第15話 勇者と魔王、満月の下で

 人間の王国へおもむいたかと思えば、慌ただしく舞い戻ってきた、魔王城にて。


 北の地から迫る強力な魔物の侵攻を防ぐ、荘厳そうごんにして堅牢けんろうたる城壁に支えられし、その屋上にて――鮮烈なまでの満月を眺めるのは、主たる魔王エンデ。


「……………………」


 不可思議な紋様を宿す右眼を隠さず、静かに佇んでいた――そんな彼の背後から、可憐な声を投げかけるのは。


「あっ……魔王っ。探したぞ、こんな所で何してるんだ?」


「……ふむ、勇者か。おや、例の神剣もたずさえず、魔王の前に立つとは……フハハハ、さすがに無防備が過ぎるのではないか?」


「えっ、あっ、しまった!? う、うう、落ち着いてたから、油断したぁ……ドレスには似合わないと思ったし、うわぁ~っ……」


(ふーっ、安心するほど気を抜いているとは、何とも無垢だカワイイたまらん……というか無意識に〝帰ってきた〟などと、フッ、オイオイ魔王城を我が家とでも思っているのか~? 結婚でもするか~オ~イ?)


「……で、でもっ! その、人間と魔族の盟……っていうのも、関係なく……ま、魔王は私に、変なことなんてしない……でしょ?」


「(フハハッ、分からぬぞ、俺は恐るべき魔王、勇者の天敵であると忘れるなッ、クーハハハハッ!)絶対しない。溺愛して甘やかすコトしか考えられない」


「……ふえっ!? い、いやそれ、充分に変なことだってばぁ、も~っ!」


「おっと、本音と建前が逆に。失敗、魔王失敗」


 つい口を突いて出た言葉に、魔王が反省していると。


〝とにかく!〟とユリシアが、用件を問うべくおずおずと口を開いた。


「……あ、あの! 私、どうしても気になって、聞きたいことがあって……サラさんは、魔王は私にウソをつかない、みたいなこと言ってたから……その」


「フム? そうか、まあ答えられるコトなら、だが……魔王の弱点でも聞きたいか? ククク、さすが勇者、勤勉だな……知りたくば教えてやろう。そうだな、パッとは思いつかないが……いて言うなら勇者が弱点――」


「魔王は……何で私に、天敵のはずの勇者に……こんなに、良くしてくれるんだ? 汚名の払しょくにしたって、そんなこと……おまえに、そんな義理、無いはずなのに……何か、その、理由でも……ある、の?」


「……………………」


 ユリシアに問われて、けれど魔王の反応は、沈黙。


 だが、少し間をおいて――魔王エンデは、勇者ユリシアに歩み寄り。


「え、魔王……へえっ? え、えっ……ちょ、何して、ええええっ!?」


 ユリシアが慌てふためくのも、無理からぬこと――小柄な彼女の体を、長身の魔王は立ったまま、ほとんどおおいかぶさるように抱きしめたのだから。


 目を白黒させるユリシアが、エンデの胸からかろうじて顔を離し、上目遣いに見上げながら抗議しようとする……


「ぅ……ぷはっ! ちょ、何するんだ、この魔王~……え?」


「……………………」


 ……が、続く言葉は、ユリシアの口から出なかった。


 魔王は、エンデは、不思議なほど――穏やかに、いつくしむように。

 けれど、どこか切なそうに――ユリシアを見つめて、微笑んでいるだけだ。


(キミが昔、俺の命を救ってくれた……と言ったら、キミは、信じてくれるだろうか。俺のコトを、思い出してのだろうか)


「……魔王……?」


 物言わぬまま、勇者を抱きしめながら、魔王は過去に思いをせる。

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