第9話 勇者パーティー、4人中3人の正体は知らぬが花

 黒を基調とした、貴族の如き衣装をまとう――銀髪が映える、長身の美青年。

 勇者ユリシアに従う様に歩きつつ、すずやかな微笑を浮かべる彼に、王都の洗練された女性たちから黄色い声が上がる。


『な、なななに、あのイケメンっ……この辺じゃ見たことないけど……』

『あの立ち振る舞い、どっから見てもお貴族様ッ……でも王都で見かけないってことは、地方の領主さまか、辺境伯っていう可能性も……!?』

『そういえば勇者っていうあの子、辺境で暮らしてたって聞くし、まさかその縁とかで……おや? イケメンの様子が……?』


「………フフッ」


『!? きゃあああああああっ!! 涼やかなイケメンが穏やかな微笑を浮かべるイケメンに進化したわァァァァ!?』

『いっ今の、あたくしに笑いかけたんだわ!? 目ぇ合ったものゼッタイ!』

『ざっけんじゃねェーわよ、あたくしよあたくし! どう見てもコッチ向いてたしベクトル的に、ロジカルに考えたまへってカンジ~!』

『やんのかコラァァ!』『上等ですわオラァァ!』『かかってこいザマァァス!』


 ……王都の、洗練された女性……。

 ……洗練された女性同士の、洗練された乱闘が勃発する――!


 ちなみに銀髪の青年の視界には、完全に勇者ユリシアの横顔しか映っていなかったのだが。

 とにかく内心ではガチガチに緊張しているユリシアが、青年に小声で語りかける。


「ちょ、ちょっとっ……だ、大丈夫なのかっ? なぜか大騒ぎになっちゃってるけど、私の格好とか、やっぱり何か問題でもあったんじゃ……」


「………………」


「? あ、あのー、もしもし……き、聞いてる? あ、もしかしていつもの調子で喋らないよう、気をつけてるとか……?」


 不安そうに問うユリシアに、沈黙していた銀髪の青年が――〝フッ〟と口元をゆるめ、彼女の耳元へささやきかける。


「ご安心を、勇者様……見る目のない衆愚しゅうぐ共は、あまりにも可憐な変身を遂げた貴女に驚き、その美しさに目がくらんで大騒ぎしているだけです。手の平返しは浅ましく醜く見えるやもしれませんが、貴女には一切の非はありませんので、ご安心を」


「……ひやあっ!? み、耳元で囁くなあっ、もうっ……で、でもそんな丁寧な喋り方も出来るんだ? 多少トゲも感じるけど、意外と似合って……」


「あ、ちなみに衆愚共が集まっているのは、事前にしらせを都にバラまいておきましたので……ドッキリ大成功ですねえ、勇者様♪」


「なっなにしてくれてんのっ!? この魔おっ……うっ」


 ついとんでもないことを口走りそうになったユリシアが、慌てて周囲を確認しつつ――誰にも気づかれていないようだ、と安心して胸を撫でおろし。


 口を尖らせて、じとっ、と上目遣いで――青年に、ささやかな叱責しっせきをした。



「え……エンデの、ばかっ。いたずらなんてしちゃ、ダメなんだからなっ」



「―――――――コフッ」


「えっ。……えっエンデ!? 何で血を吐いた!? 大丈夫なの!?」


「失敬、少々……勇者様からの無自覚な会心の一撃を喰らい、鼻からこみ上げてくる血流をどうにか口へ追いやった所存」


「つまり鼻血なんだソレ!? それはそれで心配になるけど!?」


 慌てふためくユリシアに、口元に血を付着させつつ、安心させるように微笑む魔王……もといエンデに、民衆の女性たちの反応は。


『ヒューッ! オイ見ろよ病弱設定まであるらしいぜえ!』(※女性)

『更に属性がつくってぇのかよ、贅沢じゃねぇか!』(※王都の洗練された女性)

『是非とも介抱して差し上げてぇもんだぜ、へっへっへ』(※賊かもしれない)


 ……王都の洗練された女性さえ、妙な口調になるほど混乱させてしまうよそおい、ということでどうか一つ。


 と、ユリシアが続けて〝あっ〟と口を押さえて自省する。


「ご、ごめん、よく考えたら、エンデって名前のほうだって知られてるよね……よ、呼ばないほうがいいかな――」


「いえ勇者様お気になさらず同名などこの世に五万ごまんとおりますし気にする者もいないかといやむしろ変に避けるほうが不自然ですからしたがって。どうぞ引き続き、わたくしめのコトは名前でお呼びくださいませ♪」


「超早口だったし長くない!? う、うう……わ、わかったよう」


 勢いで押され、受けれるしかないユリシアだった。


 更に、ユリシアとエンデの後ろを――若干、呆れ気味に付き従う、美貌のメイドと、全身鎧で顔も見えない重装騎士の姿も。


「……全く、主君の派手好きにも困ったものです。ユリシア様の魅力を見せびらかしたいのは、分からなくもありませんが」


「念のため、心配して付いて来てみれば……全く、我らの気も知らず、呑気に……ブツブツ」


『う、うわ……なんだあの美女、上品だし明らかに上流階級に仕えるメイドだぜ……おれはメイドには詳しいンだ、性癖なンだ』

『あ、あの全身鎧の騎士、只者じゃねぇ……何者だ……?』

『あれがちょっと前、みすぼらしい格好で旅立った勇者か……? こんなパーティーまで組んで、マジで偽物なんじゃ……?』


 どうも不穏な疑惑も湧く中――低い位置からひょこっと覗いた顔から、幼気いたいけな声がユリシアの耳に飛んでいく。


『んしょ、んしょ……あっ。……ゆーしゃさまーっ』


「……ん? あっ……あの子、旅立ちの日に、見送ってくれた……」


 それは、一輪の白い花をくれた少女――小さな声と姿を見逃さなかった勇者が、胸ポケットから何かを取り出し。

 見せつけるのは――旅の最中に作ったとおぼしき、押し花。


『……あっ! あれ、ゆーしゃさまにあげた、おはな……やっぱりゆーしゃさまだー、おかえりなさーいっ♪』


「……うん、ただいま! あの時は、ありがとうねっ」


 嬉しそうに声を上げる少女に、にこり、勇者ユリシアが輝かんばかりの笑顔を返すと――民衆の男が何人か〝ぐふっ〟と恍惚こうこつの表情で倒れ、彼女の傍で銀髪の何者かが〝コフッ〟と血を吐いたが。


 少女以外に意識を向けていなかったユリシアは特に気付かず、歩みを進め。


 ようやく王城の――そびえ立つ城壁のふもと、城門の前に辿り着く。


 訪れるのは二度目、門が開くまでの間に、ユリシアが緊張していると……エンデが不意に、語り掛けて。


「さて、勇者様。……この王都の街並み、そしてこの荘厳そうごんな城壁に阻まれる王城をご覧になって、どういう印象を抱かれます?」


「へ? なに、急に……えっと、さすが王都は華やかだな~、って。お城も大きくて、豪華な感じだし……城壁は、何だか怖いっていうかがするけど、外敵を防ぐならむしろ普通かなって」


「ふふ、純朴ながら素直な感想、思わず抱きしめ褒めそやしナデナデして差し上げたくなってしまいますが」


「いや本当いきなり何なの!? 褒めたいだけ!? ていうか若干バカにされてる気もするんですけどっ!」


「しかし無垢むくなれど、決して鈍いワケではなく、むしろ賢さを秘めておられる。貴女はを無意識に理解しています、勘が鋭い……とも言いますが、さすが勇者様」


「えっ、えっ? 本質? な、なんのこと?」


 一体、何の話をしているのか――困惑するユリシアに、にこり、エンデは微笑みながら言う。


「この王都に対する俺の印象を、誤解を恐れずに申し上げますと。

 馬鹿王の馬鹿さ加減が窺える――馬鹿の極みの都でございます」


「……ふえっ!? ちょちょ、魔っ、えっエンデ、こんな所で何を……」


「ふふ、まあ今はお気になさらず、ネタ明かしはまた後ほど……今は目的を果たすため、謁見に参りましょう」


「あ、うん……わっ、背中を押すなってばっ、ちょっと~っ」


 城門が開き、ユリシアとエンデが、続いてメイドと重装騎士も通ると。


 門番の騎士二人が、顔を見合わせて会話する。


『……な、なあ、今なんかめっちゃ不敬ふけいな会話が聞こえた気がすんだけど……』

『き、気のせいだろ……城のド真ん前で、そんな話しないって……』

『そ、そうだよな。……普通、そうだよな……』


 何も聞かなかったことにした門番は、あるいは賢明だろうか――

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