第27話


 異常事態の発生条件の報告をした日から、かれこれ1ヶ月ほど経過した。

 季節はもうすっかり冬で、直にクリスマスやらお正月といった一大イベントがやってくる今日この頃。

 当然と言えば当然なんだけど、今日も今日とて僕たちはそんな世間の盛り上がりなどお構いなしにダンジョンで修練に勤しんでいる。


「北見さん、治癒する箇所を見ずに魔力を通して場所を把握することを心がけて。

 西野さんは拳に纏わせる魔力に乱れがあるから、均等になるよう意識してね」


「「はいっ!」」


 二人は真面目な顔で素直に頷くと、指摘された部分を意識しつつ反復練習に戻る。


「氷緒さんも魔纏を延長させることに意識を裂き過ぎて乱れてますよ。今はとにかくどんな状況下でも乱れることなく一定の魔纏を維持させる、それを成すための基礎あるのみです。

 水鏡さんは魔纏より魔力操作を向上させるほうが結果的に戦力アップに繋がるので、目先の火力よりもその先へ目を向けてください」


 僕の言葉に氷緒さんは一度魔纏を解き、ふーっと大きく息を吐き出して深呼吸。

 淀みのない魔纏を展開し、素振りを始めた。


 水鏡さんはやや納得がいかないようで、魔力操作の修行にイマイチ身が入っていない。 

 まぁ今の水鏡さんに欠けているのは火力で、魔纏が一番それを克服しやすいからね。

 気持ちはわからないでもないけど、一時的にしか使えない力に溺れると身を滅ぼすだけだ。


「オウマ、戦っていてうざいのは一撃の破壊力が高いけど継続戦闘力が低い敵と、一撃の破壊力は低いけど継続戦闘力が高い相手、どっち?」


「状況によりけりですが、後者のほうがそう感じる機会は多いかと。戦闘ではいかに自分の身の丈を理解しているかが大きく勝敗を分けますから」


「……身の丈」


 僕らの会話を聞いていた水鏡さんは、どこか腑に落ちたのか雑念を取り払い自身の修行に集中し始めた。

 

 身の丈って言っても、なにも水鏡さんに実力がないって訳じゃないよ。

 単純に向き不向きもあるし、修練の順番もあるってだけ。


 遠回りになることもあるけど好きな方法で修練していくのは全然有りだけど、今の水鏡さんは最短ルートを希望しているからね。

 それなら僕らは心を鬼にしてでも今の最善を実践してもらうべく、厳しい言葉を使ったにすぎない。


 ここに檜山くんでもいればまた揉めたかもしれないけど、今のメンバーなら僕が意地悪で言っている訳じゃないことはちゃんとくみ取ってくれるからこそできることだね。


 そうしてみんなの修行の様子を時折見つつ、僕とオウマは激しい打ち合いを演じる。


「また腕を上げましたね……!」


「そりゃこれだけ打ち合いしてれば、ねっ!!」


 オウマ相手だと生身ではとてもじゃないけど歯が立たないし、オウマの修練にならない。

 そのため、魔力による身体強化を使ってようやく修練の形を保てているのは内緒だ。

 僕としてはズルなしでオウマに勝てるようになりたいから、この状態で圧倒できることが当面の目標かな。


 修練で一息つくたびにちらりと僕を見てはうずうずした表情をしてる人たちが目に入るけど、彼女たちには身体強化はまだ早いからダメだよ。


 そんなこんなで、再び修練漬けの毎日を送ること一ヶ月ほど。

 少しずつみんながみんな何かしらの成果を感じられるようになってきた頃、僕らは再び雷華院校長に呼び出されていた。


「お忙しい中お呼びたてしてしまい申し訳ありません。

 実は折り入って、皆様に頼みたい案件ができまして」


 やや申し訳なさの浮かぶ表情でそう告げ、こちらの様子を伺う雷華院校長。


「……厄介ごとですか?」


 思わず尋ねた僕。


「……本来なら厄介ですが、月涙さんたちなら難易度的には問題ないと思っています」


 難易度的には、ねぇ……。

 つまり難易度以外に面倒臭い要因があるってことか。

 僕の表情から意図を読み取ったことを理解したのだろう、雷華院校長は苦笑いを浮かべながら言葉を続ける。


「御察しの通り、それ以外がやや問題といいますか。単刀直入にいえば、上級ダンジョンの踏破依頼ですね」


 日本では未だクリアされていない上級ダンジョンの踏破依頼。

 それはつまるところ、やたら目立つことをしてくれってことか。


「しかしなんでまた急に?」


 僕の疑問に頷く一同。

 今までだってクリアできてなかったんだから、ここに来て慌てる必要が感じられないんだよね。

 いやまぁ他所に比べて出遅れてるのは間違いないから、少しでも追いつきたい気持ちはわかるけど。


「日本にもダンジョン協会を誘致、設立したいからです。

 お恥ずかしい話ですが、実は以前から申請はしていたんですが協会本部から門前払いを食らっていて。

 先日の異常事態の報告を以てようやく門戸を開いてもらえたんですが、協会設立の条件が上級ダンジョンをクリアしていることだったようで……」


「ダンジョンはあるのに、ですか?」


「ええ、そのようです。理由については一切口を開いてもらえなかったんですが、それも協会を設立できればわかるでしょう。

 日本はダンジョン攻略の面で他の先進国に大幅に遅れをとっている現状、ダンジョン協会が持つであろう膨大な知識と力は是が非でも欲しいんです」


 なるほど、そういうことか。

 こっちでダンジョンに関する相互組織の存在を聞かなかったからてっきりないもんだと思ってたんだけど、設立できてないだけだった訳ね。

 

 正直今のダンジョン事情ならそんな組織いらなくない? って思うんだけど、きっとまだ僕の知らない何かがあるんだろう。

 向こうなら採取してきた素材やらの鑑定、厳選、流通など、あらゆる面で国の管理下にない冒険者のための組織が必要だったけど。

 こっちでも新たなエネルギー源として非常に優秀な魔石だけど、サイズもたかが知れてるし副産物もほぼないし。

 それでも存在してるってことは、何かしらの意義か必要性があるからだと考えるのが妥当だよね。


 他にクリアできそうなパーティがないこともあってか、物凄く不安そうにこちらの返事を待つ雷華院校長。


「ちなみに海外から有力なパーティを呼ぶなりして、クリアしてもらうとかはダメなんですか?」


「結論から言えば可能です。ただし、『現実的ではない』と前提がつきますが」


「現実的ではない……?」


 僕が首を傾げると、雷華院校長は真面目な顔でこくりと頷く。


「ひとつが莫大な契約金。上級ダンジョンを安定してクリアできるパーティですと、所属国に支払う謝礼金などまで含めると1、000億をゆうに超えます」


「たっか……」


 思わず出た本音に、みんなが苦笑いを浮かべる。


「ふたつめに国の威信ですね。どちらかといえばこちらが重要なんですが、諸外国に頼ってしまうとその国へはよほどのことがない限り逆らえません。上下関係が確立してしまうんです」


「あぁ……」


 裏じゃどうだか知らないけど、表向きは力の差はあれど上下はないことになってるもんね。


「みっつめは安全性です。自分達の国の誰より強い人たちを招き入れる訳ですから、何かあっても対応できる者がいません。

 ダンジョン協会があればそちらで対処してもらえますが、日本にはありませんからね……」


 おぉ……。

 国的にはふたつ目が重要なのかもしれないけど、個人からすればみっつ目が一番重要じゃない!?


「という訳で、なんとか自国内で解決したいと今に至るのです。少しずつではありますが、冒険者による犯罪行為やそれに近いものが散見され始めています。どうかお力をお貸しいただけないでしょうか」


 切実な声音でそう告げ、その場で立ち上がり深く頭を下げる雷華院校長。

 彼女にも何かしら裏の意図はあるのかもしれないけど、僕は意外とこういうのに弱かったりする。


「みんなが同意してくれればですけど、僕は良いと思いますよ」


「本当ですかっ?!」


 雷華院校長はすごい食い気味に顔を上げて目を見開く。


「オウマはどう思う?」


「今の氷緒たちなら問題ないと思います。良いのではないでしょうか」


「という訳なんですが、修行の成果を試しつついっちょ日本一になってみたりしません?」


 僕が投げかけた言葉に苦笑いを浮かべる一同。


「普通はそんなに簡単に言われてなれるものでもないんだがな……。だが確かに、そろそろ実戦で腕試ししてみたい気持ちはある」


「……うん。自分達の力がどこまで上がったか、しっかりと確かめたい」


「うちは日本一とか実感わかないしあんまり興味もないけど、これで校長せんせーが喜ぶなら頑張りたい、かな」


「あたしも同じ気持ちです」


 全員が強い眼差しでこくりと頷く。


「じゃあ修行の成果を見に行きましょうか。あ、もちろん僕は荷物持ちという体でよろしくお願いしますね」


 僕の言葉に、室内は笑い声に包まれるのだった―――。



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