第3話

「まず最初に私の容姿や髪型、体型や服装などの設定変更をお願いしたいのですが、目を開けられないのならこれは後回しにしましょうか。

 仕方ありませんね〜。残念です。本当にちょっと凹みます。

 美少女が貴方わんちゃん好みの超絶美少女への変身で、どきまぎする姿を見るのが先送りになるなんて……」


「自分で美少女呼び連呼するって実際どうなんです?」


「ルッキズムの極みというやつですね。案内の顔ですから美形として創られているのす。こればかりは私の手の届かない領域なので、創った人に文句を言ってください」


「自意識高杉さんという意味なんですけど……」


「メロメロ悩殺セクシー系も捨てがたいですが――」


 聞いちゃいねえ。


「――同い年の優しい清楚系がお好みの御様子なので黒か水色のロングの方がきっと――、

 え? なんで分かるかって?

 そんなのお友達に飢えてる童貞トイプードル似男子わんちゃんが好きなタイプなんて王道が一番でしょう? 違います?」


 何回も童貞言うなし。多分合ってるだけに反論できないし……。


「チャンネル登録をお願いします。そしてメンバーになってもらいます。ちなみにメンバーからは課金制になりますが、これに関しては後払いで結構ですので。この世界の通貨価値がまだ良く分からないのですが、おそらく邪竜一匹分くらい?

 心配? 大丈夫です。

 空術士になることが出来れば的が大きいだけの塵屑ちりくずと変わりません。まだ雑魚の部類です。何より私の権限がかなり違ってきますので、メンバーになるのは必須です。とてつもなく最優先事項です。

 で、それからは貴方わんちゃんの精神を二つに分けますが、それはメンバー登録が済んでからやっちゃいましょう」


 このままでいいのだろうかと少し不安に思う僕が居る。

 あいちゃんが自我に目覚めたからだと思うけど、それによって彼女の感情の色が見えるようになった。

 場の空気からも善意でしてくれているのは分かるのだけれど、相手の善意が僕にとって良い結果になるとは限らないのだ。ただただ状況に流されているだけの僕の今の立場はとても危うのだと理解はしているのだけど、何故か、赤ん坊がなすがまま親にお世話してもらっているのはこういう感覚なのだろうかと。


「私を信じてその目隠しを外してもらえますか?

 目は閉じたままで結構です」


 おそるおそる目隠しを外す。ここがダンジョン内で無ければ、僕は布を捲ることすら出来なかっただろう。

 基本的に静かであるこのダンジョン内は、太陽光線が届かない。何より超初級ダンジョンにやってくる奴なんてもう僕しかいないのだ。

 そうここには悪意を持った奴等から逃げられる僕にとってオアシス、気が安らぐ唯一の場所。


「はい、ありがとうございます。やはりお母様の真心が込められてますね。このお守りがあなたを今まで守ってくれていたのでしょう」


 平気だった。

 目を開けて見える。隔離された立方体の空間だからか、環境情報からくる苦痛を感じない。だけど平気だったのは一瞬だった。

 目に入ったのは優しい微笑みでこちらを見つめている女の子。

 男女問わず初めてみた人間の形。

 初めてなのに美しいと感じたのは僕の中にある生物の本能的欲求の成せる業か、どきどきする鼓動が苦しい。あいちゃんの顔を見ることが出来ずに下を向く。至近距離に意識が行き過ぎて、目隠しがお母さんが作ってくれたお守りという部分が全く気にならずに、恥ずかしい感情に戸惑う。

 何よりずるい。

 後回しにするって言っていたのに。清楚系黒髪ロングは後ほどって。


「これで貴方わんちゃん精神こころにURL付のメールを送信しました。それを精神の中で開いて下さい。

その要領でチャンネル登録、メンバー登録までお願いします」


 頭にアドレスの文字が現れたと思ったら、自然と画面がチャンネルサイトに移動する。あいちゃんの事を考えないように意識しないように下を向きながら必死に作業する。

 チャンネル登録の文字を押したら、メンバーになるが現れたので再び押しただけ。これだけなのに体が熱い気がする。

 僕は本当にどうなってしまったのか。

 

「出来ましたか? はい。ご利用ありがとうございます。

 これで愛しのわんちゃんを保護することが出来ます。

 ふふふ、これからのことを考えるとワクワクが止まりませんね。溢れ出してしまいますね」


 愛しの部分に感情が反応してドキッとする。


「さあ、心界による仮想現実ゲームを始めましょうか」


 心と体が引き離されたと思った束の間、僕は白い世界であいちゃんと二人ぽつんと立っていた。

 正確には白黒、そして間にある無数の灰色で表現されている世界。ただ圧倒的に白が多い。

 地平線が見えるほど、とても広く何も無い。


「やってきましたここは、心象世界ともいえる場所です。

 ちなみに精神と肉体は密接に繋がってますので、ここでの負傷は肉体も傷付きます。

 再生リジェネ復旧リカバリー、そして折り重ね術式ティシュという技を使うことで肉体へ向かう損傷を阻止します。

 ま、私も空術士の端くれではありますので、もうすでに発動させてますのでご安心下さい。

 術の詳しい説明は第二段階に移った時にお話しますね」

 

 美少女てんさいですから。あの笑みはそう言っている気がする。


「精神を九割と一割に分裂させます」


 大事な事をさらっと言うし、なんか力が抜けた気がするので、既に実行していて完了したのだろう。


「マナ過敏症の原因であるスキルを精神一割分とくっつけて取り出しました。これで日常生活も問題なく過ごす事が可能になりましたよ。おめでとうございます」


「へ? あ、ありがとうございます」


 そんな簡単に解決するの?


「こちらは私が改造してきちんと超高速演算処理術式スパコンを仕上げておきますので、残りの貴方わんちゃんは肉体改造をしておきましょうか。

お昼休みが終わるまで時間はた〜っぷり御座いますよ。そのために再生リジェネやら折り重ね術式ティシュを前もって五連掛けしていますので、安心して力尽きて下さいね」


 何その可愛い、にこっと笑った顔。圧力たっぷりな感じで笑えないんですけど。


「この心界による仮想現実ゲーム内の重力設定を五倍にいたしました。

 どうですか? まだ何とか立ててますけど。頑張って耐えてるお顔が素敵ですね」


 重力五倍って単純計算で僕の体重が250kg?

 

『アァあ痛痛痛痛――』


 言葉にならない激痛が全身を襲う。骨が砕けてそれ以上に内臓が潰されていく感…じ……が――、


「あら、一回目はこれでおしまいですかね」


「はあ、はあ、はあ、あれ? 圧力消えた?」


 圧力と一緒に全身に襲いかかった激痛も立ち失せ、スライムのように肉体を粉々に砕かれた記憶だけが残っている。


「どうですか? 初めての死を経験した感想は?」


 え? なにそれ? 最悪。やっぱり僕死んだの?


「はい、では次はもっと耐えてみて下さいね」


 消えたと思った圧力が再び上がっていく。

 がぁァあぐ、全身に激痛が襲う

 さっき五連って言ってたよな。つまりその数だけ繰り返すの? 嘘だよね? 嘘だと言ってくれ?

 

 無理無理無理無理――。重力が増すのってこんなに辛いの? 複雑骨折で気が狂いそうになる。のたうち回る動きすら出来ない――。

 

 あ~、圧力が消えていることに気付いたということは、つまり……死んだということで。

 

 無理げー。絶対に無理ゲー。

 べたん、ぺちゃんこの繰り返しもう嫌〜。

 

 れっとみー、ていくあ、ぶれいく〜。


「頑張って下さい。あと二回ですよ〜。貴方わんちゃんは侍王になるのでしょ?」


 なにそれ? そこまで強そうには聞こえない不思議。


「侍になりたい理由は何ですか? 侍になれる人は乗り越えて行きますよ〜、多分」


 弟の代わりに――、いや違う。この違和感はなんだ。誰に聞いた? 侍に成れたら君の願いが叶うからって、ボクニオシエタヤツハ?


 僕の意識はここで消えていく。







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