第11話

 今のやるべきことは、ダンジョンでレベルを上げていくこと。

 

 学校のダンジョンはランクがあり、飛び級のようにあいだを抜かして次に進むことは出来ないために、一つ一つクリアしなくてはならない。

 現時点での僕は超初級のランク1。クリアするのは問題ないと思うが、先ほどの海対策の練習をしながら先に進みたい。少しでも時間を有効活用したいから。


 ただハルくんから受け取った刀が手元に二振りある。僕の分と妹の分だ。このまま家に放置していると「とても大事なモノなのにー」とか「私の部屋に勝手に入ってー」とか、五月蠅そうな展開が待っていると予感が告げている。先に中学校に寄ってからにしようかと思うのだが、とても気まずくて本音では寄りたくない。


「だあー、もう――」


 やる気出して頑張っていこうという時に、お届け物するだけで弱気になっている自分の心の弱さが恥ずかしいし、こんなことで迷っているのも馬鹿馬鹿しい。

 そうだ。無心になろう。

 二振りの刀を持って玄関を出て鍵を締める。

 心頭滅却すれば火もまた涼し。堅忍不抜けんにんふばつ、明鏡止水、無我の境地に至れば、気まずいものも逆に心地よいそよ風のように優しく軽やかに流れていくかもしれない。

 空術士としてスルーするスキルくらい身につけとかないとね。


 足場に空気の階段ステップスを創り、宙を駆け上がる。

 前方の空気を体全体で吸い込み、体を伝わせて後ろに吐き出す。前の空気を後ろに弾き飛ばす。そのことで前方に真空を作る。真空は周りの空気を掻き集めるため、僕を含めてその場に吸い込まれる。真空と僕の側の空間を繋げれば、吸い込まれた空気は吐き出されるように噴出され、僕は推進力を得られるという理論。掃除機の仕組みを参考にした真空バキューム法である。

 

 何事もそう簡単には事がうまく運ぶわけではない。自重を支えれなければ落ちていくし、バランスを保つのも難しい。明らかに失速した場合はもう一度足場を作り直し、やり直す。折り重ね術式ティシュを使っても、すぐに回数切れを起こす。はっきり言うと燃費が悪すぎる。

 でもこの移動術を使いこなせればきっと海中でも役に立つはず。

 

 術の使いすぎで疲労困憊になりつつもなんとか中学校に到着することに成功した。

 正門近くにある守衛所にいた男性に、妹に届け物をしたいと用件を伝える。

 すると守衛さんに話しかけている最中にグラウンドから黄色い声が、聞こえてきた。

 

「あれ、七海のお兄ちゃんじゃない?」「絶対そうだって」「でもバンダナ巻いてないよ?」「今日は素顔だ」「凄くカッコよくなってる」


 授業でグラウンドに降りてきた生徒たちが僕を発見して、おかしな反応をみせた。

 思ってたのと違う。なんか予想していたのと全然違うぞ。

 なんてことだ! もうすでにスルーすることが出来ない。


「兄さん!」


 そのクラスは妹の七海の所属していた組だったようだ。一人でこっちに向かってくる。

 戸惑いを隠せない怒った表情だったので、余計な言い訳はせずに「はい、これ」と刀をすぐに手渡した。


「ふわっ、これってもしかして……。持ってきてくれたの? ありがと〜」


 刀を持ってくると予想はしていなかったようだ。ハルくんに見せられた時からこの刀にかなりのご執心のご様子でしたから、それはもう心から喜んでいるようで。その姿に周りの女子たちが、より甲高さを増した声をあげていく。


「見た見た?」「とびっきりの笑顔で喜んでるわ」「兄妹愛尊い」「ありがたやありがたや」「あんな凄そうな刀をプレゼントするなんてどれだけ愛してるの〜」


 頼むやめてくれ。プレゼントしたのは僕じゃないんだ。僕はただの運び屋です。

 あることないことを言われて心が辛い。慣れてなさすぎて精神崩壊を起こしてしまう。

 だけど、不満に思う生徒も一定数はいたようで、数名僕に詰め寄ってくる。


 「先輩、俺らも相手してくださいよ」「まさか逃げませんよね」「ねえ、いいでしょ?」


 なぜだろう? 絡んで来るやからの方がやりやすい。

 授業始まるまであと数分あるから、勉強させてくれよと絡んでくる七海のクラスメイトの男の子たち。いきなりやってきて女の子の注目を浴びてしまった僕がしゃくに障ったのだろう。

 ちなみに不可抗力なんだからね。


「鬼ごっこならいいよ」


「ちなみにレベルは?」と聞くと「5〜10」らしい。あ、レベルは僕より格上ですね。

 それでも年下相手に殴る蹴るは止めておこう。うん。これは僕のプライドである。


「合図、よろしく」近くの妹に頼む。「りょうかーい」妹が双方を見合って確認する。


「いざ尋常に、はじめっ――」


 合図と同時にこちらに向かってくる男子五名。五人の攻撃をかわしながら、真空バキュームを使って相手することにした。


 殴りかかってきた右手を掴んで、手の先端に真空を設置する。

 だが、まだ発動はさせない。その要領で残りの四人にも軽く触れていく。

 ハルくんと対峙したときの失敗が死に直結する、あの切迫して張り詰めた空気が漂う緊張感を経験したおかげか、年下五人では本当のお遊びに思えてしまう。

 五人全て設置完了したので、タイミングを見計らう。正直なところまだバキュー厶力は強くないので、固まってもらわない限り発動しても効果が弱くあまり意味がない。

 どうしようかと思案するも、とりあえず動きを止めないといけない。


――少しだけ殺気を込めた闘気を放つ。突風が相手目掛けて吹き荒れる。


 その隙に距離を詰め寄る。

 放たれた闘気に少し膠着こうちゃくしてしまった事に恥ずかしさで我を忘れたか、僕に殴りかかってくる五人の生徒。

 左足を後ろにずらしておき、接触するタイミングで体を後ろに引き寄せる。

 後は発動したバキュームがお互いを引き寄せ合う。背中を見えない壁が押さえつけられていくように、五人が固まって小さいお山が出来たら、これにて鬼ごっこ終了。


「そこで何してる!」


 先生に見つかった。「ん、天良樹か?」


「兄に授業が始まるまで五人だけ・・・・ご指導頂きました」


 先生の問いに妹が、僕が返事するより先に回答する。

 ただその言い方やめて。嫌な予感がひしひしと一分いちぶの隙間すら埋めていくように場の空気を塗り替えていってるから。


「時間が許すなら残りも指導してやってもらえないか? 格上との戦いはこいつらにとっていい経験になる」


 なんでこう嫌な予感がする時は百発百中なのだろうか。


「「やった~」」


「次俺」「次私」など巻き起こるやる気に満ちた歓声。もう逃げられそうにない。なにより近くにいる妹がやる気満々なのだから。


 そして結果発表。

 先程のを合わせて5組×8セットを完封した僕。いや、やってしまった僕。その中には勿論妹の組も含まれている。

 そして現在は四十人のクラス全員での鬼ごっこが始まった。

 もう滅茶苦茶だ。カオスだよ。僕の休憩タイムはどこにあるの?


 ハルくんとの心界による仮想現実ゲームでは酸素カプセルのような術を使ってくれていたからか肉体的疲労はそこまで気にならなかった。

 凄いよね。600年疲れ知らずで走らせる事が出来るって。する方もする方だけどサポートする方も大変だよね。今その事を知ったよ。ありがとうハルくん。


 少しの現実逃避も終わり、今回は五人まとめるとかはしない。ニ、三人を目処として真空バキュームで引き寄せくっつける。

 ちなみにくっつけて転ばせても効果が切れると復活して追いかけられる。なにせダメージというダメージは与えてないから。

 空気の階段ステップスを使って宙に逃げようとしても、流石侍を目指している学生たちだ。凄まじい跳躍力で簡単に手を届かせる。妹はこちらが使った階段を利用して攻撃してくるんですけど、一体どうやってるの? 隠蔽使ってるのにさ。

 

――授業を終えるチャイムが鳴る。


「指導して頂いた先輩に、礼!」


「「ありがとう御座いました!!」」


 はあ、はあ、やっと一息つける。なんとか逃げ切った。


「また遊びに来てね、鬼ーちゃん」


 僕は君たちのお兄ちゃんではないぞ。息切れして喋るのがしんどいから、手を振って応えるだけにしておく。

 生徒たちはグラウンドを後にして、教室に足を進めていく。

 僕が座っているところに先生が腰を下ろして話しかけてきた。


「暫く見ないうちに見違えたな。お前の努力が実を結んだようで先生は誇らしいぞ」


「あ、ありがとうございます」


「あの頃は少しでも触れると崩れていきそうなくらいあやうかったが、今を見るとそんな心配は要らなさそうだな」


「今もですけど、特に中学時代は必死でしたから……」


「そうだな、心眼を会得するのは困難だっただろう。東條院を中心としたグループに目をつけられていたからなあ」

 

「とうじょういん……?」


「ああ、お前の婚約者だった同級生だよ」


 あー、そういえばそんな名前だった気がする。婚約者と言われても言葉だけで親しい間柄ではなかったし、すでに婚約破棄されているのだ。

 もうすでに無関係である。


「東條院の家は権力も実力もある。こんなこと言えた立場ではないが気をつけろよ」

「はい、ありがとうございます」


 目を開けてみると色んなことに気付く。先生は中学時代から僕のことを少しは気にかけてくれていたのだろう。

 自分に必死過ぎて、僕に近寄るなオーラを出していた。その事が全ての周りとの距離を開く要因にもなった。

 色狂いと非難してきたのはほんの僅かでしかないのに、全てが敵だと勘違いしてきた弊害なのだと気付く。

 でも仲良くするかは別問題ではあるが。


「今日はありがとう。あまりサボりすぎるなよ」


 先生はそう言って校舎に向かって行った。なんだかんだで収穫はあった。東條院の名前も聞けたしね。

 さあ次は、今度こそダンジョンへ行こう。

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