第21話


 おそらく前回と同じならもう一度新たな敵が出現するであろうことは予測できていたので、油断なく身構える氷緒さんたち。

 僕らも何かあればすぐに動ける状態で待つことしばし、突然気温が下がったと錯覚するほどの威圧が周囲を襲った。

 まだ姿すら確認できていないのにこの迫力、レッドキャップチーフとは比較にならないほど強敵であることは間違いない。


「これはちょっとまずいかな……。氷緒さん、水鏡さんは後ろへ!

 コード003限定解除『断罪の樹ジャッジメント』」


 どう考えても今の氷緒さんたちには荷が重すぎると判断した僕は、彼女たちへ後ろに下がるよう指示。

 元から言い含めてあったこともあり、渋ることなく即座に行動に移してくれる。

 その間に僕の背には可愛らしいミニチュアのような黒の片翼が顕現。 


 だが、二人の背後に突如として出現した人のような何かが、大剣を片手で構えながらも彼女たちより遥かに速い速度でその背に迫るのが目に入った。


「迎撃して、『煉獄の焔剣レーヴァテイン』『栄亡の秤剣ティルヴィング』」


 僕の言葉に従い、黒の片翼から1本ずつ羽根が飛び出し剣へと姿を変え飛んでいく。

 瞬く間に氷緒さんたちとすれ違い、すぐ傍まで迫っていた敵に攻撃をしかける剣たち。


 敵は襲い来る二本の剣を苦も無くいなし、弾き、余裕で相手取っている。

 戦力的には完全に五分、一撃の破壊力が向こうのほうが高い分やや不利ってところかな? 


「どうやら予想が当たったようだな」


「……うん。事前の資料通り、あれは100層のボス――キングレッドキャップ」


 氷緒さんたちと合流すると、少し悔しそうな顔をしつつも敵を見据える二人。

 前回も次のボスと次の次のボスが出現したことから、今回は75層と100層のボスが現れるのではないか? と予想し写真と名前だけ手に入れてもらっていたのだ。

 詳しい情報は機密に当たるらしくてもらえなかったらしいけどね。


 さて、件のキングレッドキャップだけどどう見ても人間にしか見えない。

 正確には肌の色は緑だから落ち着いてみれば人じゃないことはわかるんだけど、フォルムは完全に人間のソレだ。


 身長190cmくらいの鍛え抜かれた肉体に、赤黒いハンティングキャップと前がはだけたボロボロの外套。

 頭に小さな王冠が乗っていて、あんまり関係ないけどめっちゃ強面のイケメンて感じだよ。

 両手には手首より少し上くらいまでを覆う籠手が装備されていて、どうやら小盾の代わりも果たすようだ。

 

 流浪の王様って感じの風体だけど、あんな王様がいたら誰も謀反なんて考えないだろうなぁ。

 

「海外の人はを倒してるんですよね? 日本てほんとに追いつけるんですか??」


 限定解除した僕でさえ、ちょっと選択を誤ればあっさりと命を刈り取られそうな圧があるんだけど。

 ていうか75層のボスと100層のボスで差がえぐくない?

 まだレッドキャップチーフを5体同時に相手しろって言われるほうが楽そうだよ??

 

 僕の素直な疑問は非常に答えづらいものだったようで、二人は苦笑いを浮かべていた。

 おそらく二人も、現段階ではまったく勝てるビジョンが浮かばないんだろうね。


「月涙はアレを倒せそうか?」


「2体同時にって言われれば厳しいかもですけど、1体だけならなんとかなりますね」


「……今回は任せる。いつか必ず倒す」


「そうだな……。すまないが頼む」


「はい、任されました。お二人は北見さんたちを頼みます」


「死ぬなよ」


 僕の肩をぽんと叩いてから、北見さんたちのもとに駆けていく二人。

 あれ、強がりだったのバレてたのかな?


「おっと、任せきりでごめんね」


 戦闘を任せていた剣たちから責められ、慌てて駆けだす僕。

 前回のレッドキャップチーフを倒したときの経験値や修行中に得た分も含め、現在の僕は9レベルに上がっている。

 上昇値は相変わらずなので、ステータスはオール9だね。

 ステータスばかりはどうにもできないので、このままで頑張るしかないのが痛いところ。


「おいで、二人とも。まだまだ修行中の身ではあるけれど、ようやく一緒に戦えるよ」


 僕の言葉に反応し、すっと手元に収まる二本の剣。

 嬉々とするように刀身がきらりと輝きを放ち、そんな僕たちの姿をキングレッドキャップは油断なく見据えている。


「ギャッ!」


 突然キングレッドキャップが大剣の切っ先をこちらに向けるよう水平にかまえ声を上げると、突如として圧倒的な威圧が僕を襲う。

 地面がきしみ空気が揺れるほどのソレは、並大抵の冒険者なら良くて失神、ひどいと即死するレベルのものだった。

 でも残念、それはには通じないんだな。


「効果がなくて驚いてるの?

 師匠であり弟子と弟子予定の子たちが見てるからね、情けない姿は晒せないんだ」


「……ギャギャッ。グギャギャグギャ」


「ごめんね、さすがにゴブリン語? はわからないよ。言葉はいらないから、戦闘で語ろう」


「グギャ」


 向こうも諦めてくれたのか、左手を前に突き出し右手で大剣の切っ先を下に向けたまま頭上に掲げて構えを取る。

 いわゆる刺突の構えに似てるのかな。

 僕は左右の手に片手剣を二本もったまま、同じ構えを取った。

 相手がだれであれ、吸収できるものはしないとね。


「いくよ」 「グギャッ!」


 お互い一気に駆け出し、剣と剣がぶつかり合う。

 力で敵わない僕は相手の力を利用し、受けた剣の威力で身体を回転させ攻撃を放つ。

 今の技量では完全に威力を殺しきれないようで身体がきしむけど、まともに受ければ一撃で沈められるだろうから全然マシだね。

 というか多分武器がこの子たちだから無理やりなんとかできてるけど、普通の武器だったら一撃とて受け流すことすら許してくれないだろうな。


 キングレッドキャップの戦闘センスはずば抜けていて、自身の力で加速してる僕の攻撃を容易に避けた上で反撃してくる。

 身の丈ほどある大剣を片手で楽々振り回してることにも驚くけど、剣士として氷緒さんの上をいってることに尚驚くよ。

 

 彼らに修行という概念があるのかはわからないけど、あるとするなら相当の練度だ。

 途端になんだか嬉しくなってしまって、感情に呼応して自分でも自分のギアが1つ上がったのが理解できた。


「もちろん邪道なんて言わないよね?」


 僕は周囲に5発の風刃を生成すると、遠隔操作して前後左右上と5方向から同時攻撃を仕掛ける。

 それに乗じて僕自身も斬りかかるものの、あろうことか目の前の剣士は身体から放出した魔力だけでそのこと如くを消滅させ、迫る僕に大剣を突き出す。

 咄嗟に剣の腹で攻撃を流しつつ懐に飛び込むも、それを読んでいたかのように左の手刀が襲い来る。

 

 かろうじて剣を交差させて受けることで直撃は免れたけど、僕の身体は容易に吹き飛ばされた。

 ダメージできしむ身体に鞭打ち空中で反転しつつ着地し、即座に横へ飛び退く。

 ついコンマ数秒前まで僕がいた場所にはキングレッドキャップの大剣が振り下ろされ、大きなクレーターを形成。

 衝撃で僕は押し出されるも、地面を何度か蹴りながら空中で体勢を整え再び構えを取る。


 それを見たキングレッドキャップは嬉しそうに顔を歪め、左手をくいくいっと手前に動かした。

 今度はお前から来いってか。上等!


「二刀流でダメなら四刀流はどうかなっ!」


 右手で左から右への切り払い、それに続いて左手も同じ軌道で振るう。

 さらに左手の振るう力を利用してバク転し、左足と右足に魔纏で刃を形成しての追撃。

 空中に風の足場を作り着地と同時にさらに踏み込み、右から左から下から上からあらゆる角度から連撃を叩き込む。

 

 膂力こそないが、魔纏により研ぎ澄まされた刃はキングレッドキャップとて容易に切裂けるだろう。

 それは向こうも承知のようで、流れるような動作で大剣と左手の籠手を使って全ての連撃を受けきられてしまった。

 僕は剣で受けるスタイルにしたけど、籠手っていうのも浪漫があって良いね。


「グギャギャ」


 今度は再び自分の番だとでも言いたげに不敵な笑みを浮かべたキングレッドキャップは、大剣を地面に突き刺すと一歩で僕の懐に飛び込んできた。

 大剣がなくなった分速度が上がっており、鋭い爪と蹴りを用いた連撃を仕掛けてくる。

 意趣返しのつもりですかねぇ!


「や、って、く、れる、じゃんっっ!!」


 受け流すことにだけ注力し、左右の剣と身体捌き、経験則から来る先読みで紙一重で捌き切る。

 途中無理な体勢からの一撃の軌道を逸らし、反撃を入れるも手甲で防がれると猛攻が止まり大剣を突き刺した場所へ後退した。

 しかしあの手甲、出力が低いとはいえ魔纏に耐えるってどんな代物だよ。


 僕も人のこと言えないけど、目の前のこいつも相当な近接戦闘ジャンキーだろうな。

 互角に渡り合うことが嬉しいのか、目をギラギラとさせて獰猛な笑みを浮かべてるもん。


 できることなら全てを吸収し終えるまで闘い続けていたいところなんだけど、僕のこの軟弱なステータスでは限界も遠くない。

 名残惜しいけど、そろそろ終わらせるべく動くことにしよう。

 

 僕はそう決意すると、剣を握る手に力を入れ一歩踏み出した―――。




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