第5話 魔族と魔物の真実と、女勇者ユリシアの選択

 さて、四天王であるツッチーや、メイドのサラ(本人がメイドと強く主張)と、なぜか親交を深めていた勇者ユリシアが。


 順調にお腹も満たされた安堵感からか、もはや剣の柄に手を伸ばす気にもなれないらしく――魔王エンデへと尋ねる。


「魔王。ちょっと、その……聞いていい?」


『クックック……何だ勇者ユリシアよ。ケーキだろうか、それともそろそろ湯浴みの時間か、ドレスの準備は万全だぞ――泊まる場所がなければ、魔王城でも最高級のスイートルームを用意しよう! 向こう千年くらいは滞在して頂いても、一向に問題ないが――!?』


「千年ってなに!? 魔族基準!? そ、そうじゃなくて……戦いの、ことなんだけど。その、私はおまえ達と……サラさんやツッチーとも話すことが出来て、思ったんだけど……話し合いで解決できるなら、戦う必要なんて無いんじゃないのかな? 勇者と魔王だからって……別に、そんなの」


『フム。……うむ、勇者ユリシアよ、キミの言う通りだな。ククク、何か要望ようぼうがあるなら、何でも申してみよ――!』


「! ほ、ホントに!? よ、よかったぁ……それじゃ、お願いがあるんだ! まず、魔物に人間を襲われたり、侵攻させたりするのを、やめて――」


『あ、それは無理』


「なんで!? 何でもって言ったじゃんっ! ぬか喜びなんだけどっ! 嘘つきと闇堕やみおちは魔王の始まりって言葉、知らないの!?」


『そんな言葉は魔王も初耳だが……フム』


 闇顔で表情は分からないが、魔王が考え込む素振りを見せると――おもむろに、ツッチーが狼じみた大口から牙を覗かせ、ユリシアに問う。


「……というか人間どもは、我々魔族が魔物を操り、人間を襲わせていると思っておるのですか?」


「えっ? ……う、うん、魔王が魔物を支配して、人間の国を侵略してる、って……ずっと昔から、子供たちもそういう教育も受けてる、って聞くし……それが常識として、知られてるけど」


「ほほう、なるほど、そういう……人間は、やはり愚かですな」


「? ?? えっ、あの、どういう……」


 戸惑うユリシアに、メイドのサラが助け舟を出すように口を挟む。


「……ですが〝そういう教育も受けていると聞く〟という言い方からして……ユリシア様は、そのような教育は受けていないのですね?」


「あっ、うん……私は生まれ育った場所が、人間と魔族の国境に近かったから……人間側の王国に近い場所みたいには、教育を受けてなかったんだ。まあだからこそ、魔物からの被害に関しては、良く知ってるつもりだけど……」


「なるほど。それならむしろ、真実を理解しやすいかもしれませんね」


 サラの言葉は不明瞭ふめいりょうだが――補足の言葉を繋げたのは、魔王その人で。


『勇者よ、一つ問うが――キミは犬や猫が好きというお可愛らしい嗜好しこうを持っているようだが、意思疎通はできるだろうか?』


「えっ、それは……できたらいいな~、とは思うけど……賢者の使う魔法でもないと、できないはずで……」


『うむ、そのはずだ。では……魔物というのが〝魔力を有した〟であり、魔族を仮に〝魔力を有した人間に近い種族〟と仮定するならば……俺たち魔族は、魔物と意思疎通できるだろうか?』


「へ? 魔物が……獣? え、でも、人間側の常識では〝王が操り支配する怪〟のことを、と呼ぶんだって……え、でも、だって……違う、の?」


『うーん、魔物を操って支配したとか、それで人間の王国に侵攻したとか、そんな、俺だけでなく歴代の魔王も、考えもしないはずだがな。その辺り、キミの父上は……つまり先代の勇者は、知っていたはずだが』


「………え………?」


 突然に父の話が出て驚くユリシアに、今度はサラが丁寧に説明を始めた。


「ユリシア様、わたくしは先代以前の魔王にもつかえていたので、存じております。まずこちら魔王エンデは、即位からまだ十年ほどしか経っておらず……ユリシア様の御父上である先代勇者と対峙したのは、先代の魔王なのでございます。そして、その戦いの折に、今しがたユリシア様が知った魔物の真実について知り……そして、もう一つの真実を知ったのです」


「も、もう一つの真実? それって?」


「わたくし共、魔族の国――取り分け四天王を含む魔王軍は、北から襲来する魔物の侵略を、長きに渡って防ぎ続けております。まあほぼ獣なので侵略というより、縄張りの拡大という様子ですが……その力と数は魔族からしても強力。異常な魔物ならわたくしども四天王に匹敵する個体さえいる始末です。そのような魔物と北側で戦いながら、南側の人間の国へ侵攻しようなど、議題にも上がりません。たまにしか」


「たまには、上がるんですね。……でも、それをお父さ……父である先代勇者が知ってた、って……つまり」


「ええ、要約いたしますと――魔族でも最大の力を持つ魔王を滅ぼせば、結果的に人間たちも防波堤を失うことになり、北からの魔物の侵略は人間側の領土にも及ぶ。世界は、そう長くない期間で、滅ぶことになるでしょうね。それを知ったから、先代勇者は先代魔王を倒さず、自国へ帰還したはずですが……」


 そう言われて、現・勇者ユリシアは、沈んだ表情でうつむいて呟く。


「……そんな話、聞いたことない……みんな、先代勇者は魔王を討つ責を果たさず、おめおめと帰還した……〝裏切り者の勇者〟だって。だから、私やお母さんは、国境の村でも、仲間はずれみたいにされて、更に辺境に追いやられて……でも、だけど、そうだ」


 ユリシアの少女らしい小さな手が、痛々しいほど、ぎゅっ、と握りしめられて。


「お母さんは、病気で亡くなる最期まで言ってた……〝お父さんを、信じてあげて〟って……裏切り者なんかじゃ、ないんだって。だから私はそれを証明するため、勇者にしか扱えない神剣を受け継いで、王国の要請で魔王の討伐に……でも、今の話が真実なら……お母さんの言葉の意味だって、お父さんが魔王を倒さず帰ってきたことだって、辻褄つじつまが合う……」


 今にもあふれそうな涙をこらえるユリシアに、続けてツッチーが口にするのは。


「……そもそも人間の国など、我ら魔王軍が本気を出せば瞬殺。ゆえに、いっそ滅ぼしてしまえと唱える過激派もいるが……それをさせぬのも、魔族に対抗できる勇者という規格外の存在があるからこそ。だからその、まあ何だ……結果、愚かなる人間どもを本当に救っているのも、勇者という存在だからして……ううむ、我ら魔族にすれば目の上のたんこぶだが、まあ魔族は個の強さを重んじる種族ゆえ、勇者の強さには敬意を表する者も多くてですな……だから御父上殿も、うむ……」


「……モフモフさん、慰めてくれてるの……?」


「いや誰がモフモフさんですかツッチーで……えっ? ……いやツッチーじゃねーわ! 我はアースウ、フォル、ディ……? アレっ、長いな……ええと……とにかく誇り高き四天王じゃい!」


 ちょっぴり心配になる四天王、即ちツッチーの様子だが、それはともかく。


 話を聞き終えて、勇者ユリシアは、俯けていた顔を上げ。


「――サラさん、ツッチー。それに……魔王エンデ。話を聞かせてくれて、ありがとう。話の全てを鵜呑うのみにして、いきなり全てを信じることなんて、さすがに出来ないけど……でも、私、決めた」


 そのつぶらな金色の瞳には、強く、強く――決意のきらめきが、宿っていて。



「私、人間側の国に――王国に、戻る。そして王様や臣下に、真実を問いただす。父の……先代勇者の汚名を晴らして、魔族の誤解を解いて。人間にも、魔族にも、どちらにとっても……より良い未来を見つけたい――!」



 女勇者ユリシアの決意は、誠心誠意の真実で、真っ直ぐな心根ゆえのものだろう。


 けれど、その美しくすらある希望が――本人とて、何事なく実現するなどと、夢想むそうしてはいないだろうが。



 ユリシアの無謀とも呼べる行動に――手を挙げ、言葉を投げかけたのは――?

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