第29話


 両者の均衡は崩れぬまま、戦い始めて10分ほどが経過した。


 キングレッドキャップは氷緒さんたちが距離を取れば回転を止めて突きを、近づけばバックステップで間合いを取り急加速から急停止で勢いを利用した回転攻撃に移るといった戦法を繰り返している。

 一方の氷緒さんたちは未だ有効な手立てを実行に移せず、致命傷こそないものの浅い傷を負っては北見さんが癒すという流れだった。


「オウマほどじゃないけど、今まで見たキングレッドキャップの中じゃ一番強いね」


「そのようです。円の動きで一撃の重さを上げるだけでなく、攻防一体の技へと昇華させていますね。アレは中々厄介でしょう」


 珍しくオウマが少し関心した様子でキングレッドキャップに視線を向けている。

 もしかしたら戦ってみたくてうずうずしているのかもしれないね。


「突っ込めば餌食に、されどあの勢いを止めるだけの力はない、か。

 体力切れを待つのも手だけど、あの様子だとあと2時間はゆうに動けるだろうね」


「氷緒たちの体力や魔力がつきる方が先でしょう。

 となればやはり、何かしらのアイデアをもって起点を作るしかあの状況を打開する術はないかと」


 オウマの言葉通り、氷緒さんたちは今劣勢に立たされている。

 だが彼女たちの潜在能力はあの程度の相手に挫けるものではないと信じているし、現に彼女たちも誰一人として諦めていない。

 氷緒さんがまた妙な魔力の練り方をしているから、おそらくこの均衡が破れるのも時間の問題だろう。


「違う……。こう……いや、こうか? あぁ、こっちのほうが……」


 迫り来るハルバートをしっかりと見切り躱し受け流しつつ、あぁでもないこうでもないとぶつぶつ独り言を呟きながら試行錯誤する氷緒さん。

 あの状態に入った氷緒さんの集中力は末恐ろしいものがあり、普通の人ならまず間違いなく途中でやられていると思う。

 だが彼女は平然と並列思考に近いことをやってのけるから、ほんと感動するというか呆れるというか……。


 そんな氷緒さんを信頼し、口を挟むことなくサポートに徹する西野さんや水鏡さん。

 西野さんは西野さんで急激に魔力の練り上げが上達しているから、もしかしたら激しい戦闘の中で急成長していくタイプなのかな?

 水鏡さんも魔法で敵の意識を逸らしたり行動の妨害をしたりと、基本的に攻撃と牽制にしか使っていなかった魔法の使い方に幅が出てきている。


「やっぱり命懸けではあるけど、こういう戦いの中でしか学べないことも多いね」


「ですね……。また一皮剥けたようで、次の修練が楽しみですよ」


 オウマは元レッドキャップということもあってか生粋の戦闘狂なので、氷緒さんたちに視線を向けつつ実に嬉しそうに微笑を浮かべていた。


「こうかっ! くくっ、これは良いッッ!!」


 何かを掴んだらしい氷緒さんが突然荒れ狂う回転攻撃の嵐に飛び込むと、遠心力と膂力の乗ったハルバートを思い切り弾き返して無理やり攻撃を止めて見せる。

 力で拮抗できるようになった彼女はキングレッドキャップに追撃をかけ、怪獣同士の喧嘩もかくやというほどの轟音を響かせながら激しい打ち合いを始めた。


「まだ荒削りだけど、あの戦闘の最中で身体強化を習得したのか……。うーん、氷緒さんのセンスは恐ろしいね」


 僕は見本を見せたり原理を説明したことはあるとはいえ、身体強化の修行についてはまだ早いと判断して見送っていたりする。

 なので、氷緒さんは見様見真似で模倣してみせたってことだ。


 身体強化は魔纏と違い、体内で魔力を巡回させつつ筋肉へ浸透させる必要がある。

 魔纏は表面を覆うこともあり基本的に過剰な魔力は大気中に霧散するから比較的危険は少ないんだけど、身体強化の場合は身体の内側に押しとどめなければいけないので自身の制御能力以上の魔力を使おうとすると身体がボロボロになる諸刃の剣だからね。

 ボロボロになるだけならまだ良い方で、ひどいときは内側から身体が崩壊していくよ。


 戦闘しながら使おうとするなら、それこそ呼吸するように魔力を操作できるだけの技量が必要になる。

 氷緒さんは戦闘中に発揮する恐ろしいほどの集中力をもって、並列思考擬きで制御してるようだけど。

 彼女も大概戦闘狂だから、らしいっちゃらしいけどね。


「あは、あははははっ! 身体が軽いっ!! 力が湧いてくるッッ!!! これは気持ちが良いな!」


 何かのスイッチが入ってしまった氷緒さんは、そのテンションに呼応するように動きにキレが増していく。

 身体強化によって上がった膂力に物凄い速度で適応していってるんだろう。

 センスお化け、恐るべし。


「……さすが梓。今回は譲る」


 少し悔しそうに戦闘の様子を見つめた後、晴れ晴れとした表情でそう告げた水鏡さんは今の氷緒さんに合わせて魔法を行使。

 球から弾へ形を変え、頭部や関節といった守りの薄い部分を狙い撃ちし行動を阻害。

 その隙を見逃さず、氷緒さんは着実にダメージを与えていった。


「あたしにはまだあれは無理そう……かな。でも、これならっ!」


 西野さんは腕へ過剰に魔力を集中させ、大きく跳躍すると垂直に拳を振り下ろして地面に激しい右ストレートを叩き込む。

 勢いよく地面に打ちつけられた拳はダンジョンの床へ亀裂をうみ、ビキビキと音を立てながら伸びていく。

 ちょうどキングレッドキャップの足元に到達すると同時、地面が陥没し大きく姿勢を崩させた。


「やるなっっ!!」


 咄嗟のことに対応できなかったキングレッドキャップが無理やり姿勢を立て直そうとするも、そんな一大チャンスを氷緒さんが見逃すはずもなく。

 瞬く間に距離を詰めるやいなや、キングレッドキャップの技を模倣してみせる。

 100−0の勢いを乗せた赤い魔力を迸らせる大剣の一撃は、防御にと突き出されたハルバートの柄もろともキングレッドキャップを両断。


 魔石へと姿を変えたことを確認し打ち倒せたことを確信できると、氷緒さんは残心を解いて小さくガッツポーズをとり喜びを顕にする。

 北見さんは喜びを抑えつつ足速に西野さんの元へ向かうと、治療を始めた。


 身体強化もなしにあの威力を出したことは驚嘆に値するけど、ちょっと無茶をしすぎだね。

 自身の制御能力を大きく超えて過剰に魔力を集めた腕は反動でボロボロだし、体重ごと打ち込んだ拳は良くて折れてるか最悪粉々だろう。


 さすがにあの状態は今の北見さんの手には余るだろうと補助しようとしたんだけど、これまたびっくり。

 かなりの集中力と魔力を使ってるみたいだから戦闘中にはもちろん使えないだろうけど、緻密に織り込んだ魔力を過不足なく使用することで、ヒールの上位魔法――ハイヒールを使用していた。


「うーん、みんな才能に溢れすぎてて怖いねぇ。こっちではこれが普通なのかな……?」


「どうなんでしょうね……。あれが普通だと言うなら、ダンジョン側は相当頑張らないといけないとは思いますが」


 そう言ってニッと口元だけ動かし、獰猛な獣のような雰囲気を纏うオウマ。

 うんうん、彼女たちの凄まじい成長っぷりにかなり荒ぶってるね。

 どこかで発散させないと、一般人の目に触れたら通報されそうなレベルで怖いけど。


 なんて考えてるうちに、北見さんは完璧に西野さんの腕を治療し終える。


「綾、さっきのはしばらく使用禁止だからねっ?! あんなの技って言わないから!!」


 目もとに涙を浮かべ、きっと睨みながら怒る北見さん。


「うん、ごめんねー……。ついテンションが上がりすぎちゃって、できそうってだけでやっちゃったの。ほんとに反省してます」


「うむ、助かったのは確かだがアレは自滅技だな。もっと鍛えてから、改めて使えるようにしたらいいだろう」


「……綾も梓には言われたくないと思うけどね。最初に無茶しだしたのは梓なんだから」


「うっ?! む、無茶なんてしていないっ! あのときはほら、できるという確信があったというか……なっ?!」


「……結果的にうまくいっただけ。ちょっと間違えれば綾と同じか、もっとひどいことになってた」


「ぐぬぬぬ……否定できん……。すみませんでしたぁ……」


 がっくりと項垂れ謝罪の言葉を口にする氷緒さんの姿に、自然と笑い合う一同。

 本来ならあとは帰るだけなんだけど、何かが起こるであろう確信にも似た予感が僕にはあった。

 油断なく周囲を見回す僕をみて、みんなも再度気を引き締め直し構えていると――。


『チュートリアルダンジョンの踏破を確認しました。これより720時間後、チュートリアルモードを終了します』


 突如として空中に出現した半透明のプレートに、そんな文字が浮かび上がるのだった―――。



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