第6話

 あいちゃんにしごかれ過ぎた僕は、心の平穏を取り戻すために気分一新することを模索する。その結果、腕時計端末ウオッチに沼る。

 訓練が終了し帰宅後、晩ご飯の最中に腕時計が目に入るともう僕はこれの虜だった。そして昨日の夜からの続きがしたかった、その一心が睡眠時間を削ってまで早起きすることを催促する。一心不乱になって腕時計端末ウオッチをひたすら弄って遊ぶことに。なにせ初めてなのだ。色々と。文明の利器を触るのが。


 あいちゃんに見つかれば、無我夢中で骨の玩具で遊んでいるとか言われそうではある。それも仕方のないことだろう。僕もそう思ってしまったから。


 マナ過敏症時は装着が必須だったので、無意味かもしれないと思いつつ左手に身に着けてはいたのだけど、これが実に面白い。

 単純な時計や電話、メールなどの連絡機能から、戦闘面ではマップ作成、魔物討伐記録ログ機能や、魔物の立体映像ホログラム、魔物の行動記録など。初期設定デフォルトで登録されている情報だけでも面白い。マップとホログラムを組み合わせを変えると魔物の行動パターンが変わるのだ。見てるだけで時間を忘れてしまう。


「おはようございます。早起きですね~。

あ、その時計で遊んでたのですね。男の子ってそういうの好きですよね」


 ビクッ! 不意打ちか。

 一人暮らしだからって油断していたよ。


「別にダンジョンでないといけない理由がないので、やって来ちゃいました。

 心界による仮想現実ゲームは肉体の安全が守られる場所なら何処でもいいですし、今日から貴方わんちゃんのお宅でトレーニングしましょう」

 

「それは了解したけど、あと五分待って」


「五分後も十分後もきっと同じ事言いそうなので却下します。

 さあ、始めましょう」


 なに……読まれてるだと? 沼ははまると抜け出せないんだよね。中毒のように。

 そして舞台は変わってゲーム内に。


「ニ日目は難易度を上げていきますね。

 4:4:1の割合で精神を分割していきます」


 うおっΣ(゚Д゚)何か嫌な予感……。


「4のお二方は習得するまでこのゲーム内に篭って修行三昧を送ってもらいます。

 1の貴方わんちゃんはこの状態で日常生活を送ることに慣れてもらいます。誹謗中傷は辛いですが、負けずに授業に出てテスト対策、ですね」


「なんで……その割合なの? 3でそれぞれ分ければ……い…」


 駄目だ。言葉を出すことも辛い。


「お二方は空術士になる為の術式のお勉強して貰うのですが、割合を3に減らすと容量不足になってしまい……、失敗すると消滅してしまう可能性も……」


 マジッスか!?


「個別練習に入る前にここで軽く説明しますね。

 空術士とは空気や空間を操ることを基本とした術士であり、相手より優位な立場で戦えるように訓練していきます」


「先生、……空間ってどういうことですか? 空いてる場所?」


「この場合の空間は次元――つまり点から線、平面、立体、という考え方とは違います。

 私と貴方わんちゃんが丸時計の姿で向かい合って立っていたとします。私の一時方向と貴方わんちゃんの九時方向を一方的に繋げると考えて下さい」


「え? どういうこと?」


「簡単に言うと好きな時に好きな所に術を発動させられるます。繋げた空間を使えるのは発動した空術士だけです。

 先ほどの続きを言うと、貴方わんちゃんの九時方向からいきなり刃が飛んでくる、という使い方が出来る訳です」


「そんなの避けられないやん?」


「それが空術士の優位点です」


貴方わんちゃんがご存知のように見えない空気は常に変化しています。そのため環境認識ですら膨大な情報が入ってきます。それは戦闘に集中出来ないほど天文学的な情報量です。それを一人でちまちまと読み取っていては日が暮れても終わりません。そうなると本末転倒なので、取捨選択するために必要なのが超高速演算術式スパコンです。一人目の方はこれの使い方をマスターしていただきます。」


「……かなり難しそう……」


「空気が押し合って弱い方に流れるのを風というように、戦闘で闘気がぶつかり合い強弱が出てしまうと弱い方に負けた分だけ気の流れ、突風が襲います。そうなると殴り合いが始まる前に負けてしまいます。

 なので格上相手と戦うためにはその場の空気を自分でコントロールする必要が出てくるのです。

空気の壁バリア空弾バレット風刃スラッシュ折り重ね術式ティシュ、などの補助や攻撃パターンを習得して頂くのが二人目です」


「らじゃー」


「三人目の貴方わんちゃんには、一割の状況で普段通りの生活を目標にして貰います。

 はっきり言うと格上は、昨日体験した重力とは比べ物にならない圧力を発します。生半可な覚悟と実力では命取りになります。

 体力、筋力、精神力を何段階も上げなくてはいけません。これは基本ステータスを上げるトレーニングになります」


「いえっさー」


貴方わんちゃんには特別ゲストに来ていただけることになってますので、ゲームから出てお出迎えしてもらえますか?」


「誰か分からないけど、外出する?」


「いえ、玄関前で大丈夫だと思います」


 1の僕だけゲーム内から出され自宅のマイルームに戻ってきた。時計の時間は、全く進んでいなかった。改めて別格だなと思った。

 学校の制服に着替えて階段を下りていると、玄関が開く音が聞こえる――。


七海ななみ?」


 中学の寮生活をしている妹が帰ってきた。


「兄さん、ただいま。目隠し取って、また倒れても知らないよ」


 妹の七海が特別ゲスト? 「必要な物があったから取りに戻っただけ」と手短に言い残し、狭い廊下を横切っていく。


「おじゃましまーす」


 がらがらと玄関の引き戸が開く音と同時に幼い声が聞こえてきた。


「――陸?」

 

 あり得ない状況に振り向いて玄関に目を向けた七海が、入って来た低学年の小学生くらいの男の子に向かって弟の名前を口に出した。

  へ? 陸? そんな馬鹿な。この子が特別ゲストなのか? 


「え、いや、本当は違うのだけど、違う筈なのだけど、その余りにもそっくりだったから」


 もうすでに空は亡くなっている。だから別人なのは間違いない。間違いないのだけど声もあの頃の記憶のそれと瓜二つだった。あの七海が間違えるくらいなのだから、背格好もまるで丸写しのようにあの姿でここに立っている。あの瞬間から止まっていた時間が動き出して、何事も無かったかのように家に帰ってきたと思ってしまうくらいに。


「あ~、紛らわしくてごめんね。空鵺くうやくんとお姉ちゃん。

 あいちゃんの名前を出したらわかるかな? 僕は助っ人としてやって来ました。

 ハルと呼んで下さい」


 助っ人? 幼い子が? 陸なのか陸じゃないのか、気持ちが完全に整理出来ずに僕達兄妹は呆然と立ち尽くしていた。 この子は一体何者なんだ?

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