第7話

「お姉ちゃんも一緒にする?」


 時間も体も硬直した僕たちを溶かすように、ハルくんが七海を誘う。「おじゃましまーす」と靴を脱いで玄関に上がる。


「え? なに、を?」


 七海の頭の中はきっと疑問符で埋め尽くされているに違いない。陸にそっくりなこの子も分からないし、あいちゃんのことも知らない。当たり前のように玄関から家に侵入して来る理由? 彼の目的? 助っ人? 一緒に何するのか? 分からない事だらけだろう。


「だってお姉ちゃんも侍志望なんでしょ?」


「そうだけど、それがなに?」


「それなら空鵺くうやくんとゲーム内であそぶのと二人がかりであそぶのと大差ないし、一緒にしようよ」


 ゲームでしごかれた思い出から口が苦くなる。今度はこの子とあそぶ? 遊ぶってゲームで遊ぶってそういうことなの? あいちゃんもハルくんも心界による仮想現実ゲーム内トレーニングを遊ぶ感覚でやっているのかよ?


「いや、私はゲームしている暇なんて……」


 七海はまた中学校の寮か、直接学校に戻らないといけないしね。現時刻が朝の六時、歩いて三十分程度の距離とはいえ、テレビゲームだと思っている七海はやる気ないよね。


「まあまあ、いいから、いいから。今日は強引に誘っちゃうぜ。

 自分の部屋で下着姿になって待っててくれる? あ、ちゃんと鍵はしめるんだよ」


「ぶっ」

「あなた、ふざけるのもいいか――」


 突然の発言に咳き込む僕と怒る七海だったが――、


「強くなりたくないのか?」


 ハルくんがそう言った瞬間、場の空気が変わった。あいちゃんが言ってたことが、まざまざと突きつけられる――強者の威圧感というものが。

 風が吹いている訳でもないのに、重力が掛かっている感じでもない。なのに、息苦しさと金縛りのようなものが僕たち兄妹を襲っている。

 だけど殺気ではないし、おそらく本気でもないと感じた。なんとなくだけど、これは言葉に圧を乗せただけなんだと思う。


「ゲーム内では服着てるし大丈夫大丈夫。鍵掛けてもらったら誰も入れないし、それに向こうに行っている間、超濃度元素球カプセルの中に入ってもらうから。酸素と水素――それも超濃度のやつ――を球体に満たし、肉体に取り込んでもらうんだ。

 肉体的にも精神的にもリフレッシュするし、肌も髪もツヤツヤに生まれ変わるぜ。

 これを使うときの弱点がほぼ裸にならないと意味がないってことなんだけどね」


 百聞は一見にしかずであるが、彼の先ほど見せた実力から垣間見るとそれくらい出来るのかと簡単に思ってしまう。なにせ、あいちゃんの能力を散々見せつけられたばかりだから。

 でもそれは僕の話なだけであって七海はまだ未体験だし、彼に対する信用も信頼もない。それに一番重要なことは、七海が年頃の女の子であるってことだ。テレビゲームを下着姿でやる意味が分からないだろ? その説明が抜けているんだよ。


「ま、嫌なら別にしなくてもいいよ。弱いままでも問題なければ自力で頑張ってくれ」


 七海の顔がみるみる怒りに満ちているよ……。


「やるわよ、やればいいんでしょ?」


「ふふふ、今から三分後に始めるから、準備出来たら布でも被っときなよ」


 バタバタ大きい足取りで階段を上る七海、あ、危ねえ、僕も準備しなきゃ。



**



「七海ちゃんは初めてでしょ。心界による仮想現実ゲーム

 簡単に言うと精神だけの世界なんだけど、VRゲームみたい感じで動き回れるんだ。本人の能力通りにね。

 ここで何百年修行しても、現実では一分くらいしか経たないようにしたから思いっきりろう」


 「どれがいいかな〜」と、どこを見ているのか分からないけど何か操作しているようで、「そうだな、これとこれにしよっと」、空中に二本の鞘に入った刀を空間から取り出し、「ほい」っと七海に放り投げた。

 といっても七海に向かって宙に浮かびながらゆっくり動いているから、簡単に受け取ることが出来たみたい。こういうところは親切だなこの子。


「この刀……」


 受け取った七海がかなり驚いている。それもそのはず、こちらから見ているだけでも強いマナを感じる。手に持った七海は、更にこの刀の力の凄さを肌で感じていることだろう。


「霊刀のたぐいだから、それなりにいい刀だろ?」


「欲しい! ちょうだい」


「一回でも俺に勝てたらいいよ。なにせ時間はたっぷりあるから思う存分やろうぜ」


 七海は「はい」と僕に刀を一本手渡した。


「私のだから大事に持っといてね」


 まだお前のじゃないぞ。僕だって欲しいのに。

 先ほどの激怒モードから嬉々モードへと移行した七海ちゃん。刀に目を奪われるなんて根っからの武士ですね。

 あ、そこで重要なことに気付く。僕の状態が一割だという恐ろしいほど悲しい現実に……。


「私が先でいいよね?」


「……どうぞ、どうぞ」


 僕は七海に譲った。いや、譲ってあげたんだからね。


 フッ!

 僕の返事を聞いた瞬間七海が消えたように移動する。

 瞬歩を使ったのだろうか。

 ハルくんとの距離を完全に潰し、速度を乗せた鋭い突きを放つ。


 だが、その突きは見えない壁に完全に停止させられた。

 七海渾身の一撃だったはずなのに。


「ほらほら、距離あけなくていいのかい? 隙だらけだぞ?」


 バチッ

 七海の額に火花が散ったと思った瞬間、妹は僕のかなり後ろの方まで飛ばされていた。

 飛ばされたところすら見えなかった……。

 七海は起き上がるも、フラつきが治まらない。


 バチバチバチッ!バチ!!

 ハルくんが何をしているのか分からない。彼は全く動いていない。だから予備動作すらない。音は七海が攻撃を受けたから聞こえるのであって、もし当たらなかったら何も聞こえてないはず。


「くそぅ〜、もう一回」


 一度死んで復活した七海はまだ元気なようで再戦を挑むも、今度は右手人差し指一本で遊ばれている。まるで指揮をしているような動きで遊ばれている。

 相手の左肩目掛けて袈裟斬りを仕掛けるも右指数センチのところで止まる。

 先ほどの失敗を教訓としたか、すかさず左側に動き、右に切り上げる。

 だが同じように僅かな隙間を残して止められてしまう。

 七海が体を右回転する。その回転力を上乗せした右薙みぎなぎですら、数センチの壁を突破出来ない。

 霊刀の力を上乗せしている分、普段の七海の攻撃力は増しているはずなのに全く歯が立たない。


 動きが止まってしまった七海が「しまった」と後悔しても、ハルくんが指を下ろした瞬間に七海は二つに割れてしまった。


「あ~もう、休憩〜」

 

 流石に手も足も出なかったからか、復活しようが攻略の糸口がない今では何回やっても同じ結果だろう。


空鵺くうやくん、おまたせー。

 さあ、やろうか」


「お願いします」

 

 僕は覚悟を決めて集中する。気配察知を最大限に。特にこの空間にいるハルくん周辺と自分の周辺、人がぎりぎり入るくらいの球体が二個あるイメージ。球の中で何が起きているのかそのことだけに集中する。

 能力が低下しているなら頭と目を使うしかない。


「いいね、思ったより優秀だね」


 クソッ、いきなり不意打ちに褒められた。照れてる場合じゃないのに。


「兄さん、ちゃんと見て!」


 うお、ハルくんがこちらに手が届く距離まで移動してる。


「毛細血管一本一本まで集中してろ。途切れさすな」


 まだ優しめに僕がなんとか認識出来るくらいにゆっくりと殴ってくるが、その拳が重いため防御している腕が弾かれる。


「え? 兄さん弱くなってるの?」


「それは違うよ。七海ちゃん

 空鵺くうやくんは能力の九割を封印されているような状況だから、彼は一割で戦うしかない。一割でこれなら七海ちゃんより強いんじゃないかな?」


「それはそれで腹が立つなぁ」


 二人が会話してるけど、僕はそんな余裕がない。組手一つ一つが精一杯過ぎて防御に専念するのがやっとな状況だ。崩されたところを予測したかのように蹴りや突きが飛んでくるから、避けることすら出来ない。まるで詰み将棋か? 将棋?  

 違う。 

 これは9×9の盤面じゃない。

 崩されたところをわざと転がりながら距離をとる。広い空間が使えるなら一度距離を取って立て直せる。

 ――はず、


「ざんねん賞、またどうぞ~」


 エアガンが僕の頭を突き抜けていく感じがして、


「いいところまでいったけど、集中力は切らしちゃ駄目だよ。回避に専念しすぎで隙だらけ」


 僕の一度目は終わった。


「僕はやることあるからちょっと抜けるね」


 そういうとハルくんは三人に分かれた。


 ちょっと何しに行くのさ。なんか凄く気になる。気の所為だよね。僕の顔見てニヤついたの。

 

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