第5話
夢? これは白昼夢というものなのだろうか?
なんだか久しぶりに声を聞いた気がする。弟の陸の声を。
『兄ちゃん、俺、侍になるよ』陸なら成れるよ、きっと。
『絶対に侍になる。侍になって兄ちゃんの目の病気治してやるからな』ありがと、陸。
目を開けても、ぐちゃぐちゃの色が
父と妹は僕に無関心だったのか、あまり声を聞いたことがないし、話しかけられた記憶がない。
だけど悲劇は僕の大切な人をいとも簡単に奪っていく。陸の習い事に付き添っていたお母さんと弟は、一緒にダンジョンブレイクに巻き込まれて――、
『キーン、コーン、カーンコーン』
授業の終わりを告げるチャイムの音が教室に響き渡り、僕は現実へと戻される。
驚いて、そして、はっと気付く。教科書を開いたまま、うとうと居眠りしていたのだ。恥ずかしながら実技の後の授業を受けた経験が皆無で、体育館での一件が思いのほか上手くいったからだと思う。いつも通りなら保健室に直行していたはずだから。
本日の全ての授業が終わり、僕は急いで初心者ダンジョンへ向かおうとして廊下に出たその時――、
「今日はえらく調子乗ってくれたじゃねえか」
「色狂いのくせに」
「最底辺は大人しくやられてろや」
後ろから呼びかける声がして、僕の周りを囲んでいく。授業が終わって早々、うるさい輩共が絡んできた。
はっきりいって何を言っているのか分からない。僕は少し抵抗しただけであり、散々とやられたのは僕の方なのだ。
というか、こいつらはこんな顔をしていたのか、名前は覚えていなけど顔は覚えた。
「ごめん、お前ら誰? そこどいてくんないかな? 邪魔なんだけど」
「はあ?」
いつもと違う僕の反応に輩共の声が重なる。こいつら変なところで仲が良いのだな。
やられっぱなし、言われっぱなしは、もうしなくて良くなったから。
「お前――」
「お前らそこで何をしている!」
輩の怒声に割り込んだスーツを着た女性がこちらに向かって歩いてくる。
「この人たちが廊下を塞いでいたので、どいてくれってこちらが言ったら怒り出したんです」
僕がありのままを説明すると、
「はあ〜。もういい、あまり問題を起こすなよ」
先生らしき女性は発言に驚きながらも、その説明を理解したのか、興味を失ったのか、「さっさと帰れ」と促してくる。
「はーい」
「くそっ、覚えてろよ」
負け犬の遠吠えっぽい声が聞こえて来た気がするけど、無視して初級者ダンジョンに向かおう。あいちゃんが待っているから。
「はーい、わんちゃんまたお会いできましたね」
ダンジョンの隠し部屋に入ると、相変わらずのハイテンションでお迎えしてくれた。
「では早速、
お昼に連れて行かれたのと同じような白い世界が目の前に広がる。そして早々に圧力がかかる。
「
「この学校のサーバーにアクセスして得た情報なので間違いはないとは思いますが、違ってたら修正お願いします」
「……」
「返事がありませんね~、大丈夫ですか?」
「……はい」
「一番最初の目標は約一か月先の中間試験です。筆記試験もありますが、なにより重点を置いているのが個人戦です。これは試験と銘打っていますが、男女合同での学年首席を決める試合です。
「………はーい」
もう僕は重力に支配された弱い人間です。早々に地面にキスするようなモブみたいな男なんです。優勝? なにそれ? 地面より美味しいの?
「弱々しいトーンですがいいでしょう。
卒業後は長くて二年間海外で武者修行の旅に出ます」
「……、え? 海外?」
「お忘れですか? 後払いの件? 言わば
「あ、じゃりゅう」
「邪竜はものの例えであって、竜にこだわらなくてもいいのですが、大和国には大きい獲物は居なかったので、海外に大物探しに行かないと……」
あいちゃんは膝立ちになり、指をこちらに向けると――、
「ばーーん!!」と大声で射撃の真似をされた。
「うわっ!」
「BANされてしまいます。世界的指名手配犯です」
「え? なにそれこわい」
「世界的というか時空的なのですけどね。
次の説明はレベルアップなのですが、暫く禁止です」
「ええええ!!? なんで〜??」
「はい、その説明を今からしますね。それと
「……らじゃりました」
「この世界がレベル至上主義というのも大変理解しています。レベルの差をひっくり返すのも至極大変なのも当然です。
ですが、レベルアップの前に重要な素質を鍛えてもらいます。
人間には誰にでも
「それって第六感と呼ばれるやつだっけ?」
「その通りです。
例えばレベルが上がると能力を上げるポイントが貰えるとしましょう。その時に筋力を上げるのに必要なポイントが5だとすると、超感覚に目覚めた人は1か2だったりします。
簡単に言うとセンスが良くなるだけ支払いが安く済むという訳です」
「なんじゃそりゃ? めっちゃお得やん」
「でしょ? めっちゃお得なんです。基本ステータスだけでなく、スキルや上級特殊能力もゲットしやすくなるのです。
目指せカンスト!」
「ちなみにどうやったらセンス上がるの?」
「これです」
「へ?」
「だから、この重力耐久デスマッチです」
「デスって」
「普通に考えたら死んでしまえばおしまいなのですけど、このゲーム内なら
死ぬ間際って走馬灯を見たり、スローモーションのように感じたりと、死を回避するために脳がフル回転します。それが超感覚を鍛える練習になるのです。個人差はあるので
「ぐっ、先が長そう……」
「訓練にいまいち身が入っていないようなので言いますが。
思い出してください。
「それは……」
「目を閉じたままでも戦えるように、自力で気配察知や心眼を会得したのですか?」
「それは……、
陸が成りたかったから、サムライに」
「声が小さくて聞こえません」
「陸が成りたかったから」
「それは弟さんの意思で、貴方のものにするには弱すぎます。
思い出して下さい。
侍になるのは手段であって貴方の本当の目的では無いことを」
なにを言ってるの?
いや、違う。侍になっただけでは何も起こらない。
そうだ。
侍は強いというだけで僕自身のやりたいことじゃない。
「ぼくは! 強い侍になって、二人にもう一度会いたい!!」
霧が晴れた。
そうだ。侍に成れたら二人を復活させられるスキルをおぼえられ……、くそっ、また靄がかかるように思い出すことにブロックがかかる。
「そんな意思の弱さで、お二人を復活させられると本気でお思いですか?」
「こん…ちく……しょう」
初めて立ち上がれた。重力に内臓をボロボロにされても、体の骨がミシミシ折れるのが分かっても、両足で地面に立っている。
「おめでとうございます。
忘れないで下さい。
じゃあ、重力を一段階上げますね」
鬼ーーーー!!
心の叫びとともに僕は意識を手放した。
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