第8話 女勇者ユリシアの帰還

 広い平地のど真ん中に、威風を誇示こじするかの如く、鎮座する人間の王国。


 無粋ぶすいな防壁も無く、華やかな街並みを誇る王都。王城まで続く大通りは特に長大で、民衆が野次馬の如く集まっていた。


 かつてそこを通って魔王討伐に赴いた女勇者ユリシアが、今度は帰還してくるとのことだが、民の反応はといえば。


『聞いたか? 例の〝裏切り者の勇者の娘〟が、もう帰ってくるらしいぜ』

『魔王が討伐されたって噂も無けりゃ、四天王〝豪炎の魔将〟も健在だって話だし、結局なにも出来なかったんだろうな』

『ケッ、何しに行ったんだか……顔を見たら、大いに笑ってやろうぜ』


『……にしても、帰ってくんの早すぎないか? 途中の街や砦で見かけたって話も、全く聞かなかったし……国境を越えて魔族の地に行った、ってのは確認されてたはずなのに。そもそも、帰還の話とかって、どっから伝わってきたんだ?』

『さあ? なんか街の衛兵が騒ぎ立ててたし、急に空から大量のチラシがバラまかれたって噂もあるけど……詳しい話なんて知らねーよ』


『オオ勇者、何をも成せず敗北者、魔王を倒せず責をも果たせず逃げ帰る、勇者は勇者は敗北者……♪』


 何やら即興そっきょうで歌を作っている吟遊詩人まで見える、賑やかというより煩雑はんざつな大通りで。


 街の外側の方から、一際ひときわ大きな声が上がった。


『! オイ、勇者が帰ってきたってよ!』

『ったく、どのツラ下げて……ん? え、あれ……どのツラが勇者だ?』

『えっ、どれって、アレ、あの………は、あ………あえ?』


『『『――――――――――』』』


 煩雑に騒ぎ立てていた、民衆たちが。

 外側から、順次、静まり返っていく。


 おめおめと帰還した女勇者を、嘲笑ちょうしょうしようと集まってきた、民衆の前に現れたのは。



 金色の瞳を陽光に反射させて輝かせる、ドレスと鎧を融合させてなお、可憐かれんに仕立てられた衣装を纏う―――亜麻色あまいろの髪が麗しい、眩いばかりの美少女だった―――



「……………………」


『……………ハッ!? ふう、やべえやべえ、気絶して白昼夢でも見てたぜ、疲れてんのかな……ってヒェェェェッ夢じゃねぇぇぇぇぇ!?』

『あ、あああ、アレが勇者……? しゅ、出発ン時は男か女か分かんねぇような、みすぼらしい格好だったのに……べっ別人じゃねえか!』

『フッ、可憐だな……スンマセン、漏らしました。あまりの可憐さに驚きすぎて。そんなおれをどうか許してほしい、これもきっと思い出になるから……フッ』


『オオ勇者♪ その眼差しは闇を裂く陽光、流れる髪は夜空をいろどるミルキーウェイ♪ 可憐な美貌で世界を救う♪ オ~勇者~~麗しの~~~♪』


『オイそこの歌ってるヤツ引きずり降ろせ! さすがに調子良すぎんだろ腹立つわ! 全員でボコれボコれェ!!』


 ある者はほうけ、ある者は感嘆が口を突き、何やら乱闘まで起こっている。

 それも当然だろう、今の勇者ユリシアは、旅立った時の姿とは全くの別人。


 手入れもされず伸びっぱなしだった前髪は、軽めに切りそろえられ、潤いに満ちて傷んだ様子も一切ない。

 金色の愛らしくつぶらな瞳も、元々可憐だった面立ちも、今や前髪に隠れておらず。


 小柄ではあるものの、無駄のない肉付きの四肢はスラリと伸びて。

 細やかな意匠いしょうのスカートを、ふわりと風で揺らしつつ、旅慣れた洗練された足取りで進んでいく。


 一目で見惚みとれて言葉を失う、そんな女勇者――ユリシア本人の心中は。


(……うわ、うわ、うーーーわーーー! なんか人も多いし、変に注目されてるし!? 魔王の魔法で飛んできたのが数時間前なのに、何で帰還が知られてるの!? うう、嫌われ者の私がこんな格好して、どう思われてるのか……)


『! う、うへへへ……ど、どもッス……』


(うわあ目が合った人から気持ち悪い感じで笑われた! や、やっぱり似合ってないんだ……ていうか皆に、変な感じで笑われてる気がするしっ……)


 その自己評価の低さは問題だが――さて、注目を集める原因は、ユリシアだけでなく。

 彼女の右後ろを、付いて離れずの距離で歩く存在にもあった。

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