聴こえ続けるのは二人の愛のメロディー
桔梗 浬
愛のメロディー
「あなたのせいじゃないから」
彼女はそう呟いた。
でも彼女の目は明らかに私を責めていた。いつも、いつも……。
彼女は将来を有望されたピアニストだった。学費を稼ぐために生演奏の演者としてバーにやってきた彼女に、私は一目惚れをした。彼女はいつも決まって最後に『エリーゼのために』を奏でていた。美しく優しく、包み込むような音色に多くのファンがこの場所に集まっていた。
私は金の力で彼女の心を買った。私だけに美しいメロディを奏でてもらいたい、そう思ったから。
「美奈さん、私に君の夢を叶えるための援助をさせてください」
最初は週末、部屋に置かれたグランドピアノで私だけのための演奏を行ってもらった。私にとって至福の時間だった。だが……欲というのは恐ろしいもので、要望はどんどんエスカレートしていく。
いつしか彼女を私の屋敷に住まわせ、一緒に時を過ごしていった。
彼女のいない時間も、目を閉じれば聴こえるはずのないメロディーが浮かび、私はそれだけで幸せだった。今思えば何て自己中心的なエゴイストだったのだろう。
それでもあの時の私は、彼女の奏でる音楽に魅了されていた。
とうとう私は究極な選択を彼女に突きつけた。あぁ〜何て酷い選択肢を突きつけたのだろう。彼女は目に涙を浮かべ「貴方の側にいます」と消え入りそうな声で己の人生を選択した。選択したというのは嘘だ。私がそう仕向けたのだから。
それから彼女はピタリとピアノに向き合うことをやめてしまった。それでも目を閉じれは彼女の奏でるメロディーが聴こえる。彼女が側にいてくれるだけで私は幸せだった。
そう、彼女が死んだ今でも。
聴こえるはずのないメロディーが私を縛り付ける。私の彼女への愛が彼女の夢を喰い散らかしたのだから、これは私への罰だ。
本当は、私には聴こえない。あの日を境に私は音のない、ゴーッという血の流れる音しか聴こえない、そんな世界の住人となったのだ。その私が彼女の音楽を、聴こえないメロディーを求め続けた結果がこれだ。
「この音楽と共に、貴方に私の人生のあらゆる素晴らしくて美しい全てを捧げます」
これは彼女の最期のメッセージ。私への呪いのメッセージだ。
聴こえる。
彼女が呼んでいる。行かなければ。
「何これ?」
「どうしたの?」
「さっき音楽室に置いてあるのを見つけて、誰かの日記? 小説?」
拾ったノートを片手に少女は歩き出す。
「ちょっと! さつき!」
「え? 何?? 音楽が聴こえるんだけど」
友人の麻里香には聴こえないメロディー。それは、さつきだけが聴こえるメロディー。
さつきがノートから顔を上げ振り向く。
『いけないな。私たちの愛を覗き見したら』
トン。
「えっ?」
パーーーーーーーーーン。
「キャァーーーーっ」
麻里香の声が夕暮れの街並みに響き渡る。
どこからともなく『エリーゼのために』のメロディーが聴こえてきた。さつきの指だけがそのメロディーに合わせ、まるでピアノを奏でるかのようにピクピクと動いていた。
END
聴こえ続けるのは二人の愛のメロディー 桔梗 浬 @hareruya0126
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