第7話 十年前―― ★あまりに不遇な女勇者Side

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 これは、十年前の話――ユリシアが六歳で、まだ勇者ではなく。

〝裏切り者の勇者の娘〟とさげすまれてきた、あまりに不遇だった日々の話だ。


 当時の魔王を討伐する責を果たさず、おめおめと帰還した先代勇者は、その上に〟を問われ王侯・貴族から迫害・追放され。


 魔族の領域から程近い国境の、更に辺境まで追いやられて。


 ……魔物の被害など、特に多いのが当然の、そんな地で。

〝裏切り者の勇者の娘〟へ向けられる悪意は、生半可なものではなかった。


『あっ、〝裏切り者の勇者の娘〟だ!』

『アイツの親父が魔王を倒さなかったから、魔族や魔物がいつまでたってもいなくなんないって、村のオトナが言ってたぜ……』

『ふざけやがって……おれの父ちゃん、魔物に殺されたんだぞ……勇者が魔王を倒さなかったせいで……っ!』


〝魔物は、魔王が操っているわけではない〟――その真実を知らぬ者のやり場のない怒りが、まだ幼いユリシアに向けられることを、正当化などできはしないが。


 村の大人たちも腫れ物に触るように、遠巻きに胡乱うろんな目で見るばかりで。

 子供らも噂話を真に受けて、ユリシアに石を投げつける者さえいて。


 ユリシアの両親も――たくましく誠実だった、先代勇者である父は、魔族との戦いで負った傷が悪化し、充分な治療を受けられぬまま息を引き取り。


 優しく穏やかだった母も、最期さいごまでユリシアを心配しながら、永遠の眠りにつき。


 幼い少女は、誰の庇護ひごも受けられず……それでも。


『ちがうっ……おとうさんは、誰もうらぎってなんかないっ……おかあさんが、そう言ってたんだからっ! わたしは、それを信じるっ……いつかそのことを、ショウメイしてみせるっ!』


 真っ直ぐな性根を、一切たりとて曲げることもなく――懸命に、生きてきた。



 ――そうして十年後、先代勇者が封印していた〝勇者にしか抜けない神剣〟を、同じ血筋ちすじたるユリシアが抜き放つと。

 またたく間に王都へ招致しょうちされたユリシアは、魔王討伐の命を王より受ける。


『おお、よくぞ来た、勇者ユリシアよ――〝裏切り者の勇者〟たる先代勇者の汚名をすすぎたくば、見事に魔王を討ち果たしてくるが良い。旅立ちにあたって軍資金をくれてやる、感謝して受け取り、己の責をまっとうせよ! 魔王を滅ぼすまで、王国の地を踏むことは許さぬぞ!』


 放り捨てるように渡された軍資金とやらは、街で安物の服を一着購入するのにも難儀しそうな、はした金。

〝裏切り者の勇者の娘〟と呼ばれるユリシアには、お供の仲間さえ一人もなく。


 城では美女をはべらせ重装兵を立たせる、豪奢ごうしゃな衣装に身を包む肥え太った王から、そのような粗雑そざつな扱いを受け。


 旅立つ直前の、王都の大通りでは。


『オイ聞いたか、例の〝裏切り者の勇者の娘〟が、魔王討伐に旅立つらしいぜ』

『ぷっ……あのみすぼらしいナリで勇者ってか? 娘ったって、あんな身なりじゃ男か女かも分かんねぇぜ』

『でもあんなでも、国境じゃ魔物を簡単に倒しまくってたってウワサだろ? 怒らせたら、何されるか分かったもんじゃねぇぞ……』

『あーあ、魔王とでも相打ちになってくれりゃ、一番なんだけどな』


 口さがない誹謗中傷ひぼうちゅうしょう嘲笑ちょうしょうを受けながら、それでもユリシアは反論もせず。


 ……ただ、一度だけ、一輪の花を手にした少女が、駆け寄ってきて。


『……あ、あの、おねえちゃん、がんばってっ。あたしのパパ、むかし、ゆーしゃさまにたすけてもらった、って……だからいまも、いきてられるって。だからあたしも、おうえんするっ。がんばって、おねえちゃん……ううん、ゆーしゃさまっ』


『! ……うん、ありがとう。……ありがとう、ね』


 にこり、微笑んだユリシアが、ささやかな一輪の白い花を受け取って。


 ……ただ、そんなことだけでも。

 たった一つのことに、随分と、心を救われた気がして。



『……よしっ。がんばるぞ―――むんっ!』



 ぐっ、と両手に力をめ、魔王討伐へと旅立った。



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 ……そんな勇者ユリシアが、もうじき、人間たちの王国に帰還することになる。



 果たして人々は、彼女を、どのように迎えることになるだろうか―――?

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