第16話 十年前――― ★魔王Side

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 これは、十年前の話――魔王は、初めから魔王だった訳ではなく。

 魔族だからとて、最初から強かった訳でも、大きかった訳でもない。


 エンデが、まだ十歳にも満たない、少年だった頃の話だ。


 魔族側の領地から外部へ漏れぬよう、ひた隠しにされてはいたが、当時の魔王は勇者との戦いで負った傷が原因で、命を落としており。


 魔王は世襲制せしゅうせいではなく、〝より強き者が君臨する〟のが決まりルールで――魔族の世界とて、人間の国がそうであるように、乱れていたという。


 最も有力とされていた〝四天王〟が、ほぼ同等の力の持ち主同士だったというのも、魔王の不在が長引いた原因……だが、それによって魔族にも、不遇にさいなまれる者は少なくなかった。


 少年時代のエンデも、その一人であり――また、右眼の奥をえぐるような、原因不明の激痛を患っていて。


 朦朧もうろうとしながら、魔族の領地の内紛を避けるようにして、いつの間にか。


 ……足を踏み入れてしまったのは、国境に程近い、人間の住まう辺境の村。


 そこで、魔族たるエンデに向けられたのは――


『! おい……アイツ、魔族じゃねーか!?』

『何だよ、あの右眼……き、気持ち悪い……』

『なんでここに……ここは人間の土地だぞ!』

『出ていけ……出てけよ、とーちゃんの仇!』


 石を投げるは子供ばかりでなく、大人までも後から混じってきたほどで。

 ふらふらと力ない無抵抗の少年とはいえ、敵である魔族に対し、向けられる悪意は必要以上のものだったろう。


『っ、やめ、やめてくださ……オレ、何もするつもり……すぐ、出ていきますから……っ、つうっ!』


 原因不明の右眼の激痛に加え、石を投げつけられ受けた打撲、裂傷まで加わり。

 エンデの腹の奥に、ぞぐん、と渦巻く黒い感情は、致し方なかった。


〝なぜ、自分がこんな目に――何もしていないのに〟

〝おまえたち人間に、オレが一体、何をしたという〟


〝いっそのコト、今ここで、全てを、消し去ろうか〟


 そんな黒い感情が、今にも爆発し、噴出しそうになった。


 ―――その時。



『―――――――っ!』



『………………。

 ………えっ?』


 少女が。

 少年だったエンデより、もっと小さい、少女が。


 その小さな体で、両手をいっぱいに広げて。


 庇っていた―――エンデを。

 である彼を―――


『やめてっ……い、たっ! ……う、おねがいだから……やめて……』


『! ぁ……キミ、血が……に、逃げて――』


『この子を―――きずつけるの、やめて!』


『…………えっ?』


 エンデは、驚いていた――少女の言葉に、その体に付いていた傷に。

 理由まではさだかではない。けれど少女の体に付いた傷も、今のエンデと同じように石を投げられて出来たのだろうが。


 それは、今だけの話ではない。

 少女の体に残る傷は、だった。つまり彼女は、今までにも同様の仕打ちを受けてきて、傷つけられて。


 その痛みを、知っていて、なお――



『―――だ、だいじょうぶだよっ。あなたのこと、わたしが守ってあげるっ。こんなの、へっちゃらだから……わたし、いつかきっと、おとうさんみたいに……だれかを助けてあげられる……勇者に、なるんだからっ!』



 他者を、憎むではなく。

 何かを、恨むでもなく


 助けを求める誰かを、痛みを受ける誰かを、助けるために。

 自分の身をていしてでも、〝守ってあげると〟言えるのか。


 投げつけられる石の雨に、痛みもかえりみず、盾になれるのか。


 ………その姿が。

 自身より幼いであろう、種族すら違う。


 人間の少女の、その姿が―――嗚呼、エンデはこの時。



 この世の何よりも―――美しくとうといと、感じたのだ―――



『っ、やめろ、その子……傷つけ、るな……! う、っ……ア、アアッ……!

 ―――ウアアアアアァァァッ!!!』



 守らねばならない、とエンデが思った、その刹那せつな――少年の右眼が、炎が噴き上がるような熱を発し――膨大な魔力が、周囲へ放出され。


 ……エンデの魔力と激痛が、嘘のように治まった頃。

 少女も、大勢の村人も、地に倒れていた――死んだのではなく、眠っているだけらしいが。


 エンデは少女が安らかな寝息を立てているのに安心し、とりあえずその場からは少し離れた場所へ運び、出来るだけ綺麗な木のみきに背を預けさせ。


 少女の負った傷を手当てしようとして、エンデは再び驚くことになる。


『! この子、もう傷がふさがってる……すごい、治癒力。魔族でも、そういないくらい……これなら将来、傷も残らない……かも。……〝おとうさんみたいな勇者〟にって……勇者の、娘?』


『……うぅ、ん……?』


『あっ。………っ』


 少女が目を覚ます、その前に――エンデはその場を去ると決めた。

 後ろ髪を引かれる思いもあったろう、話をしてみたい、とも。


 けれど、魔族である自分と関われば、少女は更に不遇となるかもしれない。


 だからエンデは、もうそれ以上、振り返らずに。

 ただ、一つだけ――この時、胸に誓いを秘めた。


〝少女が、いつかとなるのなら〟

〝自分は、いつかとなろう〟

〝強くなって、誰にも負けぬほど力を得て、最強の魔王となり〟



〝いつの日か、彼女と再会し――全ての不遇から、守ってみせよう〟



 そう誓い――エンデは魔族の領地へと、帰っていった。



 ……………………。


 ただ、魔王の称号の争奪戦に、帰って早々に参加してから。


 少女との出会いによって覚醒した、膨大に過ぎる魔力と。

 全ての〝結末〟を見通す〝終焉の魔眼〟の能力に気付いて。


 ――たった数ヶ月程度で四天王に実力を認めさせ、魔王の座を実力で奪い取ったのは、ここだけの話だ。


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