第12話 虎の尾、竜の逆鱗、魔王の地雷原タップダンス

 かくして、女神の加護を受けた〝神剣〟の所有者たるをりとし、勇者ユリシアの血筋を正統なものであると主張するも。


 それで全てが丸く収まり今後も安泰あんたい……などと考えるエンデではないようで。


「さて、ユリシア様の血筋が王家の直系につらなり、正統であるというコト……心ある近衛兵長殿を基点とし、言うまでもなく出自の調査を行い、改めて証明してくださると信じております、が。現・王が傍系とはいえ王家の者なのも事実……いきなりユリシア様に全権を明け渡せ、まつりごとをさせろ、などと無茶は申しません。そも、純真にして素直なるユリシア様を、権謀術数の渦巻く王国の中枢に放り込むなど……また百年以上前の政変を繰り返されても、たまりませんので。それにユリシア様とて、望まぬでしょう?」


「! う、うんうんっ……私、政治とか分からないし、王家とか興味ないし! それに勇者のお仕事にも誇りを持ってるんだ、もう魔族と争う気は無いけどっ……魔物を倒して、人を救うことは頑張れるからっ」


「さすが勇者ユリシア様、健気にして清貧せいひん、何よりお優しい御心……さて、ゆえに今回の件、落としどころを提案させて頂きますれば」


 それは一体、と注目を集めながら、エンデが述べるのは。


「王国の運営については、引き続き今の体制のまま――実質的な最高権力者として、ユリシア様をえて頂きつつ。されどユリシア様には勇者の責務として、引き続き北の魔族の地にて、我ら仲間と共に魔物との戦いに従事して頂く、というのは」


『! 今の体制のまま……わ、ワシらは、国の中枢におれると?』

『いやしかし、正統なる王家の血筋が、最前線になど……危険では』


「そうそう、自分は賢者として、魔族の長についても知っておりますが――をそのまま、伝えさせて頂きます。

〝勇者ユリシア殿のお人柄には感服している。彼女と手を取り合えるなら、未来永劫、魔族は人間と友好関係を築くと約束しよう。魔族の地より更に北から迫る魔物は、魔族以上に強力。されど勇者殿の協力を得られるならば心強い。魔族は身を張って彼女を守り、そして強力な魔物どもから人類領域も守護する所存〟

 ―――もはや議論の必要も、ないでしょう?」


 人間にとって、最大の脅威と思われていた魔王、そしてその配下たる魔族と争う必要はなくなり――魔物の脅威にも対応してくれる、と。


 まさかエンデがだとは誰も気付いていないが、それほどの好条件に、まさに議論の必要もなく、気が早く喝采かっさいを送るお調子者もいる。


 と、不意にユリシアの耳元へ、美貌のメイド・サラが語りかけて補足した。


「ちなみにユリシア様。エンデ様は本来の称号とは別に、事実として賢者の称号も有しております。全ての魔法を統べる……〝法の〟でもありますので」


「えっ、そうなんですか? す、すごい……けど、何で私に、その話を」


「わたくし、出来るメイドですので。実はエンデ様は、まあ駆け引きとして〝本当のことをあえて口にしない〟くらいはしていますが……ユリシア様の前では、一度も嘘を付いていないのですよ。先ほどの言いくるめ……もとい舌鋒ぜっぽうふるっていた時でさえ。エンデ様を嫌われぬよう、一応、補足しておこうかと」


「べ、別に嫌いになんて……あっいえ勇者と魔王っていう関係を忘れるわけじゃないですけどっ。でも、サラさん……教えてくれて、ありがとうございます」


 なるほど、確かに出来るメイドは違う――と、話を終えたところで、エンデが玉座の間の諸侯しょこうらに背を向けつつ結論を発する。


「では何卒なにとぞ、勇者様の大切なご両親へのいわれなき悪評を払拭ふっしょくすべく、むしろ名声を大々的に喧伝けんでんして頂きますよう。大臣・諸侯らもこれからは、精勤せいきんに励まれませ。お計らい、よしなにお願いします。……正直、現・王はとっとと廃位して、もう少しマシな者を据えるべきと思いますが……まあこれだけ騒ぎになれば、そう長くないコトでしょうが。さて、それでは我々は、これにて失礼――」


「―――待たれよ!!」


 去る者を呼び止めるのは、まさにその現・王――まだ何か食い下がる気か、と面倒くさそうにエンデが振り返ると、王が発した言葉は。


「いや、賢者殿の御言葉、一々いちいち御尤ごもっとも。人間と魔族の同盟も、これ以上ないほどの僥倖ぎょうこう。実はワシも常々、魔族とのいさかいに戦費を投じねばならぬことに胸を痛めておった。そこは賢者殿の言うような自己の利益を求めたわけでは、決してないと否定させて頂きますが……」


(……ほう。何かみっともなく反論するかと思いきや、大人しく受け入れる方針と決めたか。まあ少しでも損を減らそうという魂胆だろうが、凡愚ぼんぐなりの落としどころとしては、まあ妥当で――)


「されど勇者ユリシア殿に関しては……もっと素晴らしき案がございますぞ」


「………はあ? それは、一体―――」


 エンデが問いかけるも、王は食い気味に――気色の悪い笑みを浮かべつつ、世にもまれなる自称・素晴らしき案を臆面おくめんもなく口にした。



「勇者ユリシア殿を、正統なる血統を有する王家の者と認め――

 現・国王たる、このワシのきさきとして迎えよう―――!」



「―――――――――――――――」


「勇者殿の正当性を流布るふし、一族の汚名をすすぐには、愚かな民にも分かりやすい喧伝が必須! 正統なる直系と判明した勇者殿が、王家へと返り咲いた、これに勝る朗報はございますまい! おお、おお、我ながら何と冴えた案、そうじゃ……

 勇者殿が子でも成せば、まさに正統なる血筋が王国に蘇るではないか――!」


 それが名案だとでも言わんばかりに、大笑いする王――だが信じられないことに、引き続き権威にあやかりたい大臣共は〝なるほど!〟〝その通り!〟と追従する。

 心ある者は、しかめっつらの兵長を含む一握りの近衛兵くらいだろうか。



 ―――ただ、この場において。


 のだと、気付いている者は、勇者ユリシアただ一人で。


「……あ、ああ、あの、エンデ……お、落ち着いて……魔力、魔力、抑えて……ていうかこんなとんでもない力、なんで誰も気付かないのぉ~……!?」


「――――もう、いい。もう、だ」


「ふえっ!? ちょちょ、待ってってば、ねえエンデっ……」


「「――――御意ぎょいのままに」」


「さ、サラさんにツッチーまで!? な、なんで皆、そこまで怒って……」


 、というか、、というか――純真すぎる女勇者は、気付いていないようだが。


 エンデは――賢者と名乗った男は、今――その身から深淵の闇を彷彿させる、底知れぬ禍々まがまがしい魔力を吹き荒れさせ。


「ぐはは、さあ勇者殿、ワシの傍へ……ヒ、ヒイッ!? な、なんじゃコレは、一体何が起こって……!?」


 今さらになってようやく気付いたらしい、まさに愚鈍ぐどんの王へと。


 人間の王国、その玉座の間に出現した者は―――右顔面を覆っていた仮面を外し。



 瞳に不可思議な紋様もんようが刻まれた右目を、あやしく輝かせつつ――言い放った。



「聞け、愚かの極みたる下衆の暗愚王、そしてその配下たる有象無象。

 我こそ魔族をべる王―――魔王エンデなり。

 貴様らは、決して触れてはならぬ者に、汚らわしい手を伸ばそうとした。

 もはや慈悲は無い、情もない、未来などあり得ない。


 今ここに、果ての絶望を―――〝終焉〟をくれてやる―――!!」

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