第17話 魔王が望んだ――― ★最終話★

 勇者ユリシアを抱きしめ、黙ったままだった魔王エンデが、ゆっくりと口を開く。


「……勇者よ、もしキミが最初の方針通りに、俺を……魔王を討伐した場合。キミは、と思う?」


「え? どう、って。……私は、両親の汚名を払しょくするため、と思って旅してきた……けど。ごめん、魔王と一緒にいて、王城なんかで色々と見てきた、今となっては……魔王を倒したとしても、なんにも、変わらなかったと思う。私はバカだから、結局、言いくるめられて……汚名なんて、晴らすこともできず……」


「いいや、それ以上に、陰惨なコトになっていたのさ」


「……へ? それ以上、ってどういう……?」


 ユリシアが不安そうに見上げると、エンデは隠すことなく述べた。


「魔王や魔族は、北の地から襲い来る強力な魔物を、武力で押しとどめてきた――もし、その防波堤ぼうはていが無くなったら、どうなる? 魔王が死したとて、魔族全てが全滅するワケじゃない、だから少しはたもてるだろう。だが、魔王がいなくなった穴埋めは、誰がするコトになる? 北から魔族の領地を超え、人間の国へ流れ込んでくる魔物に対抗するのは、対抗できるのは、誰だ?」


「えっ、えっ? それ、は………え? ……まさか、そんな……」



―――即ちだ。勇者だけを魔物の前に立たせ、その身がすり減り、摩耗し、命が消え失せる、その日まで―――使い潰される。勇者だけを犠牲にして、人間どもは遠からず終わる偽りのハッピーエンドを享受きょうじゅして、な」



「………………!」


 あるいは〝あったかもしれない〟凄惨な結末を想像したのか、さしもの勇者ユリシアも青ざめると。


 エンデは、魔王たるその人は、目に強い意志の輝きを宿して言い放つ。



「そんな、くだらない〝結末エンド〟を、反吐が出るような〝結末エンド〟を。

 ただ勇者だけを犠牲にして他人だけが掴む、偽りのハッピーエンドなんて。

 あまりに不遇な勇者の〝終焉エンディング〟なんて――俺は望んじゃいないんだよ――」



 

 、勇者に肩入れし、助けまでするのだと。


 彼女は、信じるだろうか。


「……本当に? 本当に、なの? ねえ……魔王?」


「……………………」


 エンデはユリシアに、嘘をく気はない。

 けれど〝本当のことを言わない〟くらいは、するだろう。


 エンデが、不可思議な紋様の刻まれた右眼で。

〝終焉の魔眼〟でユリシアを見つめて――る〝結末〟は。



――――――――――――――――――――――――――


 勇者が。

 彼女にしか扱えない、女神の加護を受けた〝神剣〟で。


 魔王の胸を、貫いて。


 ――――


 血の海に沈む、魔王のむくろに、すがりつくようにして。


 ―――ユリシアが、


 止め処なく、終わりなく、幸せなどなく。


 悲しみに暮れ、ただ泣き続けるだけの。


 目をそむけたくなるような、刺し貫かれた心臓を握り潰すような、光景。



 あまりに不遇な、女勇者の――――――



――――――――――――――――――――――――――



 何度〝終焉の魔眼〟で見直そうと、その〝結末〟だけが、変わらない。再会したその日から、そうだった。

 あの暗愚王が代わりに魔王を刺したとて、大して結果は変わらない――この心優しい少女は、悲しみに暮れ、涙を流す。


 人間と魔族、勇者と魔王、めいを結んだ今となってさえ、何一つ変化はなく。


〝終焉の魔眼〟に見えるのは〝結末〟だけだ――〝なぜ〟〝どうして〟なのかは、見通みとおせない。


 あるいは抗えぬ、確定した〝結末〟なのかもしれない。


 ―――

 、魔王エンデは。


 ただ優しく、勇者ユリシアを見つめながら、穏やかに囁いた。




「俺はね。

 ただキミが、幸せになってくれさえすれば、それでいい。

 本当に、それだけでいい。他に何も、いらないんだ。


 たった一度、何でもないような、たった一度の出会いに。

 全てを救われるコトだって、あるんだよ。

 そうして、救ってくれた貴女ヒトのためになら、何でもできる。


 その人が幸せになってくれるなら、この命を差し出したとて。

 俺に失うモノなど、何一つとしてない。


 たとえ世界を滅ぼそうと、他の何と引き換えにしても。

 約束する。絶対に。


 ユリシアに――――を、迎えさせてあげるから」




 月明かりの下で、見つめ合い。

 言い終えてから、どれほどの時間がっただろう。


 しばらくしてエンデは、ようやく抱きしめていたユリシアを解放し――


「フッ……フハハハハッ! どうだ、驚いたか! されど勇者よ、これは冗談などではない。おのが結末を恐るべき魔王に確定づけられる、その事実が恐ろしかろう……クックック、さあ、小兎ちゃんのように愛らしく、震えて眠れ――!」


「……あっ。え、あ。ぅ……そ、その、えーっと……その」


「ムムッ。何やら本当に調子を崩している様子。ククク、やはり魔王が恐ろしくなったか、そうだろう、そうだろう……納得と共に、魔王、突飛な言動の果てに嫌われてしまったのかと止まらぬ動悸どうき今宵こよい、震えて眠る予定」


「あ、や、そうじゃなく、さっき……じ、自分でも変だと思うけど……あの、ね?」


 何やらユリシアは、月明かりに照らされる頬を、ほんのりと赤く染めて――口元を片手で軽く押さえつつ、エンデを上目遣いで見つめて。



「〝勇者よ〟とか〝勇者ユリシア〟とかじゃなく……

 初めて〝ユリシア〟って呼ばれて、その……

 なんでだろ……ど、ドキドキしちゃって……あう」


「――――――――――」


「? えーと、魔お……んんっ。

 き、聞いてる? ……エンデ」


「―――――グハァァァァアッ!! これが勇者の会心の一撃かァァァ!!」


「きゃーーーっ!? まっ魔王が吐血しながら吹っ飛んだ!? なんでぇ!?」


〝神剣〟で貫かれてはいないが、血の海にしたたかに沈む魔王エンデに、勇者ユリシアは縋りついてな勢いで。


 そんなユリシアに、エンデは口の端から血をしたたらせつつ、笑みを浮かべて言う。


「フッ、さすがだ勇者よ……しかし心配無用。キミを幸せにするまで、この魔王は倒れはせぬ……約束したからな……!」


「えっ、あっ、うん!? そ、それは私、よく分かってないけど……う、嬉しい、かも……で、でも私達は勇者と魔王なんだから、それは忘れるなよっ」


「ああ、もちろんだ。が、幸せにするのに勇者も魔王も関係あるまい。とはいえ焦っても仕方ないし、少しずつ……まずはその無理して強がった口調を、キミらしい自然な口調に戻してあげられるよう、つとめようか」


「べっ別に無理してませんけど!? もうっ、余計なお世話なんだからぁ!」



 ――こうして、夜の深い闇を切り裂くような、明るい声を響かせるのは。


 勇者と魔王という、本来ならば天敵同士の、奇妙な関係。


 二人がどのような〝結末〟を迎えるかは――その時まで、分かりはしない。


 だが、少なくとも今回のところは、勇者ユリシアが不遇より救われたという事実をかんがみて。


 一先ひとまず、こうくくるとしよう。



 ―――めでたし、めでたしハッピーエンド、と―――




 ―― end ――

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あまりに不遇な女勇者へ、魔王が望んだハッピーエンド 初美陽一 @hatsumi_youichi

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