第14話 最強の魔王を、唯一、本気で心配していたのは

「……ヒ、ヒヒ……ヒヒヒッ……」


 つい先ほど、魔王へと短剣を突き立てようと、迫っていた人間の王は。

 大の字になって、蛙のようにおり――


「ヒヒ……ヒイイイッ……わ、ワシは一体、何をして……こ、こんな恐ろしい、化け物共に……手出しなど……ヒィィィィ……」


 そのまま珍妙な体勢で、気絶してしまった……それも、無理はない。


 勇者ユリシアが、抜き放った神剣で、縦にふるった一閃は。

 王の短剣を弾いた――どころではない、、その上で。



 ユリシアが剣を振り下ろした位置を基点とし――堅固な王城を、その先の巨大な城壁すらも――ケーキでも切り分けるように、断絶してしまったのだ――!



 それを見ていたサラとツッチーも、さすがに驚かずにはいられないようで。


「……なるほど、これこそユリシア様が……勇者が神剣を揮う、その力。人の身でありながら魔王たる者すら討滅とうめつし得る特異性、伊達ではありませんね……」


「一番怒らせてはならぬ御方おかた、とでもいうべきか。さすがの我でも、アレを受ければひとたまりもないわ……クーン」


 四天王さえ震わせる一撃は、誰も彼もを畏怖いふさせる力――事実、王の私兵たちも、今やすっかり戦意喪失して腰を抜かしていた。


 ただ、目の前でそのような剣閃が放たれたにもかかわらず、魔王エンデだけは平然と表情も変えず立ち尽くし。


 そんな彼に、勇者ユリシアは駆け寄って―――


「―――魔王、ばかぁっ! な、なんでボーっとして……そりゃおまえには、何てことなかったのかもしれないけど、だけどっ……心配、しちゃうだろっ……危ないこと、やめてよぉ……ぐすっ」


 おかしな話だ。

 今この場で、魔王である彼を、唯一、誰よりも心配していたのが。



 魔王の天敵であるはずの―――勇者ユリシアだなんて―――



「……勇者ユリシア」


「う、うう~……ふ、えっ?」


 魔王エンデは、今にも泣き出しそうな勇者ユリシアの目尻めじりを人差し指でぬぐい、紋様の刻まれた右眼で見つめ――初めて聞くほど優しい声音こわねで。



……


「え? あ、あの……何言って……?」



 泣きだしそう、であって、泣いていた訳ではない――だからこそ魔王の言葉の意味が分からず、首を傾げるユリシアだが。


 次の瞬間にはいつもの調子に戻った魔王エンデが、バッ、と手を振って玉座の間に声を響かせる。


「フハハハッ――見たか人間どもよ! 我が力、その気になれば貴様らの王国を滅ぼすコトなど造作ぞうさもないと! そして魔王を滅ぼせるのも唯一、今しがた神にも至る力を揮いし勇者のみ! これ以上、愚かな考えなど起こすコトなく、脆弱ぜいじゃくな生命を少しでも永らえさせるよう尽くすのだな! フンッ!」


 言いながら身をひるがえし、サラとツッチーを控えさせ。


 勇者ユリシアの肩を抱いて誘導しながら、魔王は出口へ歩きつつ言い残す。


「フン、安心せよ、勇者殿は人間と魔族の盟の象徴――手荒な扱いなどあり得ぬ。丁重に扱ってくれるわ。謂れなき汚名をかぶせ、これまで散々蔑んできた貴様らと違ってな。フンッ……では、さらばだ――!」


 吐き捨てた、次の瞬間には。


 魔王も、勇者も、二人の四天王も――瞬く間に、飛び去って行った――



――――――――――――――――――――――――――


 ……さて、これは余談であるが。

 人間と魔族の領域の境目、つまり国境を魔族側に越えた地にて。


 例の暗愚王が事前に命じていたのだろう、人間の軍が侵攻していた――が。


『う、うわ、うわあぁぁぁ……な、なんだこの炎、全然、前に進めねぇ……!』

『う、ウソだろ、どこまで続いてんだよコレ……国境線の、見えねぇ果てまで……う、迂回も出来ねぇ……』

『ど、どうなってんだよ、勇者が王国に帰還するなら、魔王も四天王も倒したはずだって、なのに……う、うわああっ、退却、退却だ――!』


 地平線の果てまで伸びるような炎の障壁に、虫が追い払われるかの如く、成す術も無く逃げ出す兵士たちを――魔族の砦の屋上から、見下ろす影が。


『……大方、勇者の帰還を魔王様の討伐とひもづけて、同時に侵攻するよう打ち合わせていたのだろうが……愚かな。全てが自分に都合よく運ぶなど、脳が天気な暗愚の王ならではの発想よ。目障りな人間の賊めらも、情報源として使っていたようだが……サッパリ掃除されていたのも、貴様らには残念だったな』


 フン、と吐き捨てた偉丈夫は――青く揺らめく炎の如く、静かでありながら、内に燃え盛る熱情を湛え、威風堂々と言い放つ――!



『四天王でも随一の〝火力による問答無用の攻防力〟を有する、我――

〝豪炎の魔将〟がおる限り、一歩たりとて此処ここを越えられると思うな――!』



「……あっ四天王の人、すみません空中から、また通らせてもらいますね……」


『ヒッヒエェェェェェンッ!!? ゆっ勇者さんじゃないスか! どぞどぞンモ~ッ遠慮なく越えてっちゃってクダサイいくらでもぉ! もぉ素通りッスよこんなとこ素通り~ッ! ……ってヒャオォォォウッ魔王様までいらっしゃんじゃないスか、何スかもう御帰還ごきかんですか~言ってくださいよモ~ッこのイケズゥ~~~!』


 ……………………。


 こうして! 勇者は魔王に連れられ、サラやツッチーと共に、無事に魔王城へ舞い戻ったのだった――!


――――――――――――――――――――――――――

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