第10話

『立派な侍になってね』


 脳内で数え切れないほど繰り返して、また繰り返す。金縛りに似た何かが僕を締め上げて離さない。

 僕は動けずにいた。

 力が出ない。涙も出ない。

 こんなことをしている暇はないのに、終わらないリフレインを聞いたのはもう何回目だろうか?


 たった二日間、実質には出会って一日ちょっとくらいの関係でしかないのに、母と弟が居なくなったことを知ってしまった時と同じ悲痛な喪失感と一人ぼっちになってしまった孤独感が僕にのしかかる。

 漠然とした不安と後悔が僕を染めていく。どうにかしたいのにどうしたらいいのか分からない。動きたいけど動かし方を忘れた。

 僕がもっと優秀ならあいちゃんは消えなくても良かったのかもしれない。消える事態を回避できたのではないかって、その思いが僕の力を奪っていく。


『わんちゃん』


 はじめの出会いが強烈過ぎたのとゲームという濃密な時間を過ごしたからだと思う。

 初めての出会いの時のことを今思えば、きっと僕が壊れそうなくらい心が折れて落ち込んでいたから、無理矢理にでも元気を出させようとしてくれていたのではないか。

 なによりあいちゃんは自我が目覚めたばかり、生まれたての赤ちゃんのようなものだろう。それなのに僕は貰ってばかりいる。お金を支払うという話ではあるけど、その額以上のものは受け取った。

 そして僕に出来た初めて友達なのに、僕は彼女に何もしてあげれていない。

 時間制限があってこんな少ない時間しかないのに。二日前とは比べることが出来ないほど強くしてもらったのに。外の世界もこんなにも見えるようにしてもらったのに。

 僕は彼女にお世話してもらっただけで何も返せてない。

 

『これでいいのか?』


 初めて声が聞こえた。聞き慣れた僕の声。不安が一時的に消えていく。


――いいわけない。

 だけど今の僕に何が出来るというのだろうか?


『だけど本当にそうなのか?』

『強くしてもらった今なら違うよね?』

――そうだ、僕はもう空術士なんだ。


 分割された精神が一つに戻ったとしても僕には僕の味方の僕がいる。それも二人。この二人の喝がなければ、力を得たとしても僕は以前と同じ弱虫の最底辺のままだっただろう。

 それにこのまま腐ってなんていられない。あいちゃんの行動を僕自身が否定して無駄にすることになってしまう。

 そう、空術士であるならいずれきっとハルくんのような強さを持つことだって出来るはず。

 あいちゃんだって言っていたよね。必要なのは強い精神力だって。


 言われたことを思い出す。僕の最終目標は亡くなった二人にもう一度会うこと。それにあいちゃんが加わるだけなんだ。

 

 もう一度会いたい。ありがとうと伝えたい。おかえりって言いたい。ごめんね、もっと強くなるからって。


 そうだ。考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ! 心を折るな! 考え抜け! 圧力に負けるな! 頭を使え! 最適解を導き出せ!

――ヒントは無かったか? もう一度思い出せ!


『あいちゃんは何だった?』

――AI案内メールに自我が目覚めた存在。

 気配察知に掛からなかったけど、自我に目覚めてからは存在感が増した。触れることは出来なかったけど、確かにそこにマナはあった。

 

 さっきハルくんはなんて言ってた? 

――実体のあるものと実体のないマナ。

 案内メールそのものがサーバーに還ったとしても、目覚めた自我を魂と仮定するならあいちゃんはまだこの部屋にいる・・・・・。この感じるマナの中にいる可能性が高い。


――ゲーム。

 散々連れて行ってもらったから、あの時間の流れを活用出来るのであればなんとかなるかもしれない。だけどゲームをそのまま使うことだけでは足りない。必要なのは現実世界の時間をゆっくりにすること。あいちゃんの魂を分散させずに、この部屋に固定させること。

『改造出来るか?』分からない。『補助術式を使えばいい』ともう一人の僕の声が聞こえた。

 あ、僕はすでにこの術の使い方を知っている。なにせもう一人の僕が別空間で特訓してきたのだから。

 

 名前は「高速演算術式スバル


 発動させると小さな青い鳥が出て来た。

 この鳥がスバル。

 スバルは僕にしか見えないように隠蔽が施こされているらしい。そしてスバルと僕の脳内が繋がっているように通じ合える。


『この部屋一室だけを心界による仮想現実ゲームにして別世界のように現実と隔離させる。そして現実世界より時間の流れを停止するように緩やかにすること』


 スバルの返答は『可能だが非現実的』だった。この短期間で術式構築とシュミレーションした結果まで見せてくれた。術式行使はそこまで難しくなかったが、精神力消費が途轍もなく高すぎて数秒ほどしか維持出来ない。


 それなら、精神力消費を極限まで減らすには?

――圧縮。

 大きいのなら小さくしてしてしまえばいい。『ゲーム化した部屋をサイコロ並みに小さくすれば可能ではないか?』


情報化データ出来れば可能』と返答。

 とりあえず一日は持つくらいまで削減は出来た。

『術の名前、決断』


 術の名前を決めてくれってこと?


「え? どうしよう?」

『ルーム』

『ルーム』

 

 あ、部屋ね。名付けセンスはこんなものだろう。僕しか使わない僕だけの術だし『秘密基地ルーム』にしよう。


『確認。希望時に発動可能』


 圧縮込みのゲーム改造が終えた。まだ改良の余地はあるけども、あいちゃんの魂だけを摘出出来れば精神力の消費量は格段に減るらしい。なのであいちゃんを見つける『検索』と必要なもの以外を取り除く『分離』も組み込んでもらおう。つまり検索に引っ掛からなかったものは適時排出していく仕様だ。


 ハルくんも言っていた。マザーは精霊種を受肉させるための種を生み出せると。

 海の危険度は誰でも知っている。だけど消去法で残るのがこれしかない。

 マザーを守る種族は排他的性格を持ったものがほとんどであるらしい。そんな彼らが種を簡単にくれるとは思えない。森や山に侵入しただけで種族間問題と国際問題にまで発展することだってあり得る。エルフは特にそうだから。

 海の種族がエルフとは違うとは言い切れないけど、方法がこれしか思いつかない。

 種を貰い、ルーム内であいちゃんに受肉してもらい精霊種として復活させる。


 そうと決まれば海で戦える手段より生き残れる術の開発をしなければならない。

 それは溶けるという理由が一番大きい。金属も衣服も肉体も耐性負けすると溶けて消滅するらしく、酸素ボンベなど装備品は役に立たない。

 強烈な濃度のマナがそうさせるのかは今でも謎である。そして海で生き残っている個体は異常なまでに強い。未知の世界であり、人外魔境とはこのことを言うのだろう。


 マナに負けないための防御術と酸素供給を常に維持出来なくては戦うどころの話ではない。酸素不足に陥ったら上昇することしか出来ない。海中で逃げ切ることも出来ない。だから色々改良していかないことが多くある。やらないといけない事は山積みだ。時間切れでゲームオーバーってことだってあるだろう。それでも現時点ではやるべきことが見えたお陰で、暗闇に小さい光が差し込んだ気分だ。


 今は無理なことでもきっと出来る。

 なにせ僕はまだレベル1。伸び代だらけなのだ。

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空にもゆる 大神祐一 @ogamidai

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