第8話

 同一人物ではあるけど、この二人――いや三人か、一人はどっか行ったのだけど――身を分ける理論は一体全体どうなってるのよ? 分身したら弱くなるんじゃないのか? いや少しは弱くなれよ。全く歯が立たないじゃないか。


 二人のハルくんは兄妹それぞれ一対一で相手をしているのだけど、分かれる前と大差ない動きで圧倒している。

 集中力を限界まで増して、ハルくんの挙動一つ一つを見逃さないように見張っているのに何がどうなっているのか全然分からない。


「集中して集中して、全集中ー」


 言われんでも集中してるわい。

 ノーモーションなんてあり得ない、存在しないと信じたいからきっと無駄を極限まで削ぎ落とした極致なのだろう。


「あああ、また負けたーー」


 向こう側では七海の悔しそうな敗北の声。

「まだまだあぁ」もう何千回と繰り返していても、あの負けん気が七海の凄い所だと思う。「両方とも私のものだあアァ」


 物欲かよ。


「あいちゃんのこと悪く思わないでくれよ」


「え?」


 突然何言い出すの。


「彼女にはあまり時間が無いから。出来る限りのことを精一杯やるのに必死なんだよ。」


 どういうことかと思いながら、でもハルくんは攻撃をやめてくれるわけではないから攻撃の軌道に合わせて手足を使って、流れをずらす。まだ僕は空気そのものを使えるわけではない。それでも闘気を微弱ながら使えるから、肉体に纏わせつつ対抗している。真っ向から勝てないなら横か斜めに打てば、多少軌道をずらせるのだ。手加減してもらっていることに気付いているから複雑な心境ではあるけど。

 そういえばあいちゃんは自分のことを使い捨てのメールだとか言っていた気がする。その事を言っているのだろうか。この時の僕は、そのことを軽く考えていた。時間がないと言っても保存できるメールがあんなにも早く消える運命にあるとは思っていなかったし、僕が捨てなければいいだけなんだと思っていたから――。


「時間の限り仲良くやってくれ。こんなケース俺も初めてだからどうなるかよく分からんが。

 でもまあだいぶ対応出来るようになったから出力を上げていくぜ」


 あ~もう〜、さっき出来てた事が出来なくなる。また思考の組み立て直しかよ。



**



 天良樹空鵺あまらぎくうやが通う高校の教室での朝のホームルームが終了した時間帯。


 担任から本日の連絡事項が手短に伝えられた朝の8時20分――この時を見計らったかのように異変が起きた。


「今日もいい天気だね。まるでデスゲームするにはうってつけの快晴だ。皆で遊ぼうぜ」


 見た目は未就学か小学生低学年の男の子のいきなりの登場に、クラス内がガヤガヤざわめく。


「なにあの子」「生意気なガキがいるぞ」「なんだあれ、宙に浮いてる?」「デスゲーム?」「迷子じゃないよな?」「映画とかの撮影とかじゃないよね?」


「おい、お前、ここは無関係者は立ち入り禁止だぞ! 今すぐ立ち――」


 教師が取り押さえようと動き出した瞬間、


「さあ、心界による仮想現実ゲームをおっぱじめようぜ」


 教室からの突然の舞台変更が行われた。白い見たこともない心象世界。やる気満々の少年は既に復活、折り重ね術式ティシュを使い、何回でも復活出来るように四十人の体の中に設置していた。たが彼はそんな事は全く説明する気が無かった。これは所謂いわゆるお仕置きなのだから。


「男も女も関係なく罰ゲームは『色狂い』にしようか。好きなんだろ色々と」


「はぁふざけんな」


「心配するなって要は俺に負けなければいいんだよ。頭数揃ってるのに一人のガキ相手にビビってんの? ダセぇ~」


 少年は四十人が固まった密集地帯へ瞬間移動したかのようにそこの中央に立っていた。

 戸惑いを隠せないまま挑発に乗る学生たち。殴りかかるも彼に触れることすら出来ずに手を出した腕がぽつりぽつりと落ちていく。


「「アアあアぁあアがグッァァァ」」


「片腕、切り落とされたくらいで騒ぎすぎ」


 学生たちを中心として半径10メートル程の透明の球体を作成し、少年はその場を消えたように離れた。透明ゆえ閉じ込められた事に気づかない学生たち。おりの表面が光りだした。


散千雷ちらちら


 光りだした球体の表面はマイナスの電荷であり、中央にいる者たちはプラスの電荷にあたる。そして負の電荷と正の電荷が引き合う。

 球体に閉じ込められるように包まれた彼らに向かって、全方位から透明な樹木が突き出すように生え、木々から花びらが舞うように降り注ぐ。「きれい」だと認識したときには肉体は数万度の超高温の電気により蒸発していく。痛みを感じる余裕すらなく球体の中は眩しい光を発して消えていく。

 発生した爆音と突風は球体の壁に遮られ外に漏れることはない。


 球体が消え、そこには焦げた跡すら残さず、彼らは空気になった。


 白い世界に映像加工エフェクトがかかったように無数の青白い淡い光が、教師を含めた四十人分を復活させた。

 何が起きたか理解出来ずにいるが、光に虐殺された記憶だけが心に残っている。

 誰もが「あり得ない」と思っても、恐怖という感情は残っている。


「次は切り合う?」


「殺せ!」


 その言葉に反応した教師は自分で動かず、生徒に命令する。だが真っ先に動き出せたのは僅か五人。ただ比較的強い心を持った将来有望な侍予備軍。

 今まで彼らなりに鍛えに鍛えた肉体は、裏拳で相手の頭蓋骨を粉砕出来る腕力を持っている。彼らは武器を持たずとも戦えるよう、いくつかの手段を持てるように幼い頃から訓練されている。

 さらにレベルアップの恩恵を受けているため自信すらあった。相手は小学生。腕力勝負に持ち込めばいい。大規模な術を使わせないように至近距離ならと。


「たったそれだけかよ?」


 少年は不満がった。拍子抜けもいいところだと。弱者を虐めるときは大袈裟なほど生き生きしているのに、相手がちょっと強くなるとここまで駄目駄目になるのか。

 動けた五人は接近まで1メートルを残したところで、細切れにされ血を撒き散らし、1センチ角の肉片へと変えられた。それも五人同時に


 恐慌状態に陥った彼らが取った行動が逃げだった。無我夢中で一目散に逃げ出す。


 担当から体育館の件の話を聞いていたマスターである少年は、鬼として遊ぶのも有りだなと微笑む。ここからは鬼ごっこ。十秒だけ数えて待ってあげようと。


「おいおい、つまらんな。歯ごたえ無さすぎ」


 結果的に一人の鬼から逃げられた生徒は一人も居なかった。教師は言うまでもない。

 殲滅術式で心が折れ、クラスの代表格の五人も為すすべがなく瞬殺されたのだ。戦うことも出来なければ、逃げることも出来なかった。すぐ捕まって斬り殺される。ましてやここは彼のテリトリーの中。

 それは彼らに残された手段が消えたことを意味する。


「そういやお前ら誰に命令されたの?」


 教師はうずくまって、怯えを隠せずブツブツわめいている。聞くのなら生徒しかいない。大半は恐慌状態で口も聞けないのが殆どであったが、クラスの代表格の一人が恐る恐る声を出した。


「なんの……はなし、ですか?」


空鵺くうやくんを色狂い扱いするようにって命令した女だよ」


 女の単語に反応したものが数名。何となく少年が予想した通り、影響力を持った女教師か、成績優秀であり生徒会のような権力を持つ女生徒。もしくは家柄か。

 小学生から続いているらしいから、おそらく同学年か一つ上かなと目星をつける。


「????」


 ある名前を口に出すと「「違う違う」」と錯乱したように否定し始めた。まるで答え合わせをしたみたいに。


「なるほどね。ま、空鵺くんには内緒にしとこ。復讐したかったら自分自身の手でやる方がいいもんね」


 バレたことに対して喧嘩を始めた生徒たち。「お前のせいだ」とか「どうしてくれるんだ」「私たちが制裁される」とか取っ組み合いをしながら騒ぎ出した。


「ま、それも仕方ないか。罰ゲームの時間にしやうかね」


 さすがに無抵抗の弱者を甚振いたぶり殺し続けるのは性に合わないし、聞きたい情報も確信を得れたと終幕の準備を始める。


「辛さが分かったら、虐めようなんて思わないだろ」


 四十人に埋め込んだ復活の術式を弄る。埋め込んだのは視力上昇マナ過敏症。単純に色んな物がよく見える、見え過ぎるといったものである。

 天良樹空鵺あまらぎくうやが体験した世界には劣るが、情報量は格段に跳ね上がる。使い方によっては急成長を促すスキルではあるが、彼らには使いこなせないであろうと少年は確信していた。

 復活の術式に埋め込んだのは理由がある。

 タイミングよくゲームを終了させれば復活した時に発動する視力上昇は、本来持っていた能力として現世の脳や肉体に刻まれる。つまり、この能力と一生付き合っていかないといけないのだ。克服できない者は激しい頭痛と目眩など諸症状、さらに悪意を引き寄せる運命が追加される。


「最後は空術士として、この術かな。

 空弾エアバレッド折り重ね術式テッシュ5連」


 反射壁で覆うのも忘れない。放たれた空気の弾丸は生徒を貫通しながら直進する。空弾が壊れた瞬間新しい空弾が現れる。それがティシュの仕組みである。1枚抜いたら新しい紙が出てくるように。ティシュ切れを起こさない限り消えない弾丸は壁に跳ね返りながら生徒を襲う。

 生存者が居なくなり復活のエフェクトが始まる直前に宣言する。


心界による仮想現実ゲーム終了ー」

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