第6話 魔王が仲間になりたそうに勇者を見ている――そんな魔王の素顔とは――!

『ああ、それじゃ俺も、勇者ユリシアに付いていこう』


 あっさりと言ってのけたのは、――魔族たちの王として君臨する、いわば最高責任者。


 誰もが呆気あっけに取られ、しばし沈黙に包まれた玉座の間で、ようやく声を上げたのはツッチーだった。


「な、な、なっ……何を言っておられる――!? 何度も申しますが、ご自分の立場を理解しておいでか!? アナタに何かあれば、我ら魔族はどうなります!? 魔王自ら敵地に飛び込んでいくなど、聞いたこともありませんぞ!?」


『とはいえ、この純真にして無垢むくの象徴ないし可愛さの化身けしんたる勇者ユリシアを一人で帰しては、先代勇者の二の舞となるのは目に見えている。どころか、それ以上の非業ひごうに襲われてもおかしくない。おまえ達とて、今や彼女にそんなき目を見せたくなかろう? 大体……勇者でもない、たかが自国に引きこもって思うまま豪遊するだけの惰弱だじゃくのカス王に、俺をどうにか出来るとでも?』


「それは、まあ……そうですが……しかし、何か予期よきせぬトラブルの可能性も……」


 ツッチーはまだ心配しているようだが、そもそもの問題として、ようやく我に返った勇者ユリシアが提起ていきするのは。


「ちょ、待っ……それ以前に、魔王が人間の国になんて来ちゃったら、みんなビックリしちゃうってば!? 大騒ぎになって、話し合いどころじゃないぞ!?」


『ふむ、確かに。クックック……先を見越した的確な意見、賢い、賢いぞ勇者よ。今すぐにでも頭を撫で、褒めそやしてくれようか――!』


「い、言ってる場合かあっ!? だから、魔王を連れてくなんて無理で――」


『フハハハ……なに、その程度の問題、何ということはないさ。まあ、見ているがいい。では……―――』


「えっ。……魔王の顔の、が、……え?」


 魔王が闇顔の前に、右手の平を寄せると。

 魔王の顔面を覆っていた闇が、徐々に、徐々に、晴れていき。


 まるで―――分厚い雲の隙間から、銀色の月が顔を覗かせるように、艶やかな銀髪が躍り出て。


 その顔も魔族というより、人間と変わりない……いや、精悍せいかんでありながら、あまりにも端正たんせいに整い過ぎて、やはり人間離れしているというべきか。


 左目は燃えるような紅の瞳、けれど右目は片側のみの仮面にさえぎられて見えない。とはいえ、それが卓抜たくばつな風貌を妨げる要素になど、なりもしないのだが。


 禍々まがまがしい闇を纏う魔王の姿から、一転して人間にしか見えない美青年と化した彼に、ユリシアはつぶらな眼をパチクリとまばたかせて呟いた。


「え、え、え……ま、魔王……えっ? ……魔王、なの?」


「ふう、やはりあの鬱陶うっとうしい闇、無いほうがスッキリするな。身バレを防げるのはイイが、普通に邪魔だし。……ん? 勇者ユリシアよ、どうした?」


「………………」


「? ……ハッ、まさか――!?」


 ぼう、とユリシアに顔を見つめられ――魔王はカッと左目を見開き、彼女へと早口でまくし立てる。


「フハハどうした勇者、何か、何をか言わんとしているのか? 例えばそれは、アレではないか? 〝カ〟から始まり〝ッ〟と繋ぎ〝コ〟と合わせ〝イ〟と伸ばし〝イ〟に終わる、そんなコトを考え口走ろうとしているのでは? クッ、クハハッ――構わん! 心のままに述べるが良いわ――!」


「……へっ、あっ、ごめん魔王! ちょっと考え事してたのと、あと妙に早口な上に回りくどすぎて、全然聞き取れなかった!」


「そうか、なるほどそうか……ではゆっくり、そう……〝熱中症〟をゆ~っくり、発音してみるとか如何だろう?」


「魔王様、みっともないですよ」


 サラにスパッとツッコまれる魔族の最上位存在、魔王。鮮烈せんれつな顔見せを決めたはずなのに、何だかまたたく間に残念になっている気がする。


 と、今も少しほうけた様子のユリシアが、ハッと気を取り直して言うのは。


「あっ、えっと、その……ごめん、そんなわけないはずだけど……何だか前に会ったことがある気がして……勘違いだっ、ボーっとしちゃってごめんっ」


「ふむ。……ククク、なに、構わん。それより、話を進めるか」


 勇者の謝罪をあっさりと受けれ、魔王は早々に本題へと話を戻す。


「さて、見ての通り、これが俺の素顔だが……どうだ、これなら人間の国へ入ったとて、さほど違和感はなかろう。旅の最中、勇者の仲間となった、というコトにしようか。それに俺が付いていった方が便利だぞ。浅愚せんぐな王どもの追求など、俺なら舌先三寸でかわせるし、ついでに先代勇者の名誉も取り戻してやろう。それに、南の王国くらいなら――魔法一発で飛んでいけるし、楽だぞ~? どうだ、仲間にしたくなったろう? 魔王、売込うりこみ


「えっ、えっ……ここから王国まで、飛べるの? すぐに? す、すごいけど……それって、いつでも人間の国に攻め込める、ってこと?」


「俺がその気になればな。まあいくさ自体が面倒だし、南側に知的生命体が存在しない状態になるのも面倒だから、当面は考えてないが。誰もいないと、湧くんだよな、魔物が。だからまあ程々に、大人しく生活してくれれば一番なんだが……先代勇者を裏切り者と不当におとしめているコトといい、目障めざわりも度を越せば粛清が必要だろう」


 心底から面倒くさそうな魔王の顔が――けれど一転、楽しみを見つけたように、愉快そうな笑みが浮かぶ。


「が、勇者の栄誉ある凱旋がいせんだ、演出は必要だろう……ククク、フハハッ……奴ら衆愚しゅうぐの極みたる人間どもの、驚愕きょうがくに染まる顔が目に浮かぶわっ……さあ、勇者ユリシアよ、覚悟するがいい……!」


「っ!? な、なんだ、魔王ッ……一体、何を企んで――」


「さあ、お着替えのお時間だッ――メイドのサラよ! 可憐かれんなる勇者に、うんと似合う衣服を見繕ってやるが良い――!」


「えっ。……え、えええ!? いや国に戻るだけなのに、着飾る必要はなくない!? て、ていうか、心の準備、っていうかぁ……」


「かしこまりました、魔王様。さあユリシア様、別室ドレッシングルームへどうぞ……堂々と凱旋、がテーマですから、ドレスは過度な豪奢ごうしゃではなく、動きやすさを重視すべきですね……せっかくですし、御髪おぐしも整えましょう。潤いの素質を感じる、せっかくの髪質……水を支配せしわたくしが、完璧に仕上げてみせましょう」


「水の四天王の能力、そんな感じで使っちゃって大丈夫なんです!? ちょ、サラさん、押さないでってば~~~!?」


 平静に見えるサラだが、どことなく楽しそうで――ユリシアと二人、きゃいきゃいと騒ぎながら玉座の間を出ていく。


 そんな二人を見送った魔王は。


「ククク……可憐ながらもくたびれた旅装の女勇者が、果たしてどのような変身を遂げるのか……見ものではないか! フッ、フハハハハーッ!」


「魔王様……喋り方アレなだけで、なんかミーハーな感じっスね……」


 ツッチーが呆れ気味にツッコむ中、魔王の高笑いが愉快そうに響いた。

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