第30話


「チュートリアル、だと……?」


 目を見開き驚きを顕にした氷緒さんが、ぽつりと疑問を零す。

 もちろん誰も答えてはくれないんだけど、そんなことはお構いなしにプレートの文字が切り替わった。


『日本区画内チュートリアルダンジョンのクリア速度は規定の時間を下回っていることが確認されましたので、ボーナスステージに挑戦することができます。

 ボーナスステージを見事クリアされると豪華報酬の他、査定結果に応じてチュートリアル終了後にボーナスが追加されます』


 今回は無理をしないということで、ダンジョン突入時にあえて一撃を受けているからボス連戦は起こらないハズだった……んだけど。

 まだ断言はできないけど、ダンジョン協会が上級ダンジョンのクリアを条件にしているのはこれが関係しているとみて間違い無いだろうね。

 ただこのボーナスステージに至っては、世界初の可能性が大いにありそうで怖い。


 まぁでもこれでようやく長らく感じていた違和感の正体がハッキリしたかな。

 あまりにもぬる過ぎる、その答えが。


「さて、どうするか……」


 氷緒さんが腕を組み悩まし気に見つめる先。

 そこには先ほどまでなかった新しい扉が2つ現れていて、それぞれ帰還とボーナスステージという

看板がついている。


「情報は何もないからな、命に関わる危険性も孕んでいることは否定できない。

 だからこそ、恨みっこなしで進むか戻るかの判断は個々に任せたい。各自自分のために決断を下してくれ」


 氷緒さんの言葉に頷く一同。

 答えはともかくとして、すでに全員がどうするかの決断を終えているようだ。

 重要な場面で即決即断ができるのは冒険者として非常に重要な資質といえるので、その点でも彼女たちはとても優秀みたいだね。


「ウチは誰か一人でも挑戦するならついてくよ。回復はウチの役目だから」


「……私は挑戦する。あとで後悔するくらいなら、今後悔するほうがマシ」


「あたしも挑戦します。ここで挑戦できないなら、きっとこれから先もできないと思うので」


「もちろん私も挑戦、だ。こんな一生に一度あるかないかの機会、逃してなるものか」


 女性陣が頼もしすぎてかっこいい。

 しかも誰一人として無謀に挑む訳じゃなくて、生還する気満々なところが良いね。


「僕も挑戦しますよ。誰一人欠けさせる気もないですし。

 それにここで帰るって言ったら、オウマが泣いちゃいそうですからね」


「我は泣いたりしませんよ。我が主人なら必ずや挑戦すると信じていましたから」


「決まり、だな。報酬のために、なんて気持ちはさらさらない。存分にボーナスステージを堪能し、満喫して帰ろうじゃないか」


 ふふっと嬉しそうに笑う氷緒さんに続き、ボーナスステージの扉へと進んでいく。

 扉を抜けた先には薄らと発光する幾何学模様の円環があり、そこへ踏み込むと同時に景色が一変。

 直径100mはありそうな円状のフィールドに移動させられた。


 ほどなくして20mほど離れた地点に光り輝く魔法陣が出現、光が消えると同時に魔物が姿を現した。

 真っ赤な鱗に覆われ、身体の至るところが轟々と燃え盛る大きな蜥蜴のような何か。

 全長はおよそ15mってところかな?

 翼こそないけど、竜とかドラゴンって言われてもおかしくない迫力があるね。


「一度この昂りを発散しておきたいので、アレをいただいても良いでしょうか?」


 質問してはいるけど、完全にやる気満々で目を見開き口元を歪めたまま大蜥蜴を見つめ獰猛な雰囲気を放つオウマ。

 うん、きっと近くに鳥とかいたら一斉に飛び立つんだろうな。

 確実に悪役のソレだよ、うん。


「氷緒さんたちはそれで良いですか?」


「ああ、私たちは構わないぞ。オウマ殿の戦闘も拝見したいしな」


 氷緒さんは目配せして全員に確認を取り、問題ないと言ってくれた。


「だそうだよ。好きに暴れておいで」


「感謝します」


 嬉々として軽快な足取りで向かって来るオウマに、咆哮を上げた大蜥蜴は走り出すと鋭い牙をさらけ出しながら噛みつこうと大口を開ける。


「ゴギャァァァアッッ!!」


「動きが単調過ぎる……。もっと本気で来いッ!」


 牙を素手で掴むと、そのまま身体ごと持ち上げ放り投げてみせた。

 あの巨体を軽々と投げるとか、どんな筋力してんだよ。

 地面を何度か転がりながらも、大してダメージもなかったのか大蜥蜴は再びオウマ目掛けて襲い掛かる。


「だからそれじゃ――ほう?」


 再び牙を掴んで受け止めたオウマが少しだけ嬉しそうにした矢先、大蜥蜴はそのまま口から炎を吐き出してみせた。


「……ッ?! オウマさまっ?!?!」


 西野さんが悲痛な面持ちで叫ぶ。

 っていうかなんでさま付けなの……? いや、怖いから聞かないけどさ。

 でも心配なのは確かで、傍目に見ても相当な火力だったけどオウマは大丈夫だろうか?

 なんて心配も杞憂だったようで、炎が収まるとまったく意に介していないオウマの姿が目に移りほっと胸を撫で下ろす。


「今のは中々面白かったぞ。だがいかんせん火力が足りん、修行不足だな」


 そう言って再び放り投げるオウマ。

 その後は爪で切裂こうとしたり燃え盛る身体で体当たりしたり、尻尾を振り回してみたり巨躯で押しつぶそうとしてみたり。

 まぁいろいろやってたけど、結局オウマに傷1つ付けることができないまま刻々と時間だけが過ぎていく。


「まぁこんなところか……。次で最後だ、まだ何かあるなら出し惜しみしない方が良いぞ」


 挑発的な視線を送りながらそう告げると、大蜥蜴は今までで最も大きな咆哮を上げて走り出した。

 どうやら牙に熱を送り込んでいるようで、燃え盛る火炎に熱せられた鉄塊のように真っ赤になっている。

 一部が少し溶けかけているから、本当に最後の手段だったのだろう。


「その心意気、天晴であった。我の糧となり、共に参ろう」


 フッと小さく笑みを零したオウマは、そう告げると灼熱の牙ごと召喚した大剣で一閃。

 二枚に下ろされた大蜥蜴は魔石へと姿を変え、部屋の奥に再び扉が2つ出現した。


「お疲れ様。どうやらまだ続くみたいだね」


「お気遣い痛み入ります。まだまだ余力はありますので、お任せください」


「あはは、まぁ氷緒さんたちと相談しながら、ね」


 このままいくと全てオウマだけでクリアしてしまいそうなので、一応念を押しておく。

 その後はメンバー間で話し合いがもたれ、氷緒さんたちでは厳しい、もしくは余力がなくなりそうなタイミングでその後をオウマがいただくことで決着がついた。

 ステージがいくつまであるのかわからないけど、後半のほうが強い敵が出る可能性が高いことに賭けたようだ。


 2つ目の部屋では氷の棘を持つ巨大なハリネズミのような見た目をした魔物が現れ、氷緒さんたちが戦闘を開始。

 攻撃をすると鋭い棘に阻まれたり、力技で棘を砕くと氷の破片が襲い掛かるという中々近距離メインの氷緒さんと西野さんには戦いづらそうな相手だった。

 最終的には前衛二人がけん制しつつ、水鏡さんの風魔法が止めとなり決着。

 

 3つ目の部屋は周囲に水の玉を従えるオオサンショウウオのような見た目をした魔物だったけど、ここは先ほどとポジションを入れ替え水鏡さんがけん制に回る。

 水の玉に風球を当てて動きを妨害している間に、懐に潜りこんだ氷緒さんが片足に一閃。

 できた隙を見逃さず、西野さんが顎へと上段蹴りを見舞って仕留めてみせた。


 人型じゃない魔物は総じて力技で来ることが多いこともあり、幾分か動きも読みやすいし対応しやすいみたいだね。

 純粋な火力や強さでいえば獣型のほうが上だけど、技巧を駆使する人型に比べれば脅威度は落ちるって感じかな。

 氷緒さんたちじゃなければあの火力の波にのまれてるだろうから、あくまで僕たちはって話ではあるけど。


 そんなこんなで4つ目の部屋にいた土塊の装甲を身に着けたゴリラのような魔物も、身体強化を習得した氷緒さんが力で拮抗できたこともあり無事撃破。

 ただかなりヒヤっとする場面も多く、体力的な消耗も見られたので以降はオウマにチェンジすることになった。


 5つ目の部屋では木の根を自在に操る巨木が相手で、圧倒的な手数と威力にオウマはとても嬉しそうだったのは言うまでもない。

 根は斬ってもほとんどダメージがないようですぐに伸びて再生するし、かつ本体である幹もオウマの拳を受けてもわずかに窪む程度という硬度を誇る中々の強敵。


 だがそこは我らがオウマさん、魔纏のコツを習得していたようで襲い来る木の根を一刀のもと切り伏せ太い幹に魔纏した手刀を深々と叩き込む。

 大剣突き刺せよって思うけど、最小の動きを意識したらあぁなったんだろうね。

 その一撃が致命傷となったようで、無事魔石に変わり突破できたよ。


「良い……とても良い。このひと時がまだ続くなんて、こんなに気が昂るのは我が主人との決戦以来か……」


 どうやらかなりご満悦のようで、物欲しそうに次の扉を見据えている。

 いくつまで部屋が続くのかはわからないけど、この調子でぜひともオウマを満たしてあげてほしい。


 そんなことを思いつつ、僕たちは次の部屋へと歩を進めるのだった―――。



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