第4話

「お疲れ様でした〜。良く頑張りましたね。お姉ちゃんは感動しました」


 誰がお姉ちゃんやねん。

 頑張ったというか、やって来た理不尽に好き勝手に蹂躙された印象なんですけど。


心界による仮想現実ゲームを終了します」


 再び薄暗い閉ざされた部屋に戻ってきた。

 肉体に戻れたという感じもない。何より肉体と精神が離されたと言われてもしっくりこないので、別次元から瞬間移動して戻ってきたと言われたほうが気持ち的に合っている気がする。


「お昼休憩も、もうそろそろ終わると思うので、教室に戻って授業の準備進めないと間に合いませんよ」


「いやいや、あれだけ死んだんだよ。もう放課後過ぎてるって」


「ゲーム内の時間の流れをとても緩やかにしていましたので大丈夫です。外とゲームの時間差は大体10倍くらいですかね〜、たぶんですけど」


 時間の流れだけは別だったようだ。

 学校から支給されている腕時計端末ウオッチに表示されている時間は12時40分。あれだけ濃密な時間を過ごしていたのに、時間差に感覚が狂いそうだ。夢と現実がごっちゃと混ざってしまって分からなくなったようなそんな感覚がする。


「では、私はこれで失礼しますね。やらないといけない事が山積みですので。また放課後お会いしましょう」


 そう言ってあいちゃんは手を振りながら、風に拐われたかのように姿を消した。

 

 次は体育館で実技練習体育の時間だ。担当はあのおっさん教師だから、ものすごく授業に出るのが憂鬱になる。

 だけどあいちゃんに格好悪いところは見せたくない、知られたくないと思っている自分がいて、憂鬱と一緒に体を教室まで運んでいく。


 夢のような世界だったとはいえ、何回も死んでしまったのだから精神的疲労があるのは当たり前のことで、はあはあと息切れしながらグラウンドを歩いて行く。

 五月でも昼間は日差しが強く、汗が吹き出てくる。それにマナ過敏症から解放されて、初めての目かくしを外して見る世界は、太陽の光が強いからかとても眩し過ぎた。おかげで目が痛い。

 

 教室に入りジャージを手に取って再び外に向かう。着替えに悪戯されることは無かった。食べ忘れたおにぎりを口に放り込む。     

 体育館に向かうことに問題はなく、むしろストレス発散する相手がいない方が嫌だったのかもしれない。五限目の準備は滞りなく進められた。


 実技での僕の役割は鬼。 

 鬼とは人に災いをもたらす精霊種。魔物扱いされる存在である。

 5対5の集団戦なのに鬼。こちら側の味方が早々に裏切るから。実質鬼ごっこ。これはいつもと同じだし、今日もそうなると思う。

 

天良樹あまらぎー! 前に出て来い」


 一番先に僕の名前を呼ばれたので「はい」と短く返事をして前に出る。


「お前は八組だから端っこで待ってろ」


 体育は男女で分かれ、二クラス合同の四十人で行われる。つまりチームは八組。ランキング上位陣から上位五人が一組、その次が二組といった風に振り分けられる。

 腕時計端末ウオッチにはログ機能があり、魔物討伐やダンジョン踏破など自動で記録してくれる。その情報は学園内で共有されるため、一週間での獲得ポイントがそのままランキングに反映されるという訳だ。

 

 10分1セットとし×4、インターバル1分。負傷退場しない限りは、魔物役としてそれに全部参加しないといけないことになる。


「ちょこまかと動き回りやがって」

「脚潰せ」

 

 討伐者9鬼1のリアル鬼ごっこ。

 明らかな本来とはルールとは違う行動であるはずなのに、教師は何も注意しない。寧ろニヤニヤしながら「連携して囲め」だの、「脚を切れ」だの煽ってくる始末。

 討伐者側は木刀を持つが鬼は何も持たされていない。ジャージだけ。要は逃げ惑わせる状況を作りたかったのだろう。これも教師の仕業である。


 学校だけに留まらず大和国はレベル至上主義である。そのため幼少期からレベルアップの為の訓練を積んでいる為、高校に上がる頃にはそれなりに高い能力を有して入ってくる。

 精霊種への攻撃は禁じられているので、レベル上げは魔物を狩ることが一番の比重を占める。弱い魔物でもまといを扱えるため、倒すにはそれ以上の闘気オーラが必要になる。この学校の生徒は入学当初から相当な実力者揃いなのだ。

 僕は目のこともあり心眼を会得することだけで精一杯だった。言ってみればあいちゃんにゲーム内に連れて行ってもらった事が、初の訓練とも言える。

 授業では闘気の使用許可が出ているので、彼らは容赦なく僕に襲い掛かる。以前までは気絶させられたり、打撲や骨折など休まざるをえない大怪我を負わされる事もあった。

 だけど今日は違った。

 それは二回目が始まる直前のこと、治療キュアと知らない音声が頭の中で響いた。

その音とほぼ同時に打ち込まれて出来た怪我が癒えていくことに気付いたのだ。


「ははっ」

 

 僕は可笑しくて思わず笑ってしまった。彼女の方がよっぽど人間らしいと思ったから。

 彼女は精霊種に近い存在だと言っていたし、付き合いもせいぜい数時間程度しかない。それなのに僕の身を案じてくれて治療術を前もって掛けてくれていたのだ。

 目の前にいる彼らは、弱いもの苛めに余念がない。それもまた人間らしいのかもしれないのだけれど、人としての温かみが全然違う。


 僕は鬼役を遂行することに全力を尽くそうと思う。今そう決めた。


 二回目が始まる。


 僕は高めた集中力を開始のホイッスルと同時に開放、決めていたターゲット目掛けて駆け抜ける。

 相手は僕の初めて見せる行動に戸惑っている。

 ターゲットは呆然として動きが鈍い。

 その機会を逃さず、勢いのまま飛び蹴りを相手の胴付近に直撃させた。

 木刀を離して吹き飛んだ相手の武器をそのまま奪うと、再びもう一人のターゲットを目指して駆ける。


「クソが」


 接近する僕に上段から真っ向に振り下ろす。

 木刀を盾にしながら斬撃を逸らし、体当たり、木刀の持ち手を掌底と一緒に相手の顎目掛けて突き上げる。


 二人を倒せたまで行けたが、上手くいったのはここまでだった。

 三回目以降は対処方法も変わるし、何より多勢に無勢、一人では如何ともし難い。

 それでもいつもとは違う手応えに僕は嬉しく思った。

 僕はまだ強くなれる。

 これからずっと。

 だから今打たれたこと。 

 負けたことは絶対に忘れない。

 必ず。いつか必ずやり返す!!



「はあ〜、ここまで酷い扱いをされているとは思っていませんでした。

 くつくつ湧き上がる憎悪がこれほど辛いものとは知りませんでした。体験したくない感情ですね。

 大したこともない実力者気取りが私の愛しのわんちゃんを虐めることなど絶対に許せません。

 やる気が出てきました。

 絶対に痛い目を見せます。それが肉体的なものか、精神的なものか、わんちゃんに決めてもらいましょう。

 私はお手伝いをするだけ……、するだけ……、ふふ……、ふはは、はは。

 ああ、我慢しないといけないのに、早くわんちゃんの顔を見て癒されないと、お礼周り《虐殺》してしまいそう。

 早く放課後が来ないかな」


 


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