第18話


 僕は初めて中級ダンジョンへと足を踏み入れたこともあり、つい辺りをキョロキョロと見回していた。


 ちなみに多摩市にある中級ダンジョンなので、ここの正式名称はそのまんま多摩中級ダンジョンだそうだ。

 補足だけど、日本は世界でも有数のダンジョン国らしく各都道府県に1個以上ダンジョンがあり、特に東京はダンジョン密集地帯だったりするよ。

 東京の各区市町村ごとに必ず1個以上あって、その総数は合計で100にも上るというんだから驚きだよね。


「へー、ここが中級ダンジョン……。正直パッと見は初級ダンジョンと大差ないですね」 


 思ってたよりも新鮮味がなくてつい口からもれてしまった僕の緊張感のない発言に、苦笑いを浮かべる女生徒二人。

 彼女たちは今回、学園の指示で僕たちに同行することになった桜ヶ峰学園の生徒だ。


 明るめの茶髪をセミロングで切りそろえ、左側だけクリップで止めて耳を出す切れ長の目元をした見た目がTheギャルな子が『北見 梨沙』。

 ダークブラウンのふんわりカールに垂れた目元、ぷっくりとした桜色の唇にとても大人びた雰囲気を醸すお姉さん系女子が『西野 綾』。


 二人と聞いて察しの良い人ならもしやと思ってるかもしれないけど、そのまさか。

 彼女たちはいわゆる学園カーストで僕の次に立場の弱かった、落ちこぼれ2号3号と揶揄されていた二人だ。


「でも、本当に大丈夫なの? その、ウチ等がいると迷惑なんじゃ……」


「月涙くんと違って、あたし達はほんとにその……お役に立てないでしょうから……」


 とても気まずそうに二人で視線を合わせ、表情を曇らせる彼女たち。

 どうやら半年以上に渡りクラスメイトたちから心無い言葉や視線を浴び続けたことで、かなり自信を喪失してしまっているようだ。


「まぁ二人がはわからないからなんとも言えないけど、少なくとも今回に関しては何も気にする必要はないよ?

 僕たち三人はあくまで学園から指示されて荷物持ちとして同行しているただのおまけで、氷緒さんたちについていくことがいわばお仕事のようなものだからね。

 不測の事態に陥ることもないし、遠足だとでも思おうよ」


「「そうは言われても……ね?」」


 二人は納得がいかないようで、とても気まずそうに氷緒さんたちにちらちらと視線を送る。


「月涙の言う通り、今回は本当にこちらがただ二人を巻き込んでしまっているだけだ。

 何も気負うことはないし、一足早く中級ダンジョンの雰囲気を感じられてラッキーくらいに思っておけば良い」


「……むしろそれ以上に面白いものが見れるハズだから、まだ気があるならよく見ておいたほうが良い」


 水鏡さんの意味あり気な言葉に、ごくりと喉をならして気合を入れなおす二人。

 その言葉の意味は氷緒さんたちが戦闘をし始めてすぐに理解できたようで、何度も目をこすっては瞬きしていた。


「これは良い! まるで豆腐を斬っているようだぞっっ!!」


「……敵が遅い。あくびが出そう」


 氷緒さんは大剣に火の魔力を纏わせ、ただ振るっただけの技術もなにもない一撃であっさりと両断。

 水鏡さんは風の魔法で自身の動きを加速させることで、目にも留まらぬ速さで敵の喉を切り裂いた。

 

 ちなみに今戦っている相手は洞窟狼ケイブウルフという大型犬サイズの狼で、一度に2~3体でまとめて襲い掛かってくる魔物だ。

 まだ一層でこの難易度だから、やっぱり初級と中級じゃ見た目はともかく中身は別物だね。


「張り切りすぎてボス前でへばらないでくださいねー」


「そんなへまはしない! ……ハズだ」


「……も、もちろんちゃんと計算してる」


 どうやら楽しすぎて完全にペース配分が頭から抜け落ちていたようで、言葉とは裏腹に目が泳ぎまくっている二人。

 北見さんたちはそんな僕らのやり取りを見てきょとんとしてしまっている。


「なに今の……。剣が赤くなってたよね……?」


「水鏡さんの動きが目で追えませんでした……」


 どうやら違ったらしい。

 二人は単純に氷緒さんたちの修行の成果に驚いてただけのようだ。

 まぁこの世界じゃ普及してない技術っぽいから、そりゃ驚くか。


「さ、夜までには帰りたいですし先へ進みますよー」


 北見さんたちが『夜まで……?』とかつぶやきながら首を傾げてるけど、50層くらいなら日帰りできるでしょ?

 前回の30層攻略時だって片道3時間ちょっとだったんだから、単純計算で5時間ほどで最奥にたどり着けるよね。

 帰りは踏破得点の帰還の石碑リターンポータルを使って戻れば一瞬だし、6時間もあれば終わるハズ。


 今が午前10時だから、全然余裕だね!

 ――なんてなめた考えをしていた時期が僕にもありました。


「一層あたりの広さが全然違うじゃん……」


 そう、敵の強さだけじゃなくてまさかの規模まで違ったんだよね。

 初級ダンジョンの1.5倍くらいあると思う。


「それでも異常な行進速度なんだぞ? 本来は一日5~6層進めれば良い方だからな」


「……わたし達こんなに強くなってたんだね」


「ああ、我がことながら実戦を通してようやく実感できたな。

 おそらく今ならランキング上位に容易に食い込めるだろう」


「それでも1位2位を独占できる、と断言しない辺り今の1位と2位の人はそんなに強いんですね」


 正直身内びいきを抜きにしても、今の二人は相当強いと思う。

 レッドキャップチーフと1対1はまだ厳しいだろうけど、2対1ならまず間違いなく負けることはないだろうし。

 

 現在の日本最高到達層が74層ってことは、レッドキャップチーフで止まってるってことで、それなら二人のほうが強いんじゃないの? と思ってしまうけど違うんだね。


「言い方は悪くなってしまうが、今のNo.1パーティが75層をクリアできないのは積極的にクリアするつもりがないからなんだ。

 もともと彼ら彼女らにとって踏破はついでで、仲間内で楽しくダンジョンを攻略したいタイプでな。

 相当の安全マージンをとれない限り、階層を進むこともボスに挑むことも避けてるんだよ」


「あー、合点がいきました。いずれ死ぬ確率が高い人達なんですね」


「「「「……え?」」」」


 僕の言葉に、仲良くハモる四人。


「ん? どうしたんですか?」


「いや、今聞き間違えじゃなければ彼らが死ぬ確率が高いと言ったのか?」


「はい、言いましたよ。それがなにか?」


 僕は至極全うなことしか言ってないと思うんだけど、僕の返事に怪訝そうな顔を浮かべる一同。


「……理由を聞いても?」


「理由はいろいろありますけど、そういうタイプの人たちってひどく脆いんですよね。

 安全マージンを確保するあまり実戦の空気感をほとんど知らないまま力だけついてしまって、いざ死が目前に迫るような戦闘に身を置くと身が竦んだり冷静な判断ができなくなりそのまま全滅、なんてありがちですよ。

 それこそ、今僕たちが調べている異常事態イレギュラーに遭遇すればまず間違いなく壊滅するんじゃないですか?

 それすら退けるだけの確かな実力か豪運があれば別ですけど」


「十分に安全マージンをとっていれば、多少不足の事態が起こっても余裕をもって行動できそうな気もするが……」


「その可能性ももちろんあると思いますよ。結局のところ、その時がこないとわからないことなので。

 ただ、もし本当に今のお二人より実力があるにも関わらず75層攻略に乗り出していないのなら、それは安全確保ではなくお遊びだからです。

 必要以上にとった安全マージン下での戦闘なんて、練習よりちょっと密度が高いだけの実戦からは程遠い別物ですから。

 張り詰めるような実戦の空気感を忘れてしまった人たちは決まって、ひどい後遺症が残るほどの傷を負うけど命だけは助かるか、全滅の道を辿ります。

 なのでもしお知り合いなら、早々に引退することをお勧めしてあげたほうが良いと思いますね。

 ダンジョン――というより、命の取り合いをする以上絶対はありえません。これはゲームの中の空想ではなく、現実なんですからリセットもできませんし」


「……その通りだな。

 私たちはついこの間その現実を思い知ったばかりだと言うのに、どこかであんなことはそう起こるものじゃないと高を括っていたようだ」


「……慢心してた。気を引き締めなおす」


「お二人は大丈夫ですよ。今この場で修行の成果を実感していて尚、自分の死をしっかりとイメージできてますから」


「「……」」


 僕らの会話に思うところがあったのか、北見さんと西野さんは真剣な表情で視線を合わせ頷き合った。

 ついついおじさんのお小言みたいなこと言っちゃって、僕ってやなやつだね。

 でもまだ短い付き合いだけど、二人には本気で死んでほしくないと思う程度には情が沸いてるからさ。


 相手の命を奪いに行く以上、自身とて常に死は隣り合わせにあるものだ。

 だからこそ、それを忘れて娯楽として楽しむ人たちは本当に大切なものを見落とし見失い気づけない。

 漫画やラノベ、ゲームなどの影響で敵は倒してしかるべしというイメージが定着していることもあってだろうけど、冒険者たちは本質的なものを見落としていると思う。

 

 自分が死にたくないように、相手だって死にたくないのだ。

 命の取り合いをする以上は、いかなる手段を取られようがどのようなことをされようが文句は言えないし通らない。

 万が一そんな状況に陥った際にきちんと抗うためには、死線を潜り続けて様々な経験と確かな自信を得るしか逃れる術はないのだから。


 そこからはやや緩んでいた空気が再度引き締まり、過不足なく必要なだけの注意を払いながら奥へ奥へと進んで行く。

 気づけば20層を超え、やがて僕たちの前には25層へ降りる階段が現れるのだった―――。



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