開け、少年を噛み殺そうとしたところで少年が振り向いた。この斜面で体勢を崩すような馬鹿な行い。だが少年にとってはこれで最善だ。


 生物系ANIMAが少年に噛みつく。大きく開かれた咥内からは異臭がした。そして歯と歯の間には何かの肉が挟まっていた。この肉の破片と少年が同じ道を辿るかは分からない。ただ少なくとも、そうならないように最善の努力はする。

 少年は噛みつきに対して、地面に背中を向けて落下しながらも体をねじり、体勢を崩してどうにか避け――ようとしたが無理があった。少年の左腕はANIMAによって喰われる。


 血しぶきが飛び散る。骨が折れる音が響く。しかし少年の顔に苦悶の表情は無い。

 それどころか逆に、左腕を支点として体を生物系ANIMAに近づけると、右腕を生物系ANIMAの眼球にぶち込んだ。そしてぶち込んだ右腕をANIMAの眼球内でこねくりまわす。


 生物系ANIMAは暴れ、首を振るが少年を振りほどくことが出来ない。食われた左腕はすでに原型を留めないほどにすり潰されている。だがすでに神経は千切れ、痛みは感じない。今はだた突っ込んだ右腕でANIMAの脳幹を引っこ抜くことだけし少年の頭にない。


 そして地面へと落下する直前、少年の左腕が千切れた。皮膚が伸び、筋繊維が千切れる断裂音が響きわたる。それにより少年の体は生物系ANIMAから引き離されそうになる。しかし少年は眼球にめり込ませた右腕で、どこかの骨を掴み体を固定した。


 次の瞬間。破裂音が響きわたる。地面へと落ちたのだ。少年は生物系ANIMAを下敷きにして落下した。そしてそれがクッションとなり、強い衝撃こそあったものの辛うじて生きている。一方で生物系ANIMAは衝撃で腹が破裂し、内臓が飛び出して死んでいた。


 完全に死んでいる。ただレイも生物系ANIMAと戦った犠牲として左腕と全身の打撲。切り傷などの負傷を負った。もう動くことが出来ないほどの犠牲を払った。犠牲を払って得られたものが生物系ANIMAの死だ。それだけだ。人類の生存圏に戻れたわけでも、現状を打破する機会を得たわけでもない。


 これだけの犠牲を払って成果は無し。

 なぜ戦ったのか、生きながらえてしまったのか分からない。

 これについて今というのは不毛な気がした。どうせ答えが出ない。そんな確信が少年の心の中にはあった。


「はぁ……はぁ……」


 少年は体を引きずりながらまた歩み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る