第11話 勇者とは――女勇者ユリシアの真実
勇者ユリシアの右後ろに控えていた、彼女の仲間――エンデがゆっくりと歩み出て、右手を自身の胸にあてて礼を示しつつ、広い室内にも良く響く美声を放つ。
「失礼、王よ……自分は勇者ユリシア様の忠実なるしもべ、辺境の地にてかつて命を救われしエンデと申す者。
「……なに? なんだ貴様、誰が発言を許した? 気に入らんツラをしおって、ワシを誰と心得る……ん?」
「まあ、なんて素敵な御方……ポッ……♡」
「オイ。……オイ! 扇ぐ手が止まっておるぞ、ちゃんと扇がぬか! ……オイ!」
「……ハッ!? も、申し訳ございません! それでは……」
「ウム。………あれっ?」
王の命を受けた美女は、次の瞬間――とたたた、と足早に赤いカーペットの
賢者エンデと名乗った青年を、羽うちわで扇ぎ始め……それを見た王は。
「……いや何をしとるんじゃオマエ、オーーーイ!?」
「ハッ! 扇げと申されましたので、
「謎かけしてんじゃないんだよコッチは! そいつ扇げなんて一言も言ってないでしょーが! 扇ぐのはワシじゃろが常識的に考えて!」
「くっ、申し訳ございません! 今しがた聴覚が小旅行に出ましたゆえ、これ以上の命を聞き入れることが出来ない現状です! いやーん残念ですぅー!」
「ンマーッ都合のいいお耳ですこと! おのれいい加減にせいよ――」
いまいち人望のなさそうな王が
「お忙しいところ申し訳ございませんが、用件をば……このたびは、人間と魔族の争いを終結させる、真実を持ち参上しました。
「ハア、ハア……アアン!? 貴様、何を勝手に――」
「さて、本題ですが……人間と魔族は、争う必要はありません。まず〝魔王が魔物を操っている〟という話は虚言、それはとうの昔に賢者の研究などで知られており――また先代勇者は過去に真実を持ち帰っており、この王城の重臣以上の方々も存じているはずですが」
「!? な、なにをほざきおる! ええい、こやつは
「にも
「オイ、オイ貴様っ……ワシを無視するな!?」
王は憤慨しているが、そもそもエンデは、王と話していないのだ――それは重装騎士が兜の隙間から、クンクンと鼻を鳴らし、小声で漏らす言葉が示している。
「クン、クン……困惑、動揺、欺瞞……人間の感情の臭気は分かりやすいわ。大臣共はほとんど真実を周知している模様。が、兵どもは大半……九割がた真実を知らず、戸惑っているようだ。この国、内からして崩すに容易いぞ。それと隠れているつもりだろうが……一際、クサイ連中も大勢。血なまぐささは隠せぬわ」
「やはりそんなところですか。さすがツッチー、鼻が
「!? サラスヴァーティ、貴様ッ……! 大サービスではないか、良いのか!?」
重装騎士とメイドが何やらヒソヒソ話をしているが、それはともかく。
突然に現れて真実を語る、賢者と名乗ったエンデに、王は短く太い人差し指を突き付ける。
「ええい、貴様が何を
「――この国の王都を、王城を、この眼で見て参りました。周囲に防壁のない都は交易が
「! お、ほほう、おほほう……何じゃ貴様、分かっておるでは――」
「一言で申し上げれば―――馬鹿の作った国、にございますれば」
「…………………………は、あ?」
この王城のど真ん中で、まさに主たる者への、不敬を超えた侮辱が信じられず、王のみならず誰もが呆気に取られ。
「ちょ、ちょっとぉ、エンデ、エンデったら~っ……!」
勇者ユリシアなどは冷や汗を流すも、それでもエンデは止まらない。
「人間側の領土とはいえ、魔物が全くいないワケでもない。にも拘らず都を守る防壁が無ければ危険は必至。事実、王都でも魔物の被害は少なからず存在する。その一方、王城だけは堅牢な城壁に守られている。この姿勢が示すのは、王城の者共は〝自分達さえ守れれば、それで良い〟という意図。高貴なる血筋が聞いて呆れる!」
「ッ……だ、黙れ黙れ! こんなもの
「王国兵らよ! 兵たる諸君の家族の多くは、王都に住まう者がほとんどのはず! 諸君らが守るべきモノは、何だ!? 保身のみしか考えぬ
エンデから唐突に問いを突き付けられ、ざわざわと騒ぎ始める近衛兵の中から――さすがに一人くらいはいたらしい忠臣、兵長と思しき初老の男が声を上げる。
「ええい、無礼なるぞ! 王族の血筋は国の象徴、その
「―――歴史を紐解けば、王国では百年と少し前に政変があったのだとか」
「………む、う? それは、確かだが………」
兵長が剣を抜き放つ前に、エンデは更なる言葉を放った。
「建国者たる初代王から
「! う、嘘じゃ、虚偽じゃ! 近衛兵長、今すぐそやつを斬り、黙らせ――」
「なぜ勇者のみが、女神の加護を受けし神剣を扱えるのか――特別な存在なのか、誰も考えたコトもないのか? 初代王は自身の優秀さのみならず、かつて女神から神剣を賜ったからこそ、建国を成し得たという。まあ傍系連中が歴史を改ざんし、事実を隠されているようだが、寿命の長い魔族の世界……に程近い国境には、正しい歴史も残っている。つまり、結論……お聞きください、ユリシア様」
コホン、と一つ咳払いしたエンデが――勇者ユリシアに捧げるように左手を掲げ、本人すら知らぬ真実を明かした。
「直系の血筋は、先代勇者と、それに連なる歴代勇者からなり――
現・勇者たるユリシア様こそが、今や唯一の正統なる王家の御方、即ち。
世が世ならば、お姫様であらせられた、真実、貴くも気高き御方なのです。
……まあ今でも愛らしさ一つとって、お姫様として充分に成立しますが」
「えっ。……え、ええええっ!? わ、私やお父さん、ご先祖様が、そんな……ていうかただでさえ混乱してるのに、不要に褒めるのやめてくれる!?」
「いえむしろ姫を超えて、その可憐さ美しさ、純真なる心根、尊き精神……いっそ女神として神話に
「だ~か~~らぁ~~~っ。も~~~エンデ~~~~!?」
勇者ユリシアの可憐な抗議が響く中――剣の柄に手をかけていた、近衛兵長は。
ユリシアへと
「……勇者殿、いえ、何とお呼びすれば良いか……ユリシア姫。確かに神剣を扱える貴女様こそ、正統なる王家の血筋。お仲間への無礼、失礼いたした。この老いた首ひとつで、どうか部下の兵共の命だけでも、お許しくだされ」
「……ふえっ!? やや、やめてくださいっ、姫なんて呼ばないでっ……私、血筋とか分かりませんし、戦うしか能のない勇者ですからっ……部下の人達にだって、何かするつもりもありませんし、顔を上げてくださいっ!」
「おお、何たる寛大なる御言葉……感謝いたしますぞ」
近衛兵長が更に深く頭を下げると、他の近衛兵たちも
玉座に座る、言葉のみで
かつて〝裏切り者の勇者の娘〟と
女勇者ユリシアに、全ての兵が跪く―――異様な光景が展開された―――
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