第19話
25層へ降りる階段の手前で少し小休憩をとった僕たちは、静かに頷き合うと階段を降りて25層へと足を踏み入れた。
「ここが25層……今までより空気がちょっと重いんだケド……」
「空気に呑まれてるようじゃ、まだまだってことですね……」
北見さんがそう呟くと、西野さんも額にうっすらと汗を浮かべながらそう呟く。
二人は今初級ダンジョンの23層を攻略中らしいから、無理もない話なんだけどさ。
そもそもここにいること自体おかしいし、なんならここまで来れる人たちが日本にどれくらいいるんだろうっていう話だからね。
この経験を糧に、ぜひ何かを掴んでもらいところだ。
それはもう僕には望めないものだからこそ、余計にそう思ってしまうのはしょうがないよね。
「来るぞ。三人は下がっていろ」
氷緒さんが真剣な表情で注意をうながし、水鏡さんがゆっくりと一人で前に進んで行く。
そのさらに先、今まで何もなかった空間がわずかにゆがむと通常の個体より二回り以上巨大な洞窟狼にまたがるゴブリンエリートリーダーと5体の洞窟狼が現れた。
氷緒さんは水鏡さんと僕らの間に立ったまま動く気配がないので、どうやらここのボスは水鏡さんが一人で相手をするようだ。
「……この緊張感は久しぶり。
水鏡さんは上半身を深く前へ沈みこませ、さながら手をつけないクラウチングスタートのようにロケットダッシュで駆けだした。
それを見てゴブリンエリートリーダーが巨大な洞窟狼に指示を出すと、子分であろう洞窟狼と共に息のあった動きで一斉に駆けだし左右に展開しつつ両者の距離がどんどんと縮まっていく。
あと数秒でぶつかる、そんなタイミングで突如として加速した水鏡さんは反応できていない洞窟狼2匹の首をすれ違い様に斬り落とし、その場で大きく跳躍すると反転して上空から洞窟狼目掛けて風刃を発射。
さらに風で自身を地上に押し戻すと、再び素早く駆け出し風刃を避けたところを次々と狙い撃ちして首を刈り取っていく。
速度を調整することで着弾のタイミングをずらすようにして複数発打てるなんて、だいぶ魔法の扱いに慣れて来た証拠だね。
あれができるなら、さらに上達すればこのくらいの敵なら魔法だけで仕留めることもできるようになるだろう。
あっという間に取り巻きを一掃し終えた水鏡さんは、武器を構えなおすと巨大な洞窟狼たちと対峙した。
「……次はどうする?」
その言葉を挑発ととったのだろう、瞳に怒りを宿した巨狼は大きく咆哮すると鋭い牙を覗かせながら数歩で水鏡さんに肉薄。
かみ砕こうと大きな口をあけて襲い掛かった。
「……遅い」
いともたやすく紙一重で躱した水鏡さんが、がら空きの胴体目掛けて短剣を振るう。
だが騎乗するゴブリンエリートリーダーが手に持つ片手剣でそれを防ぎ、次の瞬間には巨狼の爪が水鏡さんに迫った。
「へぇ、思ったよりもしっかりと連携を取ってくるんだね」
「水鏡さんに加勢したほうが良いんじゃ……」
僕がつい感嘆として呟くと、心配そうに行く末を見守っていた北見さんがそう零す。
「きっとあたしたちがいるから……」
西野さんは西野さんで、自分たちのせいで水鏡さんが一人で戦う羽目になっていると思い自分を責めているようだ。
「そんなに悲壮感漂わせなくても大丈夫だよ。氷緒さんは手を出せない訳じゃなくて、あえて出してないだけだから。
二人掛かりだとあっという間に終わってしまって、問題点の洗い出しができないからね」
「「えぇ……」」
ボス部屋で何やってんだとでも言いたげに、やや引いた様子で僕を見る二人。
「二人が今後も冒険者として
もちろん修練も備えも必要だけど、実戦に勝るものはないんだ。
肌がピリつくような戦場の空気感、常に自身の命を狙う殺意。それらに触れる中でしか得られない経験が、積むことのできない強さというものがあるのさ」
「……上を目指す、か……」
「あたしたちじゃ……」
僕の言葉に思うことはあるんだろうけど、それよりも強く悲壮感が漂う二人。
うーん、見事に心を折られてるね。
こう言っちゃなんだけど、この二人には光るところがあるんだけどなぁ。
まぁ本人たちが望まない以上、しょうがないか。
「とりあえず、今は見ることが仕事だからね。ほら、戦況が動くよ」
爪を弾き、牙を躱し。
ゴブリンエリートリーダーに防がれることも気にせずカウンターを入れ、隙を見て風刃をゴブリンエリートリーダーに向けて飛ばす。
それらは巨狼の俊敏な動きで躱され、負けじと反撃という流れが繰り返される中。
少し距離をとって大きく息を吐きだした水鏡さんは、風刃を3発同時に生成して一斉に射出。
その後ろに続くように駆け出し、再び巨狼たちに肉薄。
巨狼が右腕の一振りで3発とも蹴散らした隙に懐に潜り込み、その首目掛けて短剣を切り上げる。
「「ああっ?!」」
それを読んでいたのか、ゴブリンエリートリーダーが片手剣を振り下ろした姿を見て北見さんたちが声をそろえて悲鳴をあげた。
でもそれすら読んでいた水鏡さんはピタリと短剣を止め、目標を即座にゴブリンエリートリーダーに切り替えると跳躍。
「……『瞬纏:
両手に持つ短剣が緑色の膜で覆われたので、おそらく風の魔力を纏わせたのだろう。
その圧倒的な切れ味は迫り来る片手剣を容易に切り裂き、続く二撃目が首を両断し上空に作り出した風の足場に反転して着地。
空を蹴ると地面へ向かいながら短剣を2本同時に振り下ろし、巨狼の首も刈り取った。
「……ふぅ。いい勉強になった」
わずかに額に汗を浮かべつつも、やりきったとサムズアップする水鏡さん。
「お疲れ様。良い戦いだった」
「ええ、特に最後の風の足場を作るという発想が良かったですね。柔軟な発想は戦術を広げますよ」
「「お疲れ様でした!!」」
合流して次々にかけられる言葉に、水鏡さんは少し恥ずかしそうにしつつも満足げに自身の手を見つめ握り込んだ。
「……また少し先が見えた気がする。まだまだ私は強くなれそう」
「うかうかしてると追い越されそうだな……。早く私も戦いたいぞっ!!」
「……さすがに少し休ませてほしい」
今の戦闘を見てうずうずしている氷緒さんと、思ったより消耗したのか一息つきつつ体力回復に努める水鏡さん。
そんな二人を見て、北見さんたちは何やら小声で話し込んでいる。
何かしら感じることがあったのなら、雷華院校長の想いも無駄じゃなくなるし良いことだね。
それから10分ほど小休憩し、再び最奥目指して出発。
ボス戦を経て磨きがかかった水鏡さんと、負けじと張り合う氷緒さんの活躍でサクサクと進むことができた。
「なぁ月涙、京禾が魔纏を使っていたがやはり高い魔法適正があるということなのか?」
「魔法の適正は二人とも結構高いですよ? 方向性が違うだけです。
水鏡さんのアレはいわば苦肉の策、おそらく相当消耗が激しい上に氷緒さんのように長時間維持することは困難でしょう。
瞬間的に魔纏で切れ味を上げ決着をつける、奥の手に近いものじゃないかと」
「……さすが月涙、鋭い。
指摘の通り、一回の戦闘で使えて10秒ってところ。せめて5分は使えるようになりたい」
「なるほど、そういうことか……。
どうも私は頭が固くていかんな。そんな発想すら思い浮かばなかったぞ」
「氷緒さんは目の前のことに意識をとられがちですからね」
「……まるで私が単細胞だと言われているように感じるな?」
不服だとジト目を向ける氷緒さんに、目線を逸らすしかない僕。
どちらかと言えば直情型の猪突猛進タイプじゃんって思ったけど、言わないのが華だね。
「月涙……さん、でいいのかな」
「北見さん、どうしたの?
あと別にさんはいらないよ、僕は癖でつけちゃうからつけたいならお任せするけど」
真剣な表情で声をかけてきた北見さんと、その後ろで同じ顔をしている西野さん。
「すごく勝手なお願いだってことはわかってる。それでも、ウチらも今のままじゃいたくないから……!
なんでもするから、どうかウチらも鍛えてほしい!」
ばっと二人そろって頭を下げた。
今なんでもするって言った……??
「本当に……なんでもするの?」
「もちっ!」 「はいっ!」
僕の言葉に、一切こちらを疑う様子もなく即答する二人。
なんでも、なんでもかぁ……。
「うん、わかったよ。二人の意志は十分受け取ったから。
ここから戻ったら、修行開始といこうね」
僕が笑顔で返事を返すと、手を取り合ってはしゃぐ二人。
その後ろで『うさんくさいな……』とか聞こえた気がするけど、気のせいだってことにしよう。
だってこんなに楽しみなことができたんだからね?
僕はこの二人をどうしてやろうかと、ダンジョン攻略そっちのけで考え始めたのだった―――。
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1章までは定期的に更新していく予定なので、今後ともよしなに!
現在更新は滞ってますが、別作品もいくつか連載中なのでそちらもよければ!!
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