第13話 魔王と四天王

 明らかな激怒に、己が身すら焦がさん勢いの魔王エンデ――を、勇者ユリシアは慌ててなだめようとする、が。


「だ、ダメだってば、エンデっ。私は……まあきさきの話とか、ちょっと吐いちゃいそうなほどヤだったけど……でも丁重ていちょうに断ればいいだけじゃないかっ。せっかく友好的に話が進んでたんだし、もうこれ以上……」


「―――ユリシア様、ご安心を」


「あっ、サラさん! 良かった、何か考えがあるんですね……あっ、もしかして、軽くおどかしただけとか……」


「交渉を有利に進めるためには、抵抗する気も起きないほど圧倒的な力を見せつけ、反抗の意志を徹底的に叩き潰し踏みにじる――それも有効な手段なので」


「なんか安心できない物騒なこと言い出した! そ、そういえばサラさんも四天王だった、あ、あわわ……ていうかサラさんまで妙に怒ってない!?」


「はい、まあ。僭越せんえつながらわたくしにとっても、妹の如くかわいらしいユリシア様への分不相応な提案、不遜ふそんなる言動の数々……冷静で知られるわたくしとて、我慢なりません。おこです。メイド、激憤げきおこ


 口調は平静だが、どうも怒りは頂点らしいサラ。


 と――この状況を生んだ張本人、暗愚王と断じられた者が悲鳴と共に命じるのは。


「ヒッ、ヒイイイッ! ま、魔王、魔王だと!? 高貴なるワシ……いや人間の王城に、魔王が侵入するなど!? 者共、出合であえ、出合え! 王たるワシだけは、何としてでも守れェ!」


 王の指示に従うのは、近衛兵――ではなく、物陰に隠れていたのだろう、自称・高貴な王城には不釣り合いな、蛮族の如き異様な風体ふうていの兵士たち。

 恐らく王の私兵だろうが、斧や大鎌などを得物えものに、要人の口封じや処刑人のような後ろ暗い用途に使われる存在だろう。


 そんな者をかげに控えさせている高貴さも知れたもの、だが立場を失って右往左往する近衛兵たちに、指示したのは――勇者ユリシアだった。


「っ……兵長さん、非戦闘員を保護しながら、出来るだけ安全な位置まで離れて! 魔王たちは無差別に攻撃するつもりなんて無いはずだし、そんなこと私がさせないっ。人間と魔族の友好は、ついえたわけじゃないから……お願い!」


「! はっ、勇者ユリシア様……御意のままに!」


 誰のかといえば、今や勇者ユリシアの近衛兵長と化している気がする初老の騎士が、部下を指揮して言われた通りに非戦闘員の保護を始める。


 その姿に、サラがうやうやしくお辞儀しつつ、口にしたのは。


「さすがユリシア様、勇者として的確な指示でございます。では心置きなく、わたくし共も力を示しましょう。……さて、四天王などと仰々しく呼ばれるわたくし共ですが、その一人一人に特徴がございます……いわば、突出した能力、と申しますか。たとえば水の四天王たるわたくしなら、今回は使うまでもないでしょうが〝回復能力〟と……」


『―――ヒャッハァー! オイオイたまんねぇ上玉がいるじゃねぇか、珍しく楽しい仕事だぜぇー!』


「あっ……サラさん、危ないっ――」


「そして―――そいやー」


『ヒャッ……ハ? ……う、うおお、おおおオボボボボ……ぶへあぁーっ!? なんで、コレっ……室内に洪水が、あぼぼーーーっ!?』


 気合の全く入っていない一声、と共に――サラを中心に放出された鉄砲水の如き濁流が、襲い来るを的確に流し去る――!



「〝広域戦の制圧力〟―――それがわたくし、水の四天王サラスヴァーティ。

 お望みなら王国一つ、うみに沈めるも容易たやすきことです―――」



 即ち今ですら、これ以上ないほど手加減しているということ。


 敵の接近すら許さないサラ、その一方で――重装の騎士が、今まさに四方から槍が突き立てられ、大斧で滅多打ちにされていた。


『ウオオオオッ……オラオラオラァァァ! 何だコイツ、無抵抗だぜ! ゲヘヘ、デカいだけの見掛け倒しかぁ!?』


『ドラアッ! おっ、兜が外れて……ヒッ!? お、狼……ま、魔族……!?』


「……やれやれ、ハエがたかって鬱陶うっとうしい。まあ貴様らクサイ臭気の連中ならば、納得ではあるが」


 無抵抗は、抵抗するまでもなかっただけ――魔狼の大きな口から呆れた息を吐いた直後、重装の巨躯きょくの姿が一瞬で消え。


『え、消え、どこに……ウゴエッ!? オ、オウウ……?』

『お、オイどうした――ギャヒィッ!?』『ホグワァァァーッツ!?』

『『『ギャアアアアアア!!!?』』』


「我こそは、アー、ス、フ……デ……ん? ………………。

 誇り高き四天王が一柱、地獣王ツッチー!!(ヤケクソ)

〝極致の身体能力〟と〝不動の耐久力〟――我を一歩でも動かしたくば、火山の噴火でも喰らわせてみよ――!!」


「えっ、あれ? でもツッチー初めて会った時、魔王に蹴り飛ばされてなかった?」


「あの時、それくらいの勢いで蹴り飛ばされてたんスよ我……魔王様あのひと、蹴ってきたんスよ本気で……我、魔王四天王なのに……」


 今、無双の膂力りょりょくを発揮しておきながら、ちょっぴり哀愁あいしゅうの漂うツッチーではあるが。


 大勢の私兵が、取り囲むようにして、緊張をみなぎらせつつ対峙する相手。


『ハア、ハア……こ、コイツが、あの悪名高い魔王……』

『コイツを討ち取れば、一攫千金……なんてレベルじゃねぇぞ……』

『賊上がりのおれらが、一発で英雄だぜ……へ、へへ、へへへ』


「……やれやれ」


 即ち魔王エンデが、最後に――右の瞳に不可思議な紋様を浮かび上がらせて。


「……そこか。よ、っと」


「……ふえっ!? ま、魔王、どこに魔法を撃ってるんだ!?」


 ユリシアが戸惑う通り、エンデの放った魔法は、見当違いの方向――柱を一本、穿うがっただけで。

 ……が、そこからひび割れるように、亀裂きれつが壁まで及び、城の内部を上方向へと駆け上るように破壊が進んで。


 ついに、天井が砕け―――無数の破片はへんが、私兵たち〝だけ〟目掛けて、的確に落下していく―――


『へへ、何だあの野郎、てんで的外まとはずれな……へっ?』

『え、あ……て、天井が、落ちて……ぐ、ぐえええええっ!?』

『なんだ、なんでこんな……う、うぎゃーーーっす!?』


「えっ、えっ? な、なにが起きたの……?」


 目を白黒させるユリシアに、フッ、とエンデは笑みを浮かべつつ。


「この程度のが、俺の本領ほんりょうと思ってくれるな――大地には地脈があり、地中には水脈がある。龍脈りゅうみゃく、と呼ぶ地域もあるが……この右眼で見通し、そこへ適切な魔法を撃ちこめば。地が逆転するほど震動させるコトも、大洪水を引き起こすコトも可能。人間どもの国一つ、いつでも滅ぼせる――魔王のみが持つ、魔眼の力」


 自身の右眼をあやしく輝かせながら、魔王エンデはたからかに言い放つ――



「これこそ、全ての〝結末エンド〟を見通す―――〝終焉の魔眼〟―――


 勇者ユリシアに手を出そうという愚昧が迎えるバッドエンドなど。

 この魔王エンデには、最初からえているわ、クハハハ―――!」



 魔王らしく高笑いを決めるエンデに。


 ……いつの間に、玉座から降りてきていたのだろう。

 暗愚王と断じられた小太りの男が、両手に一本の短剣を構え、血走った異様な眼で魔王を見据えていた。


「っ、っ、っ……き、貴様だ……貴様が現れてから、全てがおかしくなった……貴様さえ、貴様さえいなくなればっ……」


「フン、責任転嫁せきにんてんかとは見苦しい、全て自業自得だろう。が……玉座にでも隠していたか、その短剣からも〝女神の加護〟を感じるな。神剣は扱えぬ傍系ぼうけいの血筋でも、短剣程度の短い刃なら振るえるか。そうだな、当たり所が良ければ、この魔王の命にも届くやもしれぬぞ」


「ヒ、ヒヒ、ヒヒヒ……死ね、魔王ッ……この地上から、消え去れェェェ!」


 もはや話も聞こえていないのか、狂乱の叫びと共に駆けだす暗愚王に――当然ながら気付いていたサラとツッチーが、さして焦りもせず呟く。


「……やれやれですね」

「無謀というか、最後まで愚昧ぐまいと言うべきか……全く」


 彼我ひがの実力差は目に見えて明らか、二人の反応は、当然だ。

 傍から隠れ見ていた人間たちでさえ、思うことは同じだろう。



 ――――けれど。


 けれど、勇者ユリシアだけは。


「………えっ? 魔王………?」


「……………………」


 魔王エンデは、迫りくる刃から、逃げようとも、避けようともしない。

 かわすまでもなく、対応できるから、だろうか。それほどの力を、魔王は当たり前のようにゆうしている。


 けれど。


 けれど、ユリシアの目には。



 魔王が、まるで―――自らの命をさらし、差し出しているように見えて―――



「っ、や―――やめろおおおおぉぉぉぉぉっ!!!」



 勇者ユリシアは―――神剣を、抜き放った―――

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