第12話


 無事初級ダンジョンから脱出できた僕たちだったけど、その後てんやわんやだったことは言うまでもない。


 まぁそりゃそうだよね。

 安全だと思っていた初級ダンジョンで、あろうことかCランクの冒険者含む複数の生徒が死にかけたり。

 本来出現するはずのない脅威度の敵が突然現れることがある、なんてダンジョンの認識が根底から覆される事態が確認されたり。

 ましてや最後に出現したあいつなんて、日本じゃ初確認の魔物だったみたいだしね?


 海外情報によると、あいつは恐らくレッドキャップの上位種であるレッドキャップチーフだと思われるそうだ。

 本来は75層のボスだって言うんだから驚くしかないよ。


「ふー……。さすがに疲れたな」


 ようやく政府のお偉いさんからの聞き取りがひと段落したようで、氷緒さんはじめ指導員の5人が控え室になっている教室に戻って来た。

 ちなみに僕は生徒だったこともあり、一足先に終わったんだけどここで待機を命じられていたりする。


「お疲れ様です、みなさん。お茶でも淹れますね」


「ああ、君も疲れてるのにすまないな。ありがたくお言葉に甘えるとしよう」


 5人ともダンジョンから戻ってすぐさま関係各所に報告やらをした上で、そのまま聞き取りが行われていることもありかなりくたくたのようだ。

 一度身体を休めてからにしてくれればいいのに、ほんとそういうとこお上って勝手というか融通が利かないというか。


 なんて内心で愚痴りながらもお茶を入れて全員に配り終えると、口を潤しながら人心地着く一同。

 しばしゆっくりとした時間が流れたのち、上条さんが天井を眺めながら言葉を紡ぐ。


「なんていうか、未だに自分がこの場でほっとできていることが信じられないですね……」


「ああ……同感だ。ダンジョンなんてこの5年であらかた調べつくされたと思っていたのに、ふりだしに戻された気分だぞ」


「あはは、本当にそうですよね。ぼくなんて見ているだけでこれなんですから、みなさんには感謝しかありません……」


「……人吉がいてくれたから、私たちは生徒を気にせず戦闘に集中できた。あの状況下で、月涙に1つしかない武器を貸してくれたから道が開けた。スキルが開花してくれたから、あずさも無事に帰れた。

 もっと自信を持つべし」


京禾きょうかの言う通りだ。

 ましてや、現金な話だが人吉は回復系統のスキルを開花させたからな。周囲がほっといてくれないぞ?」


「……確かに。この年でまさかこんなことが起きるなんて、夢にも思っていませんでしたよ。

 これも全て、月涙くんのお陰ですね」


 あれ? さっきまでみんなで笑い合ってたのに、急に僕の話になってしまったぞ。

 全員そろってうんうんて頷いてるし、逃げ道がないよ?


「そんな一番の功労者に対して、この質問を投げかけるのは心苦しいのだがな。

 全てを話せとは言わない、話せるだけで良いから話してくれないか?

 思えば君は初めてダンジョンに入ったあの日から常に余裕をもっていたし、あのような異常事態の状況下に置いても誰よりも冷静でいたと思う。

 君は本当にただの新米冒険者なのか?」


 氷緒さんの質問はこの場にいる全員が聞きたいことだったようで、みんな固唾を飲んで僕の言葉を待っている。

 なんだかんだで結局力を使うことになってしまったし、こんな事態が起こり得るならいずれバレていただろう。


 それなら試しにここで打ち明けてみるのもありかな、なんて思い始めていた。

 仮にこの人たちから外部に漏れることがあったとしても、何か理由があったのだろうと思いこそすれ責める気持ちなんて起きないと確信できちゃうしさ。


「荒唐無稽な話ですし、それを証明する術もありません。それでも聞きます?」


「……ああ、ぜひ聞かせてほしい」


 氷緒さんが覚悟を決めた顔で頷くと、それに続いて全員が頷く。

 なんでみんなしてそんなに覚悟を決めてるのかわからないけど、別に聞いたからといってなんもないからね??


「単刀直入に言えば、僕は一度異世界にいって帰って来た人間ですね。

 さっきスキルだとお話したアレは、正確にはこちらではなく向こうで取得した『異能スキル』です」


「異世界……?」


「ラノベやアニメなんかでありがちな、アレですよ。

 残念なことに、僕はトラックにひかれて死んで向こうにいった訳でも、勇者の素質があったから召喚されたって訳でもないですけど」


「なるほど、それでやけに場慣れしていたのか……。合点がいったよ。

 ダンジョンが突然現れたんだ、異世界があったとしても別におかしくないだろう。

 だが逆に気になることも出て来たな。聞いても良いか?」


「ええ、なんでもお答えしますよ?」


「あれだけの力を持ちながら、初期ステータスが1でレベルアップの際にも1ずつしか上がらないことには何か理由があるのか?」


 氷緒さんの疑問に、全員が何度も頷いてる。

 気になるの、そこなんだ?!


「……さすがに今の状況だと答えづらいんですけど、やっぱり気になります?」


「ああ、とっても気になるな。大丈夫、絶対に受け入れるから言ってみてくれ」


「気が重いなぁ……。先に謝っておきますね、ほんとすみませんでした」


「うん……?」


「僕自身も完全には理解していないので、おそらくという仮定の話になりますが。

 僕の素質ゆえの適正な数値、もしくは僕にかかっている制限の副作用かのどちらかだと思います」


「制限……あぁ、それで謝っていたのか。

 あの力を行使できたということは、自分自身でその制限を解除する術があるはずだ。にも関わらず、あの状況下に置いてもギリギリまで解除しなかったことに罪悪感を感じている訳だな?」


「いぐざぐとりー」


「くくっ、殊勝なことだ。

 あれだけの力を持ちながら、君は謙虚だな。だが、勘違いしてはいけないぞ。

 あれは全て、自身の力を過信しああいった可能性に至れないまま君たちを無責任に最奥へ連れて行った私が全ての原因だよ。

 君の行いを責めることなど、あの場にいた誰であってもできんし許さん。断じてな」


 少し表情に影を落としながら、氷緒さんはそう言い切った。

 まぁ確かにそうとも言えるんだけど、僕も未然に防ごうと思えば防げた訳で。

 そもそもあんな可能性を予見しうるなら、誰もダンジョンになんて潜らないだろう。

 ハッキリいってこの世界のダンジョンにそこまでの旨味なんてないしさ。

 

「うーん、それならとりあえず結果オーライということにしましょう。

 氷緒さんは氷緒さんで反省と収獲があり、僕もそれは一緒だった。

 幸い怪我こそすれ失ったものはないですし、貴重な経験ができたということで」


「……優しいな、君は。

 少なくとも改めて全員に詫びねばならないが、一番迷惑をかけたであろう君が許してくれたお陰でだいぶ心が軽くなったよ」


 心底ほっとした様子で、微笑を浮かべた氷緒さん。

 そんな彼女にトトトと近づき、水鏡さんは頭を撫で始めた。


「……梓はなんでも1人で背負いすぎ。

 あんな異常事態、誰にも予測できるはずがない。

 その中で梓は自分の身を顧みず最善を尽くした。

 だからこそ月涙は自分にかけた枷を解いて協力してくれたと思う」


「ええ、それは間違いありませんね。

 ぶっちゃけ氷緒さんたちがいなかったらほっといたと思いますし」


「くくっ、君は嘘が下手だな……。だが、ありがとう。

 改めて、上条、葛西、人吉も本当にすまなかったな。

 不甲斐ないリーダーで情けないが、みんなのお陰で助かった。ありがとう」


 その場で立ち上がると、三人に頭を下げる氷緒さん。

 きっともう何度も謝ったのだろう、三人はやれやれと肩をすくめている。


「氷緒さん、僕たちも月涙くんたちと同じ気持ちですよ。

 今でも貴女がリーダーで良かったと思っていますし、貴女だったからこそ僕たちは無事に帰還できたと思っています。

 感謝こそすれ、謝られることはないですよ。なので、もう謝るのは禁止です」


「その通りだ。貴方にこれ以上謝られたら、かえってこちらが申し訳なくなってしまうぞ」


「そうですよ。むしろ全員で動いていたからこそ、全員助かったと思いませんか?

 桧山くんたちだけで挑んでいたら、月涙くんがいなかったんですから」


「……ああ、そうだな。

 月涙を無理やり連れて行ったことは、数ある私の選択の中でも最も素晴らしい決断だったと思うよ。

 あの時の私、ぐっじょぶだな」


 珍しくおどけてみせた氷緒さんの姿に、みんなは自然と笑顔になった。

 あぁ、本当に良い人たちだなぁ。

 この人たちに出会えて、今この場で共に笑い合えていることに感謝しよう。


 そう強く思いながら、これから起こるであろう自身を取り巻く環境の変化に思いを馳せるのだった―――。





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